brother's shadow
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
これまでもこれからも、俺の人生は変わらない
目的の為なら、這ってでもしぶとく生きてやる
俺だって普通に生きられると、証明してやる
「な、どういう…」
「言った通りだよ。お兄ちゃんは、もう死んでるんだ」
嘘だ。だとしたら、ボスに依頼を出したのは誰だ。あれは1年以上前のことなんかではない。たった数週間前の話だ。
「はぁ?だったら、ボスが間違えた?いや、でも、君の名前はダンで、確かに、弟を連れ戻して…」
『弟が?それはまた可哀想な。ということは、依頼内容はその弟を連れ戻してくることですかい?』
『残念違う。正解は、そのオークションを破壊してほしい、だ』
ボスとの最初の会話を呼び起こす。俺は弟を連れ戻すことも任務のうちだと思っていたが、それは間違いだったのだろうか。ボスが残念違うと揺らぐことなく否定してきたのなら、目的をはっきりと伝えたのだろう。だとしたら、この弟は、兄と名乗った人物は一体。
「いや、そもそも、色々バタバタしてて名前すら聞けてないんだった…。クッソ、俺がこんなミスをするなんて」
壁に八つ当たりしても、時間は巻戻らない。ドレスの裾が引っ張られたかと思えば、ダンが不安そうに手をぎゅっと握っていた。そうだ、今は子供がいるんだ。
「…あの、ライお兄さん。お兄ちゃんと、お話したの?」
「いんや。面と向かって会ったことはありやせん。あんたの自称兄さんと会ったのは、俺のボス…あぁ、仕事の先輩って言った方が分かりやすいっすかね。その人が直接話したのを、俺は聞いただけっすよ。だから、あんたの兄さんには会ってないんすよ」
「そう、なんだ」
「…あぁ、そういや、あんたの写真も一緒に渡されてたんすけど、これ、あんたの兄さんが撮ったんすか?」
懐にしまっていたダンの写真を取り出し、彼に見せる。彼は両手でそれを受け取り、ただ見ていた。
「…うん。お兄ちゃんの友達に、写真機を作っている人が居てね。なんか、しさくひん?を貰ってきたって言ってた。その時に撮ったやつだよ。覚えてる」
ダンが話している最中、写真には、水が濡れた染みがぽつぽつと出来ていく。その正体は、ダンの涙だ。今は亡き兄の残した影を、彼は感じられたのだろう。
「お兄ちゃん、バカなの。僕が、貧民街の奴らに、誘拐された時、お兄ちゃ、よわい、のに、殺されそうになった、僕を、庇ったんだ」
嗚咽を漏らしながらも、確かにそう言ってくれる。何も出来ないのが、嫌で、泣きじゃくる彼の背中をさする。これくらいのことしか、今はやってあげられない。
「お兄ちゃん、会いたいよ、お兄ちゃん」
「そうっすね。会いたいっすよね」
俺も会いたい。死んだかどうかも分からない、会えるかも分からない。ずっと探している人に。
「悪いこと聞いたっすね。その写真は、ダンにあげやすよ」
「え?いい、の?」
「いいんすよ。俺は依頼で必要だから持ってただけなんで。それに、あんたに持っててもらった方が、きっと兄貴も喜んでくれやすよ」
「…うん!ありがと、もう、無くさない」
目の下を赤く腫らした少年の頭を撫でる。彼は嬉しそうに笑っていた。
さて、これからどうしたものだろうか。あの写真は、ダンの兄さんが撮ったもので、それを自称兄さんが持っていた。
「そういやダン、君の兄さんの名前はなんて言うんすか?」
「え?名前?えー、うーん。あれ?なんだっけ?」
「は?」
名前が分からないのか。いやいや、先程兄が遺したものに対してあれ程涙を流せる少年が、その兄の名前が分からないなんて、あっていいはずがない。
「うーん。何でだろう。お兄ちゃんとの思い出は覚えてるのに…。あれ?そういえば、皆はお兄ちゃんのこと、なんて呼んでたんだっけ?あれ?」
分からない、分からないとうわ言のように呟きだすダン。明らかに何かがおかしい。
「ダン、落ち着いて。まずゆっくり息を吸って」
「分かんない、分かんない、分かんない。あれ?そもそも、お兄ちゃんって居たの?僕が、勝手に…」
目の焦点が合わなくなってきた。なんとかしないと。
「ライお兄さん、お兄ちゃんって本当にいるの?僕、僕、僕、分かんない。僕、お兄ちゃんじゃないって、え?違う、言った?分かんない!」
頭を抑え、身震いをしている。
「大丈夫、落ち着いて。君のお兄さんは死んだ。それだけは事実だ。他の難しいことなんて考えなくていい」
「死んでないよ!生きて、る?あれ?だって、ライお兄さんの後ろに、居るよ?」
「は!?」
がばっと、勢いよく振り返る。だが、そこには何も居ない。当然だ。ここは俺に用意された個室なのだから。他の人間が居てたまるか。
「い、いないじゃないっすか」
「お兄ちゃん!」
ダンは、何もいない虚空へと走り出していく。そして、ただの空気に向かって、語り始めた。
「ずっとどこで何をしていたの?会えなくて心配してたんだよ!え?ずっと作業場に居たの?もう、しょうがないなぁ、お兄ちゃんは。…うん、今度またなにか作るね。リクエストある?…またカレー?うーん、いいけど、飽きない?」
それは異様な光景だ。少年が、ただの何も無い空間に向かって、笑顔で話し続けている。だが、そんな彼の体に、段々異変が表れてくる。それは、ぴき、ぱき、と彼の体に割れ目を作り初めていた。それらは段々、上へ、上へと向かっていく。そう、頭を目指している。
「ダン!!」
無理にでも彼を止めようと、ダンに覆いかぶさり、視界を手で塞ぐ。それでも、彼の1人芝居が止まることはない。ただ、自分にしか見えない「お兄ちゃん」と話し続けている。駄目だ、駄目だ。このままじゃ、彼は死んでしまうかもしれない。嫌だ、嫌だ。止めないと。でも、止まってくれない。
「え?また写真撮るの?お兄ちゃん、本当にカメラが好きだね。いいよ。でも、今回は僕も撮るからね!」
ぶくぶくと、彼の体の内部からなにかが膨れ上がっている。それはダンに抱きついている俺にも多少影響があった。軽く押されているような、まきつかれはしないが、独特の感触がして、気持ち悪い。
「それじゃ撮るよ?」
彼が俺を無視して、もう形を成しているかも怪しい両手でカメラを構えるポーズをとる。物凄く、嫌な予感がする。
「はい」
駄目だ。やめて
「ポーズ」
ぐちゃ!!
シャッターの代わりに、なにかが潰れる音がした。恐る恐る目を開けると、そこには、頭が潰れ、無くなった、ダン、だったものがあった。
「あ、ああ…」
「何で、何で、何で、こんな、ことに」
ここに来てから、何も止められない。何も変えられない。
「なんの、為に来たんだ、俺は」
手を離せば、どさ、と音を立ててそれは倒れていく。だが、途中でテーブルに頭をぶつけ、一緒に倒れていく。がちゃん、という身震いする音が客室に鳴り響く。
手やドレスには、血がべったりとついている。ドレッサーで顔を確認すれば、死んだかのよう青くなった自分の顔に、血がこれでもかと付着していた。
今も足元には、血溜まりが広がり続けている。
「なんで、何も止められないんだ、俺は!」
前世も今世も、何も変わりやしない。俺は馬鹿で、力が無くて、自分を守ることさえ叶わない、惨めで醜い男だ。
「くそ、くそぉ…!」
項垂れ、地面を殴っても、どうすることだって出来ない。全てを知った気でいても、それは本当に全部を知っていたわけではない。全部を知れていたのならば、この瞬間も、数分前の未来だって救えたかもしれないんだ。俺が、もっと、ちゃんと、人を助けられる人間であったならば、誰かが死ぬことなんて、なかったのだろうか。今も、ダンは笑っていただろうか。
「駄目だなぁ、俺は」
「駄目なんかじゃないと思うけど?」
ドアの方からしてきた声に、警戒心を向ける。だが、そこから出てきたのは、ガラミユだった。
「ガラミユさん!?何故こんなところに?というか、ここ、私の部屋なんですが…」
「ちょっと色々あったんだよ。それでマスターキーをゲットしたから、会いに来た」
「なんですかそれ」
「てか何これ。ひっどいの。何があったわけ?」
ガラミユは部屋の惨状に顔を顰める。そういえば、大分汚してしまった。
「ちょっと、先程買った商品と色々ありましてね。私、少し水を貰ってきますわ」
「ふーん。あっそ」
「えぇ。あぁ、そうそう。ところで、本物のガラミユさんはどちらに?」
ドレスをめくれるよう構えていた手でドレスをめくり、銃を取り出す。それをさせんと言わんばかりに、相手もナイフを投げてくる。急ぎそれを躱し、発砲する。音を極力抑えた麻酔銃だ。部屋を急いで出たため、命中したかどうかは見ていなかったが、はったりになっただけ十分な仕事はこなしてくれた。
本物のガラミユのことは心配だが、悪いが今は後回しだ。
俺はその急いだ足で、地下6階へと向かっていった。




