rich man's house
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
「うむ、通っていいぞ」
「ありがとう」
通行認定証を門番に見せ、富裕層の敷居を跨いでいく。ローブの下の顔も確認しないとは、実に愚かだ。
これだから男の侵入を易々と許して揉め事となってしまうのだ。だが、こういったことを生業とする男からしたら、このままの警備状態でいてほしいとも思う。これ以上厳しくなることがあっては、男の俺は今みたいに不用意に出入りすることが出来ない。それは非常に困る。そんなことを考えながら、煌びやかで目が眩みそうなほどの街を、長いローブで顔を隠しひたすらに歩いていく。
「えーと、こっちか」
封筒に入っていた手書きの地図を頼りに、目的の場所へと向かっていく。
今回、俺がこんな危険な場所に来た理由は一つ、それは協力者であるミネビア・トマリシアに会うためだ。彼女が普段優雅に紅茶を啜ってるという行きつけのカフェへと向かっている。しかし、道が思った以上に難解で迷いそうになる。おまけにこの辺りにはあまり来たことがなかった。あっちでもない、こっちでもないという風に若干迷いながらも、なんとか無事辿り着くことができた。
『cafe・herb million』
ここが、ミネビアの行きつけのカフェらしい。
一つ深呼吸をして、店のベルを鳴らす。カランコロンと音を立て、入店を歓迎してくれる。中に入れば、美味しそうなパンの匂いと、香ばしいコーヒーの匂いが漂ってくる。鼻腔をくすぐるその匂いに釣られて席につきそうになるが、必死に我慢する。辺りを見回すと、すぐに目的の人物を見つけることができた。栗色の髪を三つ編みおさげにしていて紫色の瞳が丸眼鏡の奥から見える。間違いない、ミネビアとはあの人だろう。見やすいところに座ってくれてて助かった。俺はその人に近づき、書類に書かれていたあの言葉を告げる。
「林檎のお届け物に参りました」
俺の言葉を聞けば、彼女は席を立ち一言、着いてきてくださいとだけ言ってきた。その言葉に従い、彼女に着いていけば、お会計を軽く済ませ、店を後にした。それからどこに行くのだろうか、無言のまま足を進めることかれこれ数十分。その足は一つの屋敷で止まった。
彼女は迷うことなく大きな門を開け、中へと入っていく。俺も彼女に続き、屋敷の敷居を跨いでいく。
本館までの道中、庭には見事な庭園が咲き誇っており、飽きることは無かった。
やがて本館へと辿り着き、ミネビアが扉を3回ノックする。すると暫しの後、扉が向こうから開かれた。
「お帰りなさい、ミネビア」
扉を開けたのはなんと男だった。和かで嬉しそうだ。薄い紫色の髪をひと結びにした綺麗な緑色の瞳。だが、左目には眼帯が付けられている。彼のそんな目を隠すように長い前髪も左に流れている。痛々しい顔しているが、高そうな燕尾服は見事に着こなしている。
「様まで付けてファル!お客人がいらっしゃいます…!」
ミネビアのその言葉を聞いた男は、俺に一目くれたやいなや、ミネビアの腰を抱き、自分の方へと引き寄せる。そして、俺に警戒心すら超えた殺意を向けてくる。初対面でそこまでされれば流石に悲しくなってくるものだ。ミネビアも何が何だかわからないという風に困惑の顔で俺と彼の顔を交互に見ている。
「...そこまで嫌われるようなことを何かしてしまったでしょうか」
フードの中から作り声でそう言ってやれば、まるで今にも飛びかかってきそうなほどの形相で睨んでくる。
「貴方、男でしょう。それも貧民街の出だ。何故、富裕層に入れた?」
「何故って、偽物の通行認定証を見せたからですけど。それが何か?」
嘲笑を含んだかのような言葉に、これまたもっとすごい睨み顔を見せてくる。そんな情熱的に見つめられても何も返せないぞ、くらい言ってやろうかとも思ったが、本当に殺されそうだと思ったため、大人しくその羅列は飲み込むこととした。しかし、彼の俺に対する殺意は増していく一方だ。これ以上彼といがめ合えば、本当に掴み合いに発展するかもしれない。それは非常に困る。何故なら、俺は口が回る自信はマウンテン級にあるが、戦闘面は本当に弱い。だから、いつも面倒ごとになる前に逃げている。自分の身を守るためにも、衝突は避けたい。だから、煙幕に手をかけ、逃げる準備をする。このローブは俺の性別を隠すだけの物じゃない。俺の逃亡ガイドでもあるのだ。煙幕やガスの一つや二つくらい、用意しなければ。
彼が俺に襲いかかると同時に撤退する。話はまだ何も始まってない。だからこれは撤退だ。また必ずミネビアに会いにくる。
彼の動向に眼光を光らせ、タイミングを伺う。
腰を落とした。
──来る
「ダメー!」
そんな声が聞こえると同時に、目の前の男が踏み出そうとした拍子にこけてしまった。
「え…?」
何が起こったか分からず拍子抜けしてしまう。だが、考えればすぐに分かる。彼の懐にずっと収まっていたミネビアが、彼が襲いかかることを察知し、彼を全力で後ろに引っ張った。結果、前に進もうとしていた彼はこけてしまったのだろう。
「ミネビア!何するんだ!」
「ファルこそ!お客人って言ったでしょう!?何するの!?」
2人して床に突っ伏した状態のまま話し続けている。何やら揉め事になってしまったらしい。ミネビアは彼を押しのけて立ち上がり、俺に深々と頭を下げてきた。
「ライ様、申し訳ございません。玄関で早々にこんなことになってしまって…」
「いやいや、気にしないでくださいな。頭もあげてください」
そう言えば、彼女はどこか申し訳なさそうに頭を上げた。
それより、俺の名前を知られている。別にこの名前は隠してるわけではないから構わない。だが何故だ。依頼人から聞いたのだろうか。
「さぁ、お上がりください。応接室までご案内致します。ファル、案内をお願い出来る?」
「…畏まりました」
彼は納得いかないような顔と、仕方なくといった調子で頭を下げた。この一連のやり取りで随分とまぁ嫌われてしまったらしい。全く悲しいことだ。
「…だがその前に、そのローブを外せ。もう隠す必要も無いだろう」
「ちょっとファル…!」
「構いやせんよ。確かに、貴方達に対しては、もう必要の無いものですからね」
腕時計に着いてる小さなボタンを押す。すると、ローブが勝手に体から消え、腕時計にしゅるしゅると吸い込まれる。魔法具と言うものだ。富裕層に初めて行く時に、ボスから貰った。容量の都合上、この腕時計にはローブしか入れられないが物を変えれば色々入れることだって出来る。
「魔法具か…。何処でそんな物手に入れた?貧民街の人間からしたら、高価な買い物どころじゃないだろ」
「ちょっと頼みの綱がございやしてね。それより、まだ名乗って無かったですよねぇ。俺はライ・シークレティアス。これで怪しいものじゃありゃせんね?」
笑顔は崩さず、あくまでも友好的に挨拶をする。向かいの彼も少しだけ警戒を解いてくれたように見えたが、俺を注視しているのは変わらないらしい。黙ったままの彼に痺れを切らしたのか、ミネビアの方が口を開いてきた。
「あ、あの、今更ですし、ご存知かもしれませんが、私はミネビア・トマリシア。気軽にミネビアとお呼びください」
「はーい、ミネビア」
友達のような距離で応答すれば、隣の番犬くんがこれでもかと睨んでくる。
「こら、ファル。そんな目で見てはダメ。…こちらは私の執事の、ファルターです。ファルとでもお呼びください」
「はーい。ファルくーん?仲良くしやしょうね〜」
俺のにこやかな言葉に、殺意のオーラがありありと感じる程の敵意を向けられる。本気で俺のことが嫌いらしい。
だが、ミネビアに対してはその感情はどうあっても抑えるようだ。仕事とあれば尚更。
「…ミネビア様。貴女は休んでいてください。準備が出来たらお呼びします」
「分かりました。それでは、後はよろしくお願いします」
ミネビアはその言葉を最後に奥へと歩いていった。自室にでも向かったのだろう。
「お前はこっちだ、着いてこい」
先程のミネビアへの対応とは打って変わって、冷酷な視線が向けられる。その冷酷は歩き出し、俺の行くべき場所へ連れて行ってくれる。それが主の望みならば。
館内は広く、天井が高い。自分の家と比べたら泣きそうになる。
「広い屋敷なこって。これ、掃除とかやばそうですね〜」
グルグルと辺りを見回していたらそんな感想が出てくる。それ程までにだだっ広い。そのまま文字通り本当に回りながら進んでいたら、後ろから首根っこを掴まれた。
「おい、少しは落ち着け」
ファルターだ。先程までに比べたら、少しだけ敵意は収まったらしいが、それでも俺が気に食わないことには変わりないようだ。俺は仲良くする気満々だというのに。
「やだなぁ、ファルくん。貧民街の汚い下郎が、こんなおっきな御屋敷に来れる機会なんて滅多に無いんだから。少しくらい楽しませてくだせぇよ」
「ふん、忘れるなよ。今回はミネビアに招かれたんだからな。お前みたいなコソ泥鼠がだ。楽しみたいのであれば、何億回でも感謝してほしいくらいだな」
随分と偉そうな物言いだ。そんなんだから、手に持っている獲物を逃がすのだ。
彼が気付いた時には、俺は既にファルターの後ろに立っていた。背中にはヒヤリと汗をかくもの……リボルバーを突きつけて。
「…随分手癖が悪いみたいだな。貧民街は躾がなっていないようだ」
「おやおや、あんたも男ってのに、随分貧民街を下に見てるみてぇじゃねぇですか」
彼は俺の手にあるリボルバーを一瞥し
「…それ、玉入ってないフェイクだろ」
なんてはったりをかけてきた。
だが、残念なことにその予想は外れている。この銃にはちゃんと玉が装填されている。俺が引き金を引けば、ファルは確実に死ぬ。
「なら、打ってみやす?いいっすよ。俺が用があるのはミネビアだ。あんたには最初から予定が無い」
「ご機嫌なとこ悪いが、僕の勘はよく当たるんだ。…打ってみろよ」
彼の最後の声に微かな震えがあった。それに心拍だって上がっている。だがこれは恐怖ではない。なら何か。
──高揚してるのだ
彼は自分が死ぬかもしれないこの命の駆け引きを本気で楽しんでいる。楽しくて仕方がないサイコパスだ。俺と、同じだ。
「…いいね。俺、あんたのこと、かなり好きになっちゃったかも」
「お前みたいな胡散臭い野郎に好かれる趣味は無い」
引き金に手をかけ、準備をする。だが最期に、ファルに聞きたいことがある。
「…最期に1つだけ質問。あんた、随分と貧民街を嫌ってるみたいだけど、それ何で?」
「……何故そんなことを聞く」
何でだなんて、自分が1番分かってるだろうに。その間が何よりの証拠だと思わないかい?ファルくん。
「何故って…だってあんた、富裕層で生まれて、富裕層で育ったっしょ?…なんで、貧民街の匂いなんて知ってんですか?」
彼からの返答は無い。言葉を続ける。
「嘘は無しで頼んますよ?…てか、嘘ついた瞬間、本物で撃ちやすから」
「………」
さぁ、どうするファルター。俺の首を掻くか、素直に答えるか、嘘をついてみるか…。何をどうするも、お前の自由だ。もしお前が俺と同族なら、今楽しいだろう?だからゲームをしよう。
──さぁ、選べ