Hallway at rest side GALAMIYU
「おい、ガラミユ」
ご主人様に呼び止められ、現実に引き戻される。そんな現実は残酷だ。先程までるんるん気分だったご主人様の表装は一瞬にして崩れさり、鬼のような形相へと変貌していた。
「……」
「おい無視か?呼んでいるんだよガラミユ」
恐怖で返事が出来なかったせいで、更に不機嫌にさせてしまった。
「も、申し訳ございません。なんでしょうか」
「こっちに来い」
そう言ってご主人様は自分の隣を指さす。歩けないご主人様に代わって、隣まで歩いていく。そしたら途端、強い衝撃が腹を襲った。思い切り殴られたのだ。予想外の怪力に体が耐えきれず、そのまま腹を押さえて倒れ込んでしまった。
「おい、これはどういうつもりだガラミユ」
「ちょっと、暴力は禁止って言ったんだけど」
「外野は黙ってろよ。あたしはこのならず者に聞いてんだよ!おいガラミユ!あたしに恥かかせてんじゃねぇよ!!なに勝ってんだよ降りろよ!勝つこと分かってただろうが。それとも、惨めに負けるご主人様見て無様だなって嘲笑ってたのかぁ?ペットのくせに生意気なんだよ!!」
苛立ちを込められた声で立てと指示されたから立てば、また一発殴られる。
「かはっ……」
「主人を立てて立派なペットだと思っていたのによぉ!裏切りやがって!この裏切り者が!」
また次の一手が入れられる。今度はもっと本気で殴りに来るのかもしれない。本当に死んでしまうかもしれない。そう思ったら怖くなり、眼をきゅっと固く結ぶが、その一手がくることは訪れなかった。何も聞こえないため、恐る恐る目を開ける。そうすれば、そこにはある意味予想通りなアクションを行ってくれた彼女が居た。
「ちょっと。暴力は禁止って言ったの聞こえなかったわけ?なんで自分の前で更に暴力振るうとか、わけ分かんない」
ヒガンだ。彼女は俺とご主人様の間に入り、拳を受け止めていた。
「どけよビリッケツ!あたしはその躾の足りていなかったペットに罰を与えるんだよ!」
「それは主人として立派だろうけど、そんなの後でやってくれる?今は公式戦の最中でしょ?あんたはそんなのも分からないアホなの?あ、それとも、両足だけじゃ足りなかった?今度は腕でも外してみる?それか口を裂いてみる?うるさいあんたの声なんて、誰も聞きたくないだろうし、案外名案かもね」
「お前……!どれだけ人を見下せば気が済むんだ!」
「気が済む済まないの話じゃない。自分はあんたより上の人間なんだから、見下すのは当然」
ヒガンとご主人様のいがみ合いが続く。ご主人様はヒガンの胸倉を掴み怒鳴り散らしている。ヒガンは変わらず怒りを腹に秘めた涼しい顔で言葉の暴力を躱していた。どうしたらいいのだろう。このままでは、公式戦が破綻して消えてしまいそうだ。でも、俺が間に入ったところで、どうにかなる問題なんかじゃない。
「はぁ、呆れた。ここの貴族ってほんとどこまでいっても、愚かで馬鹿だ」
ヒガンは掴まれていた腕を力技とは見えないくらい軽く外す。無い足を這わせて相も変わらずにヒガンに対してぎゃーすか騒ぎ立てているご主人様を無視して、ヒガンはギャラリーに顔を向けた。
「貴族ナーチェが混乱状態にあるため、一時休戦とする。再開は30分後だ。プレイヤーの2人はそれまでにはここに戻ってくるように」
ヒガンの宣言に、皆仕方ないとざわめきに加担して離席していく。ご主人様は車椅子から身を乗り出し、ヒガンに唾が飛ぶほどの大口を開けた。
「はぁ?休戦?混乱?何言ってんだ!!あたしは至って正常だ!!混乱してんのはお前だ!!」
「1戦負けたくらいで対戦相手殴るのが正常とは思えない。顔でも洗って冷静になってきたらいいんじゃない」
ヒガンはご主人様に対してそれだけ吐き捨て、俺の方へと歩み寄ってきた。
「ガラミユ、ちょっと話がある。一緒に来て」
「え?いいけど、でも……」
ご主人様を見れば、目が合ってしまった。気まずくなって、咄嗟にふいと視線を逸らした。
「ナーチェのことなら放っておけばいい。車椅子に座っているんだし、移動くらいなら自分で出来る。時間も無いんだからさっさと移動しよ」
「あ、あぁ、分かった……」
何も無い廊下を歩き続けるヒガンの後ろをついていく。初めてここに来て彼女を見た時よりかは幾分と丸くなったようには見えるが、それでもやっぱり怖いものはいつまでも怖い。そんな俺の震えを感じたのだろう。くるりと俺の方に振り返り、できる限りの笑みを見せてくれた。
「……自分のこと怖いの、分かる。自分も、自分の能力とトレビアは怖い。だから、怖いのも当然」
「え」
「でも、自分はガラミユに危害を加えるつもりも無い。本当に、少し話したいと思っただけ。肩の力を抜いて……っていうのも難しいと思うけど、警戒も、緊張も、あまりしないで欲しい」
そういうヒガンの方が、緊張しているように見える。この2週間、彼女とは公式戦の説明を受ける時くらいしか話す機会は無かった。その時はあまりに無常で、淡々としており、感情の揺らぎがかんじられなかった。だけど、今の彼女からは、ひどく揺らいでるように見える。別人のようだ、と言っても大袈裟には見えない。
「……分かった。俺はリラックスしてるから、その、ヒガン、サマも、落ち着いたら?」
「え、うん、ごめん。でも、ライの友達らしいし、自分も、仲良くしたいから。だから、様もいらない。ヒガンで大丈夫」
「分かった。てか、ライの知り合いなの?」
依頼で潜入しているとは聞いていたが、まさかTOP4とも面識があったなんて仕事が出来るむかつく男だ。
「知り合い、以上ではある、はず。友達、っていうのはなんか違うし、その、えっと、こいびと……じゃなくて!き、協力関係のバディ!利害が完全一致してるとは言えないかもしれないけど、自分は、別にライの計画に乗ってもいいかな、って」
知り合いかどうか聞いただけなのに、顔を真っ赤にして色々と余計なことまでぽろぽろと落ちてきた。この反応からして、ヒガンはライのことが好きなのだろう。恋人とか言いかけてたし。
「……ヒガン、男の趣味はもう少し改めた方がいいんじゃない?俺でも分かるよ」
「わ、分かってるし!分かってる、けど、好きなんだもん。それに、ライは案外クズでも悪人でも無いよ。それは、ガラミユも知ってるんじゃない?」
そう言われれば何も言えない。俺が初めて彼に触れたものは、偽善でも純粋な悪でも無い。心から俺を守りたい、助けたいと思ってくれた正義と優しさだ。
「……だとしても、将来的に2人で幸せにはなれなさそうだな」
余計なことを口走ってしまった。思っても言うことじゃない。恐る恐るヒガンの顔を見るが、その温度は上がることも下がることもしていないように見える。相変わらずの+0°だ。
「そうだね。でも、それでもいいよ。例え、ライと一緒に居る未来を選んだとして、幸せになれなくたっていい。だって、その時は自分が幸せにするから」
あまりの予想外の言葉に何も言えない。なんで、男の俺よりもそんなにかっこいいんだ。なんで、そんなことをさらりと言えるんだ。なんで、そんな度胸があるんだ。随分と恋という甘酒に浸り、酔い続けているらしい。
「凄すぎ。俺にはそんな度胸無いから羨ましいや」
「普通は無いと思う。多分、自分がおかしいだけ」
その自覚がありながらも考えを変える気が無さそうなところが変わっている。
「ふーん。てか、結局話ってなんだったの?」
「え?あー、1ラウンド目、スリーカード揃ってたのに降りたでしょ。あれが何でか気になってただけ」
「え、なんで知ってんの?」
「最初の説明聞いてなかったの?ガラミユとナーチェ以外は、モニターで手札見れんの。んで、なんで降りたの?」
「それは……」
怖かった。コールしたら、ご主人様に勝負を挑むことになってしまうから。
「俺が、ただの臆病者だったってだけの話」
「……あっそ。なら、1つだけ言っておく」
「なに?」
「負けるつもりなら、今すぐこの試合は降りて。そんな試合のつまらない試合のディーラーなんてしたくない」
『勝ちをフォールドするプレイヤーに価値なんてねぇっすよ。そんなつもりなら、最初から台に乗らねぇでくだせぇ』
ライの言葉を思い出す。似たようなことを言うものだ。なんで、2人揃ってそんなことを言ってくるんだ。
「自分が言いたいのはそれだけ。よく考えといて」
じゃ、と手を短く振って行ってしまった。
考えろって、何を考えろっていうんだ。皆、俺に何を期待しているんだ。




