the morning of the party
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
これまでもこれからも、俺の人生は変わらない
目的の為なら、這ってでもしぶとく生きてやる
俺だって普通に生きられると、証明してやる
全身鏡を前に、くるりと一回転する。そうすれば、フリルがひるがえり、お姫様の気分を味わえる。今日はとうとうパーティー当日だ。今までよりも一層身なりに気を配らなければいけない。
「うん、大丈夫そうっすね」
鏡の前で一言呟き、部屋を後にする。
1階に降りれば、既に準備が整っていたらしいヴィアが、優雅にコーヒーを飲んでいた。テーブルには、角砂糖が入っている瓶が置かれている。
「おはようございやす、ヴィア。今日はいい天気っすね」
「まだ外に出てもいないというのに、分かるのかい?」
「俺は運が良いんすよ。きっと晴れてやす。というか、晴れ以外は月に1回しか見やせんよ」
それもそうか、と言って彼女は椅子を引き、キッチンの方へと向かう。
「お腹は空いていないかい?昼まで何も食べられないから、食べれるうちに食べておいたほうがいいよ」
どうやら、パーティーが本格的に始まるのは夜かららしいが、会員達は日が頂上に登る前には入場しなければいけないとのことだ。昼は向こうが一流の物を用意してくれるらしい。だが、朝は用意されない為、自分達で腹を満たさなくてはならない。
「適当にありもんでいいっすよ〜。腹が膨れりゃなんでもいいんで」
「勿体ないね。他の皆がどう思ってるかは知らないけれど。食に対しては欲を持った方が良いよ。人間であることの基礎知識だ」
「お生憎さん、こちとら生きとりゃ人間なもんで」
「低い生活水準なことだね」
そう言われ出てきた朝食は、昨日食べたカレーの残りだった。
「朝からカレーですかい…。しかも綺麗な召し物した状態で…?」
「適当にありもんでいい、と言ったのはそちらだろう?ボクは君の期待に答えたまでさ。それに知らないのかい?2日目のカレーは美味いんだぞ」
手を洗いながらそう答えてくる。朝からカレーとは随分と胃もたれしそうだが、仕方がない。出された物を食べない失礼をする程、落ちぶれてはいない。
カレーに口をつける。美味しいが、やはり朝から食べるものでは無い。だが、1口、また1口と、少しずつ胃に収めていき、平らげていく。
「ご馳走さん。美味かったっすよ。もう二度とこの時間には食べたくねぇですけど」
「それだったら、次からはちゃんとリクエストを入れることだね。我儘を言うのはその後だよ、ライ」
「へいへい」
適当な返事で促せば、彼女はもう外に出る準備を始める。昼までにはまだ時間があるが、どこに行くつもりなのだろうか。
「ん?もう出るんすか?まだゆっくりしてても間に合うかと思いやすけど」
「ミネビアにちょっと顔を見せにさ。君も行くだろう?」
「そうっすね。最近はヴィアとしか話してねぇっすから、違う人で口直ししたい気分っす」
冗談めかして適当に喋れば、目の前の彼女は、へぇ、と怪しい笑みを浮かべてくる。ヴィアは、ステップを軽く踏むかのような足取りで、俺との距離を詰めてくる。それから肩を組まれたかと思えば、グイッと下から思い切り引っ張られた。そして、頬に柔らかい感触を押し付けられた。恐らくもなにも唇だ。頬にキスをされた。それから
「君はボクというものがありながら、随分なことを言ってくれるんだね。この浮気者」
耳元でそうやって囁いてきた。そして直後、かぷり、と耳を甘噛みされる。その言動に体が跳ねる程の興奮を覚え、甘い痺れが全身を駆け巡り、心臓を打つ感覚が短くなっていく。
「…なんてね。この間の仕返しさ。これで、君もボクの気持ちが少しは分かっただろう?」
「はは、そうっすね。めっちゃビビりやした。だからもうしないでくだせぇよ」
彼女に悟られないよう、背中を向けて玄関へ歩き出す。どんな顔をされているのか分からないが、ヴィアの顔を見る余裕が無い。
「…もしかして、ライって耳弱い?」
後ろからそう言われ肩が震える。だからさっさと外に出たかったんだ。
「なーに言ってんすか。そんな単純なもんが、俺の弱点なわけねぇですか」
「そんな苦し紛れな言い訳、ボクに通じないことなんて知ってるだろう?君は心を聞くまでもなく分かりやすいんだ」
苦笑いしか出てこない。彼女が前例の女達のように、この弱点を悪用しないことを祈る。
「そ、それより、そろそろ行きやしょうよ。さっさとしねぇと、時間になっちゃいやすよ?」
「…まぁそれもそうだね。それじゃあ行こうか」
その言葉を合図に、俺達はヴィアの家を後にして、ミネビアの館へと向かった。
3回ノックをして、ヴィアがドアに声を掛ける。
「ミネビアー、ヴィアだけど、居るかーい?」
暫くして、向こう側から扉が勢いよく開かれる。中から出てきたのは、黒髪の三つ編みドーナツを元気よく揺らすメイドだった。
「お久しぶりですー!ヴィア様!って、あれ〜?ライ様もご一緒だったんですね!」
「久しぶりだね、ピロナ。ミネビアはいるかい?パーティーに行く前に、少し顔を見せたいんだ」
ヴィアの言葉に、ピロナは少し困惑を含んだ表情を浮かべた。
「うーん、ごめんなさい。さっき、本を買いに、ファルターと一緒に出ちゃいました。多分、入れ違いになっちゃいましたねー」
「そうか…。それは残念だ」
ヴィアは言葉の通りに浮かない顔をした。
「何で本買いに行くんすか?お宅んとこの書庫、もう大分あるじゃねぇですか」
以前書庫を見た時には、棚に入らきらず、地面に積まれている物も何冊もあった。俺が言えば、ピロナは共感が感極まったかのように目頭を潤ませたかと思えば、今度は愚痴がぺらぺらと流れ始めた。
「そうなんですよー!いつも片付けようとしてるんですけど、ミネビア様に止められるんですよ。全部大事な物だから片付けないで、って。それで片付けようにも、主人の物を勝手に捨てるわけにもいきませんし、他の部屋に移すのも嫌がられますし、私的にはすごーく困ってるんです」
片付けるならまだしも、別の部屋で管理するのも嫌がるのか。流石に裏があるのではと疑ってしまう。
「それより、お2人はどうするんですか?ミネビア様を待つなら、応接室の方へご案内しますけど…」
ヴィアと顔を見合わせる。太陽の位置を見る限り、いつ帰ってくるか分からないミネビアを待っていれば、あっという間に時間がやって来てしまうだろう。
「いや、大丈夫さ。書店の方に向かってみるよ」
「分かりました!また今度、ゆっくり出来る時にでも是非来てください!ミネビア様と一緒にお待ちしてます!」
「うん、その時は是非お邪魔させてもらうよ。色々ありがとう、それじゃあ」
「また会いに来るっすね」
ピロナに軽く手を振り、ヴィアと共に館を出ていく。書店が何処か聞いていなかったが、場所は分かるのだろうか。不安を抱えつつも、掃除員の努力が現れている、磨かれた床を歩く。
「…あぁ、書店なら分かってるよ。ミネビアはあそこでしか本を買わないからね」
「へぇ、行きつけということでしょうか」
「まぁそんなところさ。はじの方にあるこじんまりした所でね。扱ってるのも、売れないような古本ばかりで、貴族は誰も寄り付かないのさ。店員は普段いないようだけど、それでも行きたがるのは居ないだろうね」
店員が居ない、無人販売みたいな物だろうか。元の世界ではそういったものもあったが、この世界で無人販売なんてしたら、商品が全て取られるのでは無いだろうか。
そんなことを考えながらも歩いていたら、隣を歩いていたヴィアが、1つの建物の前で足にブレーキをかける。それに倣って、俺の足も自然と止まる。
「着いたよ」
「…外装は、雰囲気あるお店という感じですね」
「そう、別に中も荒れては居ないんだよ。普通に営業も出来るくらいには整っている」
随分と詳しいことを話したヴィアは、ノブを回し、中へと入っていく。俺も彼女の後に続いて、中へと入っていった。
ヴィアの言った通り、中は意外にも整っており、当たり前のことだが、照明も点いている。少し手狭が過ぎることと、扱ってる書籍が痛みまくっていることを除けば、普通の本屋となんら変わりは無い。
そんな本屋には相応しくないかのような、吐息が漏れる声と、ねっとりと唾液を交じらせるような音が聞こえてきた。ヴィアと共に急ぎ本棚の影に隠れつつも、音の根源を探る。幸い、それはすぐに見つかった。けれど、その原因は幸いではない。いや、冷静に考えれば、入った時点で分かったはずだ。ここにいた先客はあの2人。そして深めのキスでもしているようなこの音と声。
離れようにも、足が動かなくて離れられない。怖いもの見たさからか、単純な興味からか、気付けばそちらの方に影から視線を覗かせていた。
「ファル、もう…だめ…?人が、きちゃう」
「まだだめ。僕の左目見て。まだ、奥が燃えてる、熱いんだ。これじゃ、また、ミネビアを傷つける。だから、全部、もっと…。まだ、足りないから」
いつもより低い声でミネビアを求める彼の変わりざまに、今すぐにでもこの場を離れてしまいたくなる。彼が気付かぬ間にここを出ねば。でも、羨望と、興奮が止まらない。
あぁ、彼は好きな人を抱いて、好きな人と眠れるのか。それを拒まれることもなく、相手も真の意味で愛情をくれるのか。羨ましい、羨ましい。俺に注いでくれなかった愛情を、彼はきっと、運命なんて生温いストーリーで手に入れられたんだ。俺が、誰からも貰えなかったものを。
そう思っていたら、彼女のドレスに手をかけるファルターを止める言葉が見つからない。ミネビアも、本気で彼を拒んでいない。いいな、いいな。
ぼーっとそれを眺めていたら、光景は、1つの声によって妨げられた。
「あ、あー!!ミネビアにファルター!やっと見つけたぞ!」
ずっと俺の隣にいたヴィアだ。その声で、俺も我に帰ってくる。
「ヴィ、ヴィア!?な、何でここに!?それに、ライさんも!?」
驚きながらも、慌ててはだけた分を着直すミネビア。そんな彼女を隠すかのように、ファルターが彼女の前に立つ。
「はぁ。ここに来たってことは、ミネビアか僕に何か用があったんだろ」
不機嫌を隠しきれない声がそう言う。だが、そんなことより、俺は彼の顔の異変が気になった。
「あれ、ファルくん、眼帯どうしやした?」
俺が彼の左目を指差せば、あ、と言って左目を抑える。だがもう遅い。彼の左目は、燃えるように赤かった。
「…はぁ、まぁいい。どうせお前には話すつもりだったしな。あぁそれで、要件は?」
「別に大した用はないさ。今日がパーティー当日だから、顔でも見せに来ようかと思ってね。ミネビアの分も頑張ってくるよ、って言いにきたかっただけさ」
「そ、そうだったの…。ありがとう、わざわざ」
ドレスを元に戻したミネビアは、ファルターの後ろから気まずそうに顔を覗かせてくる。
「それじゃ、要件は済んだから、ボク達はもう行くとするよ。あぁでも、ファルターはライに用があるのか。困ったな、もう時間が無いと言うのに」
ヴィアの言葉に、ファルターの顔を見る。当てられたことに一瞬眉間に皺が寄ったのが見えたが、それもすぐに元にもどっていった。
「…いえ、どうせヴィア様ならば読み取っているでしょう?道すがら話してください」
「おや、いいのかい?こういう大事な話は、君自身から話した方がいいと思うけれど」
「また日を改めるとします」
「…ふーん、そうかい。分かった。それでは、君の案件はボクから伝えるとしよう。さ、行くよライ、時間だ」
彼女の言葉に返事をしてからヴィアに着いていき、そのまま書店を去っていった。
「それで?ファルくんが話したがっていたものって、何だったのですか?大事な話、と仰っていましたが」
「あぁ、あれね。ファルターがトレビアと能力を持っているって話だよ」
「はぁ?」
トレビアと能力は、本来女にしか贈られない。男は持てないはずだ。
「君も見ただろう?彼の左目。あれは、強制的に炎のトレビアを移植された時に出来た副産物さ。それが暴発を起こすから、それを防ぐ為に、定期的にトレビアの強さの源となる魔力を誰かに移さなきゃいけないらしいんだ。それが、ボク達が見ちゃったやつだと。因みに能力は拘束。相手の動きを封じることが出来る。応用すれば、刃みたいに相手のことを刺すことも出来るんだって。何で移植をすることになったかまでは、流石に教えてくれなかったけれど」
淡々とそう語っていき、最後は少し口を尖らせて言った。
あまりにも信じられない話だ。だけど、もしかしたら、他にもそういった男が居るのかもしれない。
「あぁそれと、あと1つ言うの忘れてたけど、ボクのFemalePalaceでのコードネームは真理。ライもちゃんと考えてきたかい?」
「あぁ、それならぴったりのを考えてきましたよ」
そう、前も今もずーっと変わらない、俺にぴったりで、微妙に外れた、そう生きれれば楽だろうという存在。
「コードネーム欺瞞。そう呼んでください」




