One spectator's morning
騙すなら最後まで騙しきれ、決して化けの皮を剥がしてはならない
惑わすならば惑わされるな、丸め込まれる馬鹿になってはいけない
自分の心すら殺せ、そんなもの俺の人生に邪魔だ。同情の模造品であり続けろ
翌日、いつもより早起きしてリビングから出れる窓のカーテンを開ければ、空はまだ真っ暗で明ける気配も無い。健康的に生きれるのは良いことだが、これからのことを考えると胃が縮こまってしまって消滅しそう。
「はぁ。行きたくなさすぎる……」
女装に対してはもう吹っ切れたが、あそこは厄介事とサイコパスのパーティー宝庫だ。だが、今回の主役は既に決まっているから、そうトラブルが起きることも無い、と信じたい。
「さて、と。さっさと準備して行きやすかねぇ」
腕を天井に上げ大きく伸びをすれば、眠気も吹き飛んでいく。覚めた体を動かし、諸々一色を置いているゲストルームの扉を開ける。本当は部屋のクローゼットにしまえられれば良かったのだが、如何せんドレスが本格的なドレスのせいで、頑張って作ったクローゼットの空き程度では、収められるわけが無かった。家具を集める趣味も部屋を散らす趣味も無いが、服の収集癖だけは一流だ。化粧品とウィッグもついでとまとめてゲストルームに閉じ込めていたら、気付けばコスプレイヤーの部屋の様になってしまった。そんな部屋に入り、時間をかけ嘘をついていく。メイクをしてウィッグを被れば、それだけで当然別人のようになる。
「うん、ビジュいい感じっすねぇ。やっぱ俺って天才っすね〜」
鏡で仕上がりを確認し、そう呟く。完成した自分の顔が良ければ、自然とテンションもモチベもぐんぐんと上がっていく。鏡は加工を施した画面越しだけの整形よりも何倍も可愛く見せてくれる気がする。同じ無加工の筈なのに、ノーマルカメラは何倍も俺の顔を汚してくれる。だが、この世界には今のところノマカメはないのだから、そんなテンションが下がることも無い。低い技術に感謝する日が来るとは思わなかった。
「さて、あとはドレスだけっすね。クリノリン抜いたらある程度動きやすくなるっすかね。でもふんわりしないドレスなんて可愛くねぇし芋っぽいっすよねぇ……」
やはりドレスを着るならば、見た目を重視したい。最高にドレスを可愛く魅せたい。そういえば、ドレスを貰った時、一緒にパニエも貰ったのを思い出した。確か、50cmくらいの長めの物だし、貴族通りを歩けるくらいの見た目にはなれるだろう。
「お〜。こりゃいいっすね。動きやすいしこっちの方が良かったりするんすかねぇ」
意外にも、パニエを仕込んだドレスはいつもとあまり変わらない仕上がりになった。だが、欲を言うならもう1枚くらいパニエが欲しい気持ちもある。
「うーん。まぁでもこれで十分っすかねぇ。時間も時間だし、そろそろ出るとしやすかね」
そう、富裕層の前に行かなくてはならないところがあるのだ。絶対行きたがるだろうし、連れていった方が良いだろう。
家を出て貧民街に出れば、朝の肌寒さがするりと肌を撫でてどこかに行ってしまった。
「さっむ!今日は1段と冷えやすねぇ」
この世界にも一応季節というものは存在しており、今は秋の半ばくらいだ。そんな時期の朝といえば当然冷える。だが、体感日本に居た頃より若干上ぶれている気もする。1歩後ろに下がって帰宅しようと思っても、今日ばかりはそうもいかない。広い道を渡り、向かいの事務所の1階へと顔を出す。ドアは時間も気にせず難なく開いてくれる。流石患者第1のクリニックだ。だが、消灯はしているらしい。外が明るくなり始めたおかげでなんとか見えるが、それでも室内は暗がりが漂っている。
「フタバ先生ー、居やすか〜?」
「はーい。ライさ、ん……。うわぁぁぁ!!」
「おえぇぇ?」
奥から現れたフタバは、俺の声を聞いて俺だと分かったのだろう。だが、今の姿を見て、そう大声を上げられた。お陰で俺も変な声を口から出してしまった。
「ら、え?あ、ら、ライ、さん?」
「そうっすよ?それがどうかしたっすか?」
「え?本当にライさん?実は僕の知らない女性の方とかじゃないですよね?また富裕層の貴族さんとかじゃないですよねぇ!?」
「俺って言ってるじゃねぇっすか。フタバ先生は、恩人の声をもう忘れたんすか?」
「忘れてないですよ!もう、全く。それより、何で女の人の格好なんですか?新しい性癖の扉でも開きました?」
「開けてねぇっすよ」
諸々の事情をざっくりと説明すれば、フタバは同情と憐れみの意思を込めたドン引きをされた。
「それは、まぁ、うん。大変でしたね……」
「何で引いてるんすか。まぁとにかくそんな訳でヴィアに会いたいんすけど、良いっすかね」
「先生に聞くまでも無いさ」
フタバに聞いたところに聞き覚えのある声がそう言ってきた。患者服で部屋から出てきたヴィアは、ゆっくりとこちらの方に歩いてきた。
「随分と豪勢な格好をしているね、欺瞞」
「そっちは随分と落ちぶれた格好をしていやすね。ドレスはどうしたんすか」
「勿論あるさ。それより、そんな格好をしているということは、富裕層にでも行くのかい?」
「そうっすよ。今日はミユちゃんの公式戦っすから」
「え、あぁ、そういえばボクが言ったんだったね。一緒に行こうって」
「そうっすよ。分かったらさっさと準備してきてくだせぇ」
「分かった。少し待っててくれ、すぐ終わらせる」
そう言って再び患者部屋に戻っていった。お陰で、フタバと二人待合室に残されることになる。
「フタバ先生、ヴィアの記憶喪失の回復度合いは如何っすか?」
「え、うーん。あまり芳しくはありませんかねぇ。記憶喪失になった原因が、何かしらの薬であるならば、同じく薬で治すことは可能だとは思うんですけど、如何せん記憶喪失の患者を持ったのはこれが初めてなもので……。それに、記憶喪失とはいっても、結構色んなことを覚えているんですよ。自分や周りの名前、思い出とか、昔のこととか。姉のヴェメさんについても、色々お話してくれました。それから、FemalePalaceや、ヴィアさんの先祖についても、ある程度はお聞きしました。まぁなので、この2週間、ヴィアさんと過ごして分かったのは、本当は記憶喪失じゃないんじゃないか、ってことですかね」
「へぇ。んじゃ退院っすか?」
「まぁ、それでも正直生活する分には問題無いと思いますけどね。ですが、ヴィアさんが治すことを望まれている以上、僕は医者としてその期待に応えなくちゃいけません」
「へぇ、お医者さんってめんどくせぇっすね」
「そのめんどくさいのが楽しいんですよ。こんな生き地獄な職業、楽しいと思えなきゃやってられないですよ」
「ふーん。フタバ先生って、どこか感覚麻痺ってるっすよね。俺が言えたことじゃねぇっすけど」
「……そうかもしれませんね」
目を伏せ悲しそうな顔をするフタバに、何か地雷を踏んだかと焦ったが、その顔はすぐに何でもないように上げられた。
「まぁ、そうでもないとやってられませんよね!」
そう言う彼は、やはり見た目にはそぐわず大人だと思った。
「お待たせ。さぁ、行こうか」
随分早く支度が終わったヴィアが患者部屋から出てきたのを見て、ソファから立ち上がる。
「それじゃフタバ先生、俺達はもう行きやすね。また後で」
「え、あぁはい。あ、ヴィアさんは、治したい意思があるなら、また来てください。僕で良ければ、いつでも診ますから」
「……あぁ、そうだな。暇な時に来るとするよ。生活に支障は無いからね」
「はい、いつでもお待ちしております」
2人の関係性の構築具合に少し驚く。もう少し、フタバが一方的に怯えているようなものを勝手に想像していたが、どうやらそれ以上に仲が良いらしい。
「フタバ先生、随分とヴィアの好感度上げやしたね。なんかどさくさに紛れて変な薬でも飲ませたんすか?」
「飲ませてませんよ!ライさんは僕のことなんだと思ってるんですか!!」
「え?マッドサイエンティスト」
「違いますよ!僕科学者じゃなくて医者です!医者!」
「でも、薬の調合は自分でやってるんすよね?」
「それは、まぁそうですけど、だからってマッドサイエンティストとはなりません!ほら、富裕層に行くんですよね?さっさと行った方が良いんじゃないですか?時間は有限ですから」
三十路の言葉は説得力が違う。思わず全く出ない涙がちょちょ切れてしまった。
「はいはい分かりやした。そいじゃヴィア、行きやしょうか」
「あぁ。フタバ先生もまた機会があれば、是非お会いしよう」
「元気な状態で会えることを祈っていますよ」
暫く無言のまま貧民街から富裕層へと移り、貴族通りに入っていく。あまりの気まずさにどう口を開こうかずっと迷っている。今の俺が発する言葉全部が、ヴィアの地雷を踏み抜きかねない。
「さて、公式戦だからあまり時間は無いが、ストーンエブリシェに行く前に、ボクの家に行かせてくれ。恐らく招待状がポストに入れられているはずだ」
「あぁ、そうっすね。行きやしょうか」
「……はぁ。そんな怯えなくても、もう襲ったりしないさ。君は評価は周りの人間を見れば分かるものだからね」
恐らく褒めてくれているのだろうが、今までの恐怖体験のせいでそうは聞こえてくれない。寧ろまた首根っこ掻っ切られるかと思うくらいだ。そんな不安を抱えつつも、前を歩いていくヴィアの後ろを着いていった。
日に日にライくんが女の子になって女の子の気持ちを理解していっている気がします。でもあくまで彼は男です。そう、中身もちゃんと男なんです(催眠)
それはそうと4章入りました。やったね。こっからまたシリアス戻ってくるよ




