Cowardly bush doctor
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
宝玉の力で、事務所の1階へと転移してくる。
宝玉とは、1部の者しか使えない高等技術を誰でも使えるようにする丸い宝石である。それは地面に叩きつけることで効力を発揮する1回きりの貴重品だ。しかし、コスパが悪くてあまり好まれていない。さっき使ったのも、ボスから貰った唯一の宝玉だった。
「はぁ、せっかく貰ったのがパーになりやした。けど、それより…。フタバ先生、診てもらいたい人がいるんすけど、いいすよね?」
驚き、硬直したままの少年…の顔をした成人男性の方を見る。
先程、事務所の1階と言ったが、1階は正しくはクリニックである。やぶ医者の。
こんな都合がいいことがあるかと思うが、いいことをしたら帰って来る、というやつだろうか。
ここの主治医であるフタバは、少年のような可愛い顔をしながら30はとうに過ぎているおっさんだ。桃色の髪に深い緑色の瞳が何事かと怯えている。自分の体に合わないサイズの白衣で口元を覆っている。
「あ、あああの、ライさん?ど、どこから…?てか、移動の宝玉の登録先うちにしないで…」
「いいから早く。一時を争うんすよ〜」
「言い方が全然一時を争ってないですー!でも患者さんは診せてくださーい!!」
そう言われて、ファルターがミネビアをフタバの方に見せる。
「この人です。...治せますか?」
不安そうなファルターとは対照的に、ミネビアを見たフタバは慌ただしく、そして面倒事に巻き込まれたと思っているような嫌味な顔を見せた。
「うえぇぇ!?富裕層の方じゃないですか〜...。えぇ?」
「それで、治せるんすか?」
俺がそういえば、フタバは白衣のポケットにある眼鏡をかけ、ミネビアの状態を観察し始めた。
「うーん。大分損傷が激しいですね。今すぐにでも献血をしないと。彼女の血液型は分かりますか?」
「A型だ」
「分かりました。そこの扉の先に寝台がありますので、どこか適当なところに寝かせておいてください。刺激はしないで、優しくお願いします。僕もすぐに向かいますので、お二人は先に待っていてください」
フタバはテキパキと指示を出し、別の部屋へと消えていった。あの様子なら大丈夫だろう。
「さ、ファルくん。俺たちも行きやしょうか」
「あ、あぁ」
少し戸惑いの色を浮かべたファルターを寝室の方へと連れていく。ミネビアを抱え、両手が塞がってる彼の代わりに扉を開け、中へと誘導する。
「さ、どうぞ、入ってくだせぇな」
「し、失礼します」
なんてバツが悪そうにあのファルターがいうもんだから、少し笑いそうになってしまった。けれど、今はそれどころじゃない。
ファルターが近くのベッドにミネビアをそっと寝かしたところで、ドアが勢いよく開かれた。そちらの方を見てみれば、あれやこれやと色々と抱えたフタバの姿があった。
「すみません、遅くなりました!」
フタバはミネビアの寝台に近寄り、何かを繋げたり刺したりしながら、こんなことを言ってきた。
「今から彼女に救命措置をします。ですが、貧民街の技術なんてたかが知れています。助からなくても文句は言わないでくださいよ!」
グッと、ミネビアの細い腕に何か針を刺す。ファルターがフタバに対して掴み掛かろうとでもしたのか、体が反応した。けれど、自制して抑えたらしい。自分がここで口を挟んでも何も出来ない、それがよく分かっているようだ。やはり彼は賢く理性的だ。フタバは、独り言をぶつぶつと呟きながら、ミネビアの処置を手際よく行なっていく。
それから数時間後、処置が終わったらしく、フタバは俺たちの方へ向き直った。
「終わりましたよ。これで暫く様子を見ましょう」
フタバのその言葉に、ファルターはミネビアが眠るベッドへと真っ先に飛んでいった。寝台の横に座り、必死に彼女の顔を眺めている。余程心配だったのだろう。自分には遠いその光景が何だか、羨ましく思えてくる。
「ライさん、ちょっといいですか?」
「はは、フタバ先生って、案外空気読めたんすね」
「...まぁ、それもありますけど」
彼は、眠り続けるミネビアと、それをそばで見守り続けるファルターをちらりと見て
「ただ、個人的に話があるだけです」
俺に向き直ってそう言った。個人的な話と言われると、愛の告白とでも言って茶化したくなるが、そんなものではないだろう。
「いいっすよ。外で話しやしょうか」
フタバと外に出れば、もうすっかり夜も更けいよいよというところに来ていた。
「もうすっかり暗くなってやすね〜。それで話ってなんでしょか」
そう言った瞬間、
パシン!
なぜかビンタされた。
何かしたかと言いたくなるが、それより困惑が勝ってしまう。そんな俺の言葉を代弁したかのように、フタバはなんで、と小さく呟いた。
「へ?なんすか?」
「なんで彼女を富裕層の病院に連れて行かなかったんですか!」
あぁ、怒るとこそこなのか、と一瞬思うが、彼が医者だということを考えれば妥当だろう。命を粗末に扱うな、ということだ。
「富裕層なら、もっといい処置を受けられたはずです。なのに、なんで、ここに来たんですか」
彼の弛んでいたと思っていた瞳が、小さな刃を抱え、俺を鋭く睨む。
「...時間がなかったんすよ。俺たちが発見した時には、既に手遅れ寸前だったんす。館を出て病院を探せば、その間に彼女は息絶えていたかもしれねぇすよ。案外、これが最適解なんじゃねぇですか?俺はそう思いやすけど」
そこまで言って彼に近付き、また離れる。
「それに、あんたの腕は信用していやしたから。だから、任せたんすよ」
手には、彼のポケットに入っていた棒が刺さっているタイプのキャンディを掲げ、そう口にする。俺の手にあるものを見て、フタバは自身のポケットをまさぐる。そして捜し物が無いことに気付き、返してと懇願してくる。しかし返してなるものか、そんな悪魔みたいな考えが浮かんできた俺は、包み紙を捲り、一思いに口にする。イチゴの味が広がって美味しい。
「ん〜。まぁまぁ美味っすね」
俺がキャンディを口にしたのを見たフタバは、あからさまに肩を落とし、落胆した。そんな落ち込まれると、流石に罪悪感が湧いてくる。
「そんな食べたかったんですかい?」
「別に、そういうわけじゃないですよ」
耳と尻尾でもついていれば、犬が主人に怒鳴られて落ち込んでるような図になるだろう。それくらいに、しゅんと分かりやすく頭を垂れていた。
「なんか大事なもんだったんすか?このキャンディ」
「いや、別に大事なものっていうか、貰ったっていうか、その...」
耳を紅色にほんのりと染め、もじもじと萎縮した態度でそう言った。その様子から察するに...。
「女っすか?」
「ぴゃーーー!!」
なんて、鼓膜に悪い悲鳴をあげてくる。速攻で否定を入れてこないあたり、どうやらある程度は正解なのだろう。
「そ、そんな直球に聞く!?普通」
「あれ、違うんすか?」
目を彷徨わせ、少し間を置いた後に違わない、と小声で返してくる。どうやら本当だったらしい。
「えー、教えてくだせぇよ。富裕層からお忍びで来たとかっすか?それとも貧民街で暮らしてる子っすか?どんな子なんすかー?」
「わわ、一気に色々聞かないでくださいよ!」
俺が一気に詰め寄ってみれば、あわあわと手を顔の前に持ってきて、近い距離に顔を置いていた俺を押し戻した。
「答えますから!顔近付けるのやめてください!イケメンは毒なんですから」
「毒って。まぁ、お医者さんが言うなら、そうなんでやしょうがね〜」
「からかわないでくださいよ!全く。ほら、早く戻りますよ。ミネビアさんの様子も気になりますし」
「いやいやいや、ちょいと待ってやくだせえよ〜」
中へと戻っていきそうな彼の肩を、爪が食い込みそうな程の勢いで掴む。痛がる彼を他所に、力を込めていく。まだ楽しい話は終わってない。むしろこれからだ。
「ちょっとちょっとフタバ先生〜。まだ話終わってないっすよ〜。答えるって言ったじゃねぇですか〜」
「痛いんですよ!やめてください!」
「なら話してくだせぇよ〜。誰から飴貰ったんすか〜?」
俺がいくら引っ付こうとも、彼は口を割る様子はない。これ以上聞いても無駄かと判断し、無理強いを辞める。俺が諦めた様子を見て、彼は心底ほっとしたような顔をした。そこまでの顔をされればやはり気になってしまう。そんな彼に手を出すよう促せば、さっきのことなど忘れたように、何も疑うことなく手を差し出してくる。
「いい子っすねー。そんないい子なフタバ先生にはプレゼント」
さっき舐め切ったキャンディの棒の部分だ。
「ゴミじゃないですか!」
文句を言ってくるフタバを他所に、クリニックへと足を進めていく。
「さ、戻るっすよ」
「うぇ?あ、待ってくださいよー!」
先に戻っていく俺を追いかけるように、フタバが後を付いてくる。まるで舎弟のようだ、と内心思ったが、心の中にだけに留めておく。
クリニックの中に戻れば、どこから侵入してきたのか、何故かミナヒの姿があった。オレンジ色の髪に、身体のラインにピッタリなスーツを着た女性だ。そいつの手には、お菓子がいっぱいに詰められていた。
「あ、フタバじゃ〜ん、やっときたな。どこ行ってたのさ」
「...またお菓子漁ってたんですか?」
「ミナヒ、そんなことしてたんすか?」
俺が言えば、クッキーを頬張りながらそうだよー、と言ってきた。フタバがお菓子をためこんでいたことも、ミナヒがそれを盗んでいたのも初めて知った。恐らく、俺が知っては、俺にも盗まれるとでも思ったのだろう。
「てか、なんでミナヒはここにいるんすか」
「何って、見りゃ分かんだろ。お菓子食ってんのよ。てか、あんたこそいつの間に帰ってきてたのさ。ボスからは富裕層に行ってたって聞いてるけど」
「あぁ、ちょいと色々ありやしてね。ところで、寝台がある方は見やしたか?」
「一応。知らん人が2人いたから放置しといた」
この女にその精神があってよかったと心底思う。あの2人の邪魔でもしたら、ファルターに軽く殺されかねない。
「てかあの2人はなんなのさ。そんくらい教えてくれてもいいんじゃないのか?」
ミナヒのその言葉に同意した俺は、富裕層で起こったことを話した。話を聞いていた彼女は、最後まで興味がなさそうに聞いていた。
「へぇ。富裕層のお嬢ちゃんと執事ねぇ...」
それだけ呟くと、顎に手をかけ悩んでいるかのような仕草を見せる。
ひとしきり情報交換が終わったところで一息つけば、丁度よく寝台の方の扉がガラガラと音を立てて開かれた。中からは、先ほどより少しだけやつれた気がするファルターが出てきた。
「...少し、人数が増えたな」
「ファルくんじゃないっすか。ミネビア嬢の方はもういいんすか?」
俺が聞けば、彼は館にいた頃の生気を無くしてしまった。いや、ここにきた時点で、ある程度失われていたのだろう。
「あぁ、今は、ある程度脈も落ち着いている。まだ、目は覚めないけど...」
俯くファルターに対して、フタバが申し訳なさそうに彼に寄り添う。
「...すみません、僕じゃ、あれが限界です」
「謝らないでください。貴方が必死でミネビアのことを救おうとしてくれたのは知ってます。それに、貴方のお陰で、ミネビアは一命を取り留めた。本当に感謝しています」
「...あはは、情けないですね」
フタバは自嘲気味にそう笑った。2人も待合室でこんな空気をされては、味も悪く居心地が悪くなる。
「はいはーい。野郎2人がそんな湿気た顔すんじゃねぇっすよ」
俺がそう言っても、2人とも心にとっかかりがあるようで、顔は明るくはなってはくれなかった。お互いに、あの時自分にはまだ何かできた、そう思っているのだろう。全くくだらない。起こってしまったものは変えようのない事実だ。それを変えることは、俺たちみたいな一般人には決して出来やしない。なら、過去を悔いるだけ時間の浪費だ。それに2人は有能だ。こんなことで時間を消しカスにされてしまっては困る。
「はぁもう!いつまでもそんな顔されちゃ調子狂うっすよ!」
そう言って2人の手を引っ張り、無理やり立たせる。
「おわ、ちょ、ら、ライさん?急にどうしたんですか?」
「いきなり引っ張るなよ」
いきなりのことで、2人は不満を露わにした。けれど、そんなの、お構いなしに2人の手をどんどん引っ張り、外へと連れ出す。後ろには、ミナヒが力なく手を降っているのが見えた。
「ちょ、どこに行くんですか!てか、自分で歩けるから離してください!」
フタバの言葉に、2人の手を繋いでた鎖をパッと離す。
「そうなら引っ張ることなんてしなくて助かりやす。それじゃ、さっさと行きやすよ」
「だから、行くってどこに?」
ファルターがあからさまに不機嫌そうな顔で尋ねてくる。ミネビアが心配だ、早くあのクリニックに戻らないと、彼の顔がそう言っている。だが、今の彼らにとって大事なのは、そんな責務なんかではない。
「どこってそりゃあ、夜に行くと楽しい場所っすよ」
それが、今の彼らに必要なものだ。