Information is a bullet
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
「女装って、マジですかい?」
ボスから今しがた言われたことを教えよう。依頼として潜入するところに女装して行けと言われた。
「今までみたいに、ローブ被って顔隠すだけじゃダメなんですかい…?」
「今回は長期的な依頼になると見越してるからね。それじゃあ、そのうちバレてしまう」
ボスの言葉に納得し頷く。だが、富裕層なんていう女の園みたいな場所で、女装なんてしてもすぐにバレてしまいそうとも思う。やらないだけマシ、というものだろうか。
「…分かりやした。綺麗になれるよう努力はする、けど俺に女装趣味なんてないんですから、期待はあんまししないでくれると助かりやす」
「うん。十分十分!あぁ、ライくんの女装楽しみだなー!」
そう言いながら、スキップで執務室を去っていった。絶対見せてなるものかと思いながら、俺も向かいのアパートにある自分の部屋へと足を向けて歩を進めた。依頼者が調べあげたという封筒を手にして。
「へぇ、重さからしてイタズラの落書きでも入ってるかと思ったが、ちゃんと全部資料とはなぁ」
部屋に戻りスーツジャケットをハンガーにかけた俺は、ボスから渡された封筒の中身を確認していた。そこには、ストーンエブリシェや人間オークションだけでなく、ストーンエブリシェで働いてる女の名前と顔写真、更には、人間オークションに携わる関係者の名前と能力、トレビアまでも書かれている。
トレビアとは、簡単に言えば属性だ。炎、水、大地、自然、風、光、闇。その7つに分類される。女達はその7つのうちどれかに分類されている。しかし、光と闇のトレビアは滅多に現れないらしく、殆ど都市伝説みたいになっている。よって、トレビアは5種類という認識が一般的らしい。
能力とはその名の通り、それぞれが持つ固有の特殊的な力だ。女達は、最初に能力を得て神と言われている初代トレディ・シャトレーノに力を分け与えられ、人間離れした魔法らしい能力を得たと言われている。そう、この世界には元々魔法なんて無かったのだ。それがある日、突然魔法が生まれ、女達が男達に反逆をして、男達を底辺に蹴落とした。富裕層の女達は、その出来事を革命だと言っている。これが、女尊男卑が生まれた理由だ。
まぁ、そんな男に関係の無い話は置いといて、資料に目を通すとしよう。
ストーンエブリシェとは、貴族通りにある小さな城のような建物だ。外装としては、ままごとの舞台にでも使えそうな程に現実離れしている。宝石鑑定所としてはかなり評判がいいようで、客足も耐えない人気店らしい。
しかし、何故宝石鑑定所が人気になるのか。それは、富裕層に宝石を売る商人が多いからだ。よって、自分の宝石はどれほどの価値かと試すために、客が訪れるとのことだ。大体、こういった類の物を富裕層でやれば、すぐ潰れてしまうイメージしかないが、ストーンエブリシェは評価され続けて今も尚営業出来ているらしい。
「へぇ。随分とまぁ調べあげたもので。スタッフの名前と顔写真まである」
依頼者が調べたという書類には、流石に女達の詳細な個人情報は載っていなかったが、名前と顔写真を入手できただけ上々だ。またこの依頼者を疑う理由が増えた。
人間オークションの方には、オークションの詳細がみっちり書かれた資料があった。文字の多さに頭が痛くなるが、目を通していく。
FemalePalaceと呼ばれる人間オークションの会場は、ストーンエブリシェの地下にある。そこは会員制で、選ばれた貴族のみしか入れない特別な場所だ。入る許可を得るには、既に会員となっているメンバーから招待を受けなければいけないとのことだ。しかし、このオークション自体が当然機密事項であるため、そう簡単に口を割ってはくれないらしい。それどころか、FemalePalaceの存在を口にしただけでトレディ・シャトレーノにチクられるとか。何故トレディの名前がここで出てくるのか。それは、このオークションは、神と呼ばれているトレディ・シャトレーノが仕切っているからだ。信じられないが、嘘とも言えない。彼女は神と崇められ、この世界の頂点であり中心であり続けている。要するに、この国どころか世界のお偉いさんなのだ。そんなお偉いさんが秘密裏にコソコソと悪事を働いてるなんて、よくある話では無かろうか。神様も承認欲求なのだろう。なんせ、あの人も種族的には人間なのだから。決しておかしなことはない、健全なことだ。
資料を読み進めれば、FemalePalaceの会員招待を受けられる方法まで書かれていた。どうやら、FemalePalaceに疑問を抱いている、反乱分子という名の協力者がいるらしい。名前はミネビア・トマリシア、トレビアは風で能力は物体操作。友人の誘いを受けFemalePalaceへとやって来たが、FemalePalaceのやり方に疑問を抱いているらしい。依頼人のようにFemalePalaceを潰したいまでは言わないが、トレディの悪事を世に公開するのが目的との事だ。資料には、彼女に、会った時に協力者だと示す合図や、彼女の行きつけだというカフェが書かれている。ここで待っている、ということだろう。いつまで待ってくれるか分からない。ミネビアには明日にでも会いに行くことにしよう。
次の資料には、オークションに参加している者達の名前が書かれていた。しかし、そこにあるのは、紅蓮や炯眼、調和、浅霧など、漢字2文字でしか書かれていなかった。これではまるでコードネームだ。まぁ、人間オークションなんて明らかにアウトなものに足を突っ込むのだから、自分の情報は隠して然るべきなのだろうが。だが、責任者なのだろうか、何かしらのトップなのだろうか。顔写真こそ無かったが、詳細な情報が載っている者が4人居た。1人目はシュレント・ザファビエル、トレビアは炎で、能力は自身の身体能力の向上。勝気で負けん気が強い性格らしく、周りからは1歩距離を置かれている。2人目はセランカ・ドゥビユエーラ、トレビアは氷で能力は洗脳。教会生まれの元シスターで、慈悲深い性格とのことだ。3人目はペールト・チャマリルカ、トレビアは大地で能力は永遠の命。我儘で融通が効かない正に子供。4人目はヒガン・ミスパーヒラー、トレビアは闇で能力は暗殺。面倒くさがりでいつも誰かの後ろにいるらしい。以上、この4名が他に比べやけに詳しい詳細が書かれていた者たちだ。俺はその中で1人、この段階で目を付けなければならない人物がいることが確定した。
「ヒガン・ミスパーヒラー、闇のトレビアか…」
認知が広まっている5種類のトレビアについては、俺もある程度の知見がある。これでも何度か、富裕層どこかろか貴族通りに出入りしているのだから。だが、闇のトレビアは初めて見る。面倒くさがりでいつも誰かの後ろにいるとあるが、恐らくこれは嘘だ。能ある鷹は爪を隠す、ヒガン・ミスパーヒラーには目を光らせていた方が良いだろう。きっとまだ何か隠し玉を持っているはずだ。
次の資料には、依頼者の弟を初め、何人かのオークションに売り飛ばされた人達のことが書かれていた。これはこちら側で情報収集をしたのだろうか。誘拐された時期や外見の特徴など、細かく書かれている。皆誘拐された家族が心配ということだ。
まず依頼者の弟、弟の名前はダンというらしい。姓はない。というか、最近産まれてくる男は皆姓を持たない。持ってる方が珍しい。でも俺の名前はライ・シークレティアスと姓がある。だから俺は名乗っただけで怪訝な顔をされる。まぁ、この名前も嘘なのだが。
ダンに関しては、写真が貼られていた。笑顔でこちらにピースをしている、10歳半ば程の可愛いとも美しいともされる少年だ。セピア色の写真のため、目の色や髪の色は分からないが、それでも顔が美少年であることは簡単に分かる。こんな不出来な写真でそう思うのだ。きっと実物はもっと綺麗なのだろう。攫われる理由も分かる。
資料を捲り、他の攫われた人物の詳細の名前を見れば、俺が知る限りの名前は全員顔が整っている人物ばかりだ。知らない名前もちらほらとあるが、他を見る限り、この人物達も顔が整っているのだろう。要するに、FemalePalaceはイケメンしか攫わないということだ。まぁ、どうせ売るなら美男子の方が良い値が付くものなのだろう。男なら誰でも良いと思っていたが、そういうわけでもないらしい。俺も候補に入っていただろうが、現段階で攫われなくて良かったとつくづく思う。
「資料はこれで全部。中々骨が折れそうな依頼なことで」
文字文字文字の資料を読み終え、どっと疲れが押し寄せてくる。目頭を抑え、頭を上にする。暫くそうすると、頭痛も少しだけ和らいだ気がする。
椅子から立ち上がり、キッチンの方へと足を運ぶ。アパートの室内にしてはそれなりに広いせいでカウンターキッチンまでそこそこの歩数歩かなければいかない。全く難儀である。
キッチンの戸棚からマグカップを取り出す。また、常設されている上の戸棚からココアパウダーを取り出し、マグカップに何杯か注ぐ。そして牛乳とお湯を程よい加減で注ぎ、スプーンで混ぜていくと、心を落ち着かせるようなココアの匂いが立ち込めていく。そう、この世界にはココアがあるのだ。それだけではない。ミルクティーもあるしコーヒーもある。食文化に関しては、割と元いた世界と変わりは無い。お陰で変なものを食べずに済む。まぁ、動物は角や翼が生えたりしてるキメラみたいなものばかりだが。
「はぁ、落ち着く…」
カウンターに置かれてる少し足の高い椅子に座り、ココアを喉に通す。ホットココアは、喉を温めてくれる。この温かさが心を和らげてくれる。
俺は仕事の休憩に飲むホットココアが好きだ。一息ついてもうひと頑張りと思える。そう、もうひと頑張り。
「はぁ…」
ボスの言葉を思い出し、ついため息をこぼしてしまう。別に女装に自身が全く無い訳では無い。テレビで見る企画で男性アイドルの女装を見た事があるが、普通に可愛かった。イけるとまでは俺は思わないが。
多分イケメンは元の顔が良いから、女装をしても可愛くなる。それは恐らく俺も同じことだ。だが、その女装を女達に揉まれて隠し通せる自身が無い。必要なのは外見だけではなく、言葉遣いや所作までも気をつけなければいけない。それに、服装も体型をなるべく隠せるよう色々小細工をしなければ。だが1つ、声に関しては問題ない。なんだって俺は今まで、作り声で富裕層を乗り切ってきたのだから。だが、それ以外の問題がやはり多すぎる。ミナヒにも協力させるとはいえ、どうしたものか。
まぁ、そんなことはもう明日に後回しにしてしまおう。残っていたココアを飲み干し、俺は寝室へと入った。ベッドに体を横にしてしまえば、すぐに睡魔が襲ってくる。その手を取り、俺は夢の中へと体を預けた。