blind black cat
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
これまでもこれからも、俺の人生は変わらない
目的の為なら、這ってでもしぶとく生きてやる
俺だって普通に生きられると、証明してやる
1階であるクリニックのドアを開け、中へと入っていく。
「フタバ先生〜、お久しぶりっす〜……え?」
「ベル、いいからさっさと帰って」
「やだっ!フタバがあたしのこと好きって言うまで帰らない〜!」
誰にでも見える待合室のソファで何故かイチャついているのが見えた。フタバと、もう1人は猫耳と尻尾が生えた女の子で、髪色や服装の色も相まって、黒猫という言葉が相応しい。そんな彼女がフタバをソファに押し倒している。なんだか見てはいけない所を見てしまったような気がして、1度扉を閉める。しかしその直前、フタバと一瞬目が合った。物凄く気まずい。なんで俺は男の知り合いのイチャイチャを何度も目撃しなくちゃいけないのだ。
1度閉めたドアをまた開けば、今度はフタバが凄い形相でドアの前に立っていたらしく、至近距離で顔を合わせてしまう。
「お、お久しぶりっす、フタバ先生」
「お、お久しぶりです、ライさん……」
無言。無言も無言。気まずい。そんな空気を破ったのは、先程フタバを押し倒していた女性だった。女性にしては背が高く、俺とあまり変わらない。
「フタバのお友達〜?」
「お友達というか、恩人というか……」
「この建物のオーナーの息子っすよ。俺はライ・シークレティアス。お嬢さんはなんて名前か聞いてもいいっすか?」
「あたしですか?あたしはベル・メルミレン。CAT bunnyの看板娘です!」
CAT bunny。確か、カジノの地下にあるBARだ。というか、この前野郎3人で行ったばかりだ。
「ん?あー!ホールに居る子っすか!」
「あれ?お兄さん、来たことあるんですか?」
「偶に行ってるっすよ。この前は、フタバ先生とも一緒に行きやしたし」
「フタバと……?あぁ!あのへのへの文字2分の1のその2の方ですね!」
「へ?」
へのへの文字?2分の1?何を言っているのだこの子は。
「はぁ。ベル、お茶を用意してくれる?僕はライさんと話すから」
「えー。ベル、フタバと離れたくなぁい」
きゅるきゅると目を潤ませ、フタバを見つめるベル。しかし、フタバはそんな彼女の眼差しに慣れているのか、冷たい目付きであしらった。
「そういうのいいから、さっさと準備してくれる?僕のいうことが聞けないの?」
「はい!今すぐ準備してくるであります!待っててね、フタバきゅーん!」
ちゅ、と可愛く投げキッスをして、尻尾を揺らしながら奥の部屋へと行ってしまった。
「……フタバ先生、なんかキャラ変わりやした?」
「え!?何がですか!?僕の顔に何か付いてますか!?」
「そんなこと何も言ってねぇっすよ。らしくなく、なんか冷めた顔してたじゃねぇっすか。それがちょっと気になっただけっすよ」
「え、え〜?そんなことないですよ〜。僕がそんな顔出来るわけないじゃないですか〜……」
目を逸らし、分かりやすくはぐらかされる。これ以上触れてほしくないように見えるのもらしくない。
「……そうっすね。フタバ先生がそんなポーカーフェイスみてぇなこと、出来るわけねぇっすもんね」
「そうそう!それで、今日はどうしたんですか?」
「あぁ、実は俺の知り合いが記憶喪失になっちまいやして」
「えぇ!?記憶喪失……。僕に力になれることありますかね?」
「正にそれで来たんすよ。それで、その子とここで待ち合わせしてるんすけど、来てないっすかね?ミナヒも一緒だと思うんすけど」
「いや、来ていませんね。もう少し待ってみたらどうでしょうか」
フタバの言葉に頷いたところに、ドアがバン、と勢いよく開かれた。丁度待ち合わせていた人物だ。
「よぉ、待ったか?」
ミナヒとヴィアだ。
「待ったも待ったっすよ。何してたんすか」
「レディの支度には時間がかかるんだよ」
「ボクのサイズに合う服が無かったんだよ」
「そうだな。お前、ちっちゃいもんな」
なんてヴィアの胸元を見ながら、哀れみの表情を向けた。
「どこ見て言ってるんだい!?」
当然ヴィアにキレられ、ミナヒはビンタされた。
「痛いな、何するんだ貴族女が」
「何するんだはこっちのセリフだ!君にはデリカシーというものが無いようだね」
「んなもん、ここで生きてる人間には無いに決まってるだろ。なぁ?フタバ」
「え!?こっちに来るんですか!?」
突然話が振られ、フタバは大きく体を震わす。何を言っても殴られそうな雰囲気に、目を泳がせ口ごもっている。
「い、いやぁ……」
口に手を当て、必死に言葉を探しているように見える。そんなところでガシャン、という何か陶器が割れる音が聞こえた。
「ふ、ふ、フタバが女の子と一緒に居る……?」
犯人はベルだ。心底信じられないといった風に口元に手を当て絶望している。
「ちょ、ベル!?大丈夫?手、切ったりしてない?」
「あたしは大丈夫。でもその女2人は何!?まさか浮気!?」
「ちーがーう!話をややこしくしないで!てかそもそも付き合ってないし!」
「そうでーす。浮気相手でーす。この子もでーす」
楽しそうに悪ノリしたミナヒがそう言いながら、ついでにとヴィアも指さす。ヴィアはもうどうでもよさそうに呆れていた。
「違いますから!!」
「フタバ先生、三又してたんすね〜。やるぅ」
「だーかーらー!違いますってー!」
叫ぶことに疲れ、ぜぇはぁと息を切らしている。可哀想になってきたため、遊ぶのもここまでにしてあげよう。
診察室に移ったところで、話を切り出した。
「そんじゃ散々遊んだことだし本題と行きやしょうか」
「はぁ。それで?記憶喪失というのは、そちらの方でお間違いないですか?」
「あぁ。ヴィア・ショウクレンアリーという。よろしく頼むよ」
「はい、よろしくお願いします。僕はフタバといいます。それで、いくつかお聞きしたいのですが、記憶喪失というのはどういった状態なのでしょうか?自分の名前は覚えていますか?」
「大体のことは覚えているよ。忘れているのは、多分ライのことだけだ」
「え?ライさんのことだけ?それはどういう……。いや、そもそも、何故記憶を無くしてしまったんですか?」
「……FemalePalaceの代償だ。それでボクは、ボクが招待したであろう、ライの記憶を無くしてしまった」
「そうっすね。でも多分、それ以外にも色々弄られていやすよ」
俺の言葉に驚く一同。これはただの勘であって確証では無いが、出会った頃の彼女の性格と違う。口調は変わらずだが、社交性が消え、警戒心が剥き出しになったような気がする。他の人間がどう思ってるかは分からないし、俺だけに対してかもとか、病み上がりのような状態だったからかもしれないと思っていた。だが、初対面のミナヒとの会話を見て、その可能性が生まれた。以前の彼女なら、上手いこと躱していたのではないだろうか。
「……そう思う根拠は、なにかあるんですか?」
「前と性格が違うんすよ。フタバ先生はここまでの彼女を見て、どう思いやすか?」
「えぇ?うーん。警戒心が強くて、あまり笑わない人?あと話し方が優雅ですよね。でも、態度からはあまりそういったものは……。あぁ、お気を悪くされましたらすみません!」
「いや、別に気にしてなんかいないさ。謝らなくても結構だ」
「でも、俺が知る彼女は社交性があって笑っていたんすよ。表向きの社交辞令な感じがしやすけど。こんなギャグもジョークも通じない人では無かったと思いやすよ」
「……いや、それはきっと弄られたからじゃないさ。ボクに、余裕が無くなったんだ」
「余裕?」
「……ボクの目的は、終わった。FemalePalaceからの報酬で、先祖についての、真実を知ったんだ」
ヴィアの先祖。確か、トレディが現れる前の王族だっただろうか。ヴィアは先祖の真実を突き止めると言っていた。
「それすらも、本当に真実なのか、実際に起きたことなのか分からない。もしかしたらボクは、FemalePalaceに遊ばれているだけかもしれない。だから、ずっと考えていたんだ」
「なるほど。それでは、本当にライさん以外の記憶は存在していそうですね。それで、ヴィアさんは、記憶を取り戻したいですか?」
「……どうだろうな。FemalePalaceが招待した側の記憶を奪うのは、表への余計な情報漏洩を防ぐ為だ。だから、本当はこんなことしちゃいけない。でも、ボクは正直、もうあそこに通う理由も無い。だから金輪際あんなところとは2度と関わりたくない。でも、辞めるには相当な苦労が必要だ。そうだな……」
ヴィアは暫く考え込み、やがて結論を出したのか、よし、と声を上げた。
「治してくれ」
「いいんですね?」
「いいよ。他に何か忘れてることがあったら嫌だからね」
「分かりました。でも、記憶喪失の治療は初めてなので、時間はかなりかかります。それでも大丈夫ですか?」
「勿論。ゆっくり待つとするよ」
「分かりました。では、暫くは様子を見たいので、貧民街に居てもらってもいいですか?」
「……分かった。ライ」
「なんすか?」
「公式戦の招待状が届いたら知らせてくれ。ボクと一緒に行こう」
まさかの言葉に少し驚く。俺と一緒に居ることすら嫌だと思っていた。
「勘違いするなよ。ボクはガラミユが心配なだけだ。君もそうだろうと思っただけに過ぎない」
なんて、彼に似たことを言われる。
「ぷっ。ヴィア、なんだかミユちゃんと似たようなこと言ってやすね」
「そりゃ、ほぼずっと一緒に居ればそうなるさ。……それじゃフタバ先生、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ!絶対治しましょうね!」
笑顔でヴィアに手を差し出し、ヴィアもその手を取り、握手を交わす。
良かった、これでヴィアに殴られることはないだろう。公式戦の招待状も、届いたら向こうから教えに来てくれるはずだ。
よし、これで暫くは平穏な日々が過ごせる筈だ。今日は夜更かししよう。




