Stupid boy who believes the worst is the best side GALAMIYU
試合再開が近付いてきたため、さっきまで話し込んでいたご主人様と共に再入場し、それぞれ席に着く。
「お待たせ。試合再会するよ。プレイヤーの2人も、準備大丈夫?」
「俺は、大丈夫」
「あたしも大丈夫だ。……ガラミユ、さっきの話、覚えてるよな?」
「え、はい……。覚えて、ます」
先程の話とは、ヒガンと入れ違いで俺の元へとやってきたご主人様との会話内容だ。
「……」
蹲って顔を伏せ、さっきのヒガンとの会話を反芻する。俺に期待する価値なんてあるのだろうか。
「おい、ガラミユ」
自分の名前を呼ばれたため顔をあげれば、そこには、自身で車椅子を引いてやってきたらしいご主人様が居た。
「……ご主人様。どうか、なさいましたか」
「お前、本気で奴隷脱却をしたいと思っているのか?」
「そ、それは……」
思っていても思っていなくても、答えは最初からたった1つだ。
「お、思っていません!ご主人様の奴隷を辞めたいなんて、そんなこと、思うはずもありません」
「そうかそうか。先程は少々取り乱したが、お前はそういう奴だよな」
「えぇ。そうですよ。こんなの、ご主人様が輝く為の舞台をご用意したに過ぎませんから。俺は、この後、フォールドして、ちゃんと負けますから……」
「そうかそうか。あぁ、私を立たせる為なら、ちゃんとタイミングを考えろよ?毎回リバーで降りてちゃつまらないからな。たまにはフリップやプリフロップ辺りで降りろ。出来るよな?」
「は、はい。出来ます。俺は、ナーチェ様の、ペットですから」
洗脳にもよく似た愛情で、彼女からの思いに応える。こんなことをしていると、何を最優先で選べばいいのか分からなくなってくる。いや、本当は分かっている。だけど身体が痺れて動けないんだ。
「あぁ、そうだガラミユ。もしお前が万が一、兆が一にも勝ってしまったら……あの日お前を助けた欺瞞と真理だとかいう貴族共を、まとめて殺してやる」
「……え?」
「例え奴隷脱却したとしても、お前に希望なんて無いんだよ。分かったら惨めに負けていろ」
負けるということは、つまり、俺は死んでしまう。つまり、大人しく負けていろということは、大人しく死んでいろということと同義である。恐らくそれが、1番良いのだろう。そうだ。それが最善策なんだ。最高の舞台で俺を切り捨てられたなら、ご主人様の貴族からの信頼なんてものも多少はまかなえるかもしれない。それに、俺が勝てばヴィア達が死んでしまう。いや、それはただのはりぼてで、本当はそんなことを可能とする筋道なんて無いのかもしれない。
「さて、そろそろ時間か。行くぞ、ガラミユ」
「……はい」
ということがあったのだ。嘘やはったりなんてものを備え付けていないご主人様が言うことだ。本当にヴィアに被害が飛んでしまうかもしれない。
「さて、それじゃ第3ラウンドからね。チップは、ナーチェが1500、ガラミユが18500。ブラインド変動無し。ボタンはナーチェで、SBナーチェ、BBガラミユ。それじゃ、始めようか」
ヒガンの声で、決められた参加費をお互い支払う。配られたカードを見れば、クローバーのJとハートの8だった。迷うことなく、これは降りるべき手札だ。
「……フォールド」
「了解。勝者ナーチェ!」
その後も俺は───
「フォールド」
「フォールド」
「……フォールド」
ずっと降り続けた。勝てる手札が来ても、ひたすらに降り続けた。やがてチップは同等になり、そして、ご主人様の方へと傾いき始めていった。
何故、勝機を放棄するのか、そんなことを聞かれたら、俺は第一声にこう言うだろう。
「だって、可哀想だから」
そう、ずっと隣に居た俺には、彼女が可哀想に見えるのだ。
俺が彼女と過ごした時間は、半年と長くは無いけれど、ナーチェの愚かさを知るには、十分過ぎるくらいだった。
俺は男にしては珍しく、富裕層で生まれ、富裕層で育った。なんでも、俺の産みの母親が、俺のことを大層気に入ってくれたらしい。俺は奴隷になることもなく、貧民街に捨てられることも無く、裕福で幸せな暮らしをさせてもらっていた。母も、俺のことを心から愛してくれていた。幸せだった。
だけど、そんな幸せは、ガタガタと日に日に崩れ去ってしまった。
ある日を境に、FemalePalaceの会員が家を訪れるようになった。きっかけは分からないけど、騙されやすい母は、あの赤い眼をした魔女の言うことをあっさり信じてしまったのだ。最初は、金や宝石を言葉巧みに要求しているだけのようだったが、要求は次第にエスカレートしていった。俺はそんな母を止めたが、母は聞く耳を持ってはくれなかった。そして最終的に求めたものが、俺だった。
そこからは簡単な話だ。FemalePalaceに商品として運ばれ、現在のご主人様である、ナーチェに買われた。
新たな主人となったナーチェの館での暮らしは、とても良いものとはお世辞にも言えなかった。飯は不味いし、寝床は硬い石畳に布1枚。それも物置で、寝るのは当然俺以外にも何人も居る。まともな体勢で寝られたこともない。しかもご主人様は理不尽な程に人使いが荒く、要求をこなせたとしても、なにかと難癖を付けられ、罰を与えれれることも珍しくない。そんな性格のせいで、同類であるはずの貴族達からも軽蔑の目を向けられている。だけど、ご主人様はそんなことが分からないから、寄っていく人が誰も居ない。仲良くなろうという努力だって出来ない。だから、ご主人様の周りにいる使用人も他の奴隷も、皆がナーチェに不満が溜まっていたのは、誰の目にも明らかだった。
だから、ナーチェの元を離れていく者は、使用人奴隷問わず非常に多かった。そうすれば、例え人を外から連れてきたとしても、やがて自力で扉をこじ開けて逃げられてしまう。ご主人様はいつもそれを見逃してしまうんだ。しかも、ご主人様は人の顔と名前を覚えないのだから、追跡させようにも出来ないし、そんなことに金を使うのなら、もっと馬鹿みたいな使い方をするだろう。そうすれば、自ずとご主人様の元に居る人は少なくなっていってしまう。日に日に人が居なくなり、ご主人様からの愚行は全て、俺に注がれるようになってしまった。
「ガラミユ、あの、金髪の奴知らないか?買い物頼んでたんだ。まだ帰ってないか?」
「金髪……。あぁ、イルミラのことですね。見ていませんね。まだ、帰ってきていないんじゃないんですかね」
「はぁ?この時間には帰るよう伝えてんだよ!クソが!さてはあいつ、逃げやがったな」
「あ、えと、まだ、そうと決まったわけじゃ……」
「あ?なんつった?あたしを否定するのか?」
「あ、ち、違います!断じて、そんなことは御座いません!申し訳ございません!ご主人様が不快な気持ちをされたのなら、申し訳ございません。罰は、なんなりと……」
「ほう?なら……」
───殴られる。そう思い少し前の己の行動を責め立てる。だが、身構えた俺とは反対に、ご主人様の拳が振り下ろされることは無かった。震えながらも目を僅かに開き、ご主人様の顔を薄らに覗き込めば珍しく怒りも何も分からないような、無の表情だった。
「ご主人、様?」
「……それほど言うならば、ガラミユ、お前は地下に軟禁でもしてやろう」
「……え?」
その後、俺は冷たく暗い地下に運ばれ、1週間程過ごす羽目になった。あの時は何でそんなことをしたのか分からず、そんなことを考えられる程に余裕があるわけでも無かった。ただ呆然と、傷つくばかりの左腕を見ているだけだった。
あの時は何であんなことをしたのかよく分からなかったが、少し考えれば分かったことだった。あの人はきっと、怖くて、寂しかったんだろう。あの頃は、ご主人様の元を離れていく者が特に多かった。だから、お気に入りみたいに思っていたはずの俺に逃げられたくなかったのだろう。だけど、そんなことをされなくても、あの時の俺にご主人様の元を離れるなんて選択肢は「は」の文字もなかった。だって、逃げたら地の果てまで追ってきそうじゃないか。あんな怪力女に追われるなんてごめんだ。だけどそれ以上に、やっぱり可哀想に見えて仕方がないのだ。不器用で、周りとの馴染み方がズレてしまった。そうなった彼女の過去など知ったことでは無いが、幼稚な迷子を放っておけるほど心が無いことではない。そのうち悩めば悩むほど彼女から離れられなくなってしまった。
そんな中、FemalePalaceに奴隷として何故か一緒に連れていかれることになった。元から奴隷を連れ回す癖はあったが、会員制のオークションなんて怪しく豪勢なものに連れていかれたのは初めてだった。そこで起こってしまったのが、あのポーカー事件だ。
「あぁクソ!お前イカサマしているだろう!?」
「違いますわ。負けた程度で私のせいにするなんて、なんてお行儀がなっていないのかしら。これだから怪力持ちは嫌いなのよ」
「あぁ!?そう言うならお前はもういい!おいガラミユ!」
「は、はい!!」
「お前があたしの相手をしろ」
「……え?」
大声で怒鳴られたせいで何を言われるかと思えば、言われたことはそれだった。その後、主人の命令に逆らえることも無く、大人しく従順に勝負をして、見事勝った。それが引き金となってしまったらしい。
「勝者、ガラミユ!」
「……勝った。ご、ご主人様!えっと、俺……」
「……おいガラミユ。お前、自分が何をしたのか理解しているのか?」
「え?」
何を言われたのか、何をしてしまったのか理解が追いつかない間に、ご主人様の顔は真っ赤に怒り狂っていた。無情なくらい冷たい目で見られば、時間が止まったみたいに体が動かない。
「何をしたかって聞いているんだよ!!なんであたしが負けているんだ!」
「そ、それは、どういうことですか」
「言葉も分からないのか?何故あたしが負けたのか聞いているんだよ。奴隷のお前が勝っていいはずが無いだろ!!」
なんて暴論だ。何故俺がそんな接待をしなくてはならないんだ。勝負をしろというのはそちらだったではないか。しかし、そんなことを思っても、慈悲なんてものが存在しているはずもなく、周りの目を気にすることも無く、ご主人様は俺に拳を振るってきた。何度も殴られても、こればかりは慣れない。受け身を取ってダメージを必死に抑えても、痛いものはずっと痛い。
周りからはとっくに見放されていると思っていたが、どうやら、俺を助けたがる偽善者だって此処には居たらしい。本気で助けようとしてくれているのは伝わった。だけど、俺はその人達を信用してはいない。だって、この前会ったばかりの他人なのだから。
……本当はずっと、信じたいと思っている。それが正義かもしれない。だけど、俺を捨てないなんて約束は無い。なら、俺を必要としてくれている方にいるのが、俺にとって幸せへの1歩なんだ。
そうやって縋るように信じていないと、俺は生きていけない




