The truth of the eyes that see through the heart
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
これまでもこれからも、俺の人生は変わらない
目的の為なら、這ってでもしぶとく生きてやる
俺だって普通に生きられると、証明してやる
パーティ開催まで残り4日。俺はヴィアと一緒に、貴族通りを散策していた。これは俺から彼女に頼んだことだ。少しでも、貴族通りの空気に慣れておきたかった。しかし、貴族通りは何処も絢爛で眩い。偶に走る騎手のいない馬車でさえも施しがされている。本当に金持ちの街だ。床を歩くのにも躊躇ってしまう。
「どうだい?貴族通りは。面白いものばかりだろう」
「面白い、というより、目が潰れてしまいそうです。眩しすぎて」
「あはは!そっか!ま、そのうち慣れるよ。なんてったって、ライは貴族通りで暮らすんだから」
貴族通りで暮らす。目的の為とはいえ、あまり気は進まない行為だ。
「さて、そろそろランチといこうか。ボクのオススメに連れて行ってあげるよ」
「えぇ、ありがとうございます」
ヴィアに連れてこられたのは、客の少ない雰囲気のあるカフェだった。店に入ると、コーヒーが似合う年配の女性が、いらっしゃいませと声を掛けてくれる。
「へぇ…お洒落なところですね」
「ボクのお気に入りだからね。さ、座ろ座ろ」
ヴィアに誘導されるがまま、人の目の付かない奥の席へと進む。あぁ、そういうことか。なにか秘密裏な話があるのだろう。そうなると、このカフェもあまり信用出来ない。
「まぁ、そんな警戒しないで。座りなよ」
既に奥のソファへと腰掛けていたヴィアが正面の椅子を指差す。彼女のいうことに従い、大人しく椅子に身を預ける。
「…なにかお話したいことでも?」
「ま、そんなとこ。ここはボクのお母さんが買ったお店でね。でももう死んじゃったから、今はボクがオーナーなんだ」
母親。初めてここの住人から親の存在について聞いた気がする。そういえば、この世界で人間はどうやって出来ているのだろうか。俺とこの世界の認識がズレていなければ、行為に及べば子は出来る。だが、こんな女尊男卑の世界でそれが可能なのだろうか。男を受け入れる女なんてものが、この世界に何万人もいるとは考えられない。
「ヴィアがオーナーだったのですね。客があまり見られませんが、経営はされているのでしょうか」
「店に対しての嫌味かい?それより、君はボクに聞きたいことがあるんだろう?でもボクも話したいことがあるんだ。てなわけで、どっちから話す?」
ヴィアは怪しい笑みを浮かべる。首をこくんと横に傾ければ、彼女の右目に付いたモノクルの飾りが揺れる。
「…ではそちらからどうぞ。私のものは、少々グロテスクですので」
「いいよ」
ヴィアがそう言ったところで、カチャン、と小さな音を立てて、何かがテーブルに置かれた。
「…でもその前に、コーヒーはどうだい?ミルクと砂糖もあるけど」
「これはご丁寧にありがとうございます。けれど、私、コーヒーはブラックと決めておりますので」
「そっか。んじゃ、これはボクが全部貰うね」
角砂糖が入った瓶の蓋を開け、甘い立方体を9個入れていく。ミルクには手をつけなかった。
「…入れ過ぎでは?」
「このくらいの方がコーヒーは美味しいんだ。ボクの研究の末だよ」
なんてくだらない研究なんだ。
「それで?話したいこととは?」
本題を切り出せば、そうだったそうだった、と言って笑う。けれどその笑顔は、一瞬で崩れていき、立ち上がったかと思えば、テーブルに常備されていた箱からバターナイフを素早く取り出し、それを俺の眼前ミリ程までに突きつけてきた。
「…単刀直入に聞くよ、ライ・シークレティアス。君は何者だ?」
「何者とは?貴女が知っていることが、私の全てです」
「ボクが知っていることが?だったら薄っぺらい生涯なことだ」
もっと分かりやすく言ってあげる、そう言われた時、俺の心音は早く己を打ってくる。彼女は、そんな心臓を射止めるかのような言葉をかけてきた。
「君からは何も聞こえないんだよ、ライ」
「は?」
「何も聞こえない、何も感じない。無だ。こんなことは初めてだ。ボクのことを心底憎んでいても、憎んでいるという音は嫌でも聞こえてくる。ボクの頭が割れる程の周波数になって届く。でも、君はどうだ。心が無の人間なんて存在しない。君みたいな嘘つきならば尚更だ。君は一体何者なんだ、ライ」
バターナイフを持つ彼女の左手が震えている。恐怖か、痺れか。俺を見つめるその瞳は、微かに潤み始めていた。だが、その同情を買うわけにはいかない。俺は、誰にもこのことを知られてはいけない。
「ただの淑女です。貴女が知っている、ライ・シークレティアスです。それ以上でも以下でもありません。けれど、私も1点気になったことがあります。何故、貴女は私の心が聞こえているかのように振舞っていたのですか?そして、どうやって当てていたのですか?」
ディアは自身の肌を伝い初めていた雫を拭い、ソファにどかっと腰をかけ、バターナイフを元の場所へと戻す。
「簡単だよ。君みたいな嘘が当たり前の嘘つきは分かりやすい。だって、嘘って反対のことを言うから嘘だろう?そのからくりさえ分かってしまえば単純だ。その人間を見れば、喋る時の抑揚、間、表情、仕草、口癖、手の動き、落ち着き具合、目線、汗、全部を見れば、心を読まずとも考えてることなんて大体分かる。その全部を隠すほど、人間は優れていない。ライの性別を当てたことに関してはもっと簡単だ。君は、首飾りやフリルのついたドレス、ウィッグやメイク、そして声。それらで隠しきれているつもりかもしれないけれど、それは大間違いだ。骨格なんて、その人を見れば全部分かる。ボクは、男も女も色んな人を見てきたのだから、尚更だ。まぁ、ごく一般の貴族ならば、見抜けないだろうけれど」
とんでもないことを聞いた。彼女は、経験から俺を読み解いたということか。
「…ボクは君が怖いよ、ライ」
小さく吐かれたその言葉に、何も思えなかった。そんな身勝手な恐怖を向かれても、何を返せばいいのか分からない。俺が1番、俺自身が怖い。
「…それは、申し訳ないことを致しましたね。けれど、私にもその理由は分かりません。貴女が、私と関わりたくないというのであれば、私は貴女に関わることはありません」
といっても、FemalePalaceの会員である以上、顔を合わせることは避けられないだろう。俺が徹底するしかない。
「…いや、問題ない。交渉成立と言ったのはボクの方だ。それをボクが放り投げるわけにはいかないだろう」
目を擦りながらも、ヴィアは言葉を紡いでくれる。
「それに、君のような嘘が上手で頭がよく回る賢い人と居たら、発見も多そうだ。そんな協力者を無くすのは惜しいだろう」
「まぁ、随分と私のことを高く評価していられるのですね」
「客観的に見た結果さ。それに、君は色んなことを考えていそうだからね。それが聞こえないというのは、逆に好都合だろうね」
肩を竦めそう言われる。確かに、マルチタスクで物事を考えている癖が付いているから、全て聞こえるのならば相当煩いだろう。
「まぁ、それもそうかもしれませんわね」
「でしょ?それで、君の聞きたいことっていうのはなんだったんだい?」
「あ、それは」
いや、待て。両親について聞けば、俺がこの世界の住民では無いとバレるだろうか。他の者から親の話を聞いたことが無いから、この世界で親がどういう認識か分からない。それ以前に、言葉を止めてしまったことの方が問題だ。急いで軌道に乗せなくては。
「…その、大変失礼ですが、ヴィアのご両親について、お聞きしても宜しいでしょうか」
「…ボクの?別にいいけど」
若干の疑いと悲しさの念が込められていた声だ。仕方がない、これは俺が下手だった。
「ボクのママは小説家なんだ。猟奇的な恋愛小説さ。主人公は大抵男。そして、狂気的な愛を持って、男を殺すんだ」
とんでもないエログロアングラな匂いがする。それにしても、それは恐らくボーイズラブってやつだろう。そんなものが売れるのだろうか。
「へ、へぇ…。それはまぁ、凄い作家さんなことで…。ところで、お父上は?」
俺が聞けば、彼女はポカンとした顔をして首を傾げる。意味が分からないのだろうか。もしや、地雷を発掘してしまっただろうか。
「…いらっしゃらないのですか?」
「いや、居ないというより、そもそも、ライが何を言っているかが分からない。子供っていうのは、時期になって、トレディに選ばれた女が暫く身篭って授かるんだろう?皆はトレディ直々の祝福とは言っている。ボクはそうは思っていないけれど」
トレディ直々の祝福。その言葉に嫌な寒気が背中を伝っていく。俺の認識が間違っていなければ、恐らく、身篭っている時に行われている行為は…。考えたくもない。きっと、同意なんてものも用意されないだろう。
「なるほど。因みに、子供を授かった後はどうなるのですか?」
「え?普通に妊娠期間だろう?それで、子供が産まれるってなったら、病院で出産するんだ」
「そうですか。では、子供を授かった女性達は、喜んでいる方が多いですか?」
「そりゃ皆大喜びさ。中にはその祝福を羨ましがる者もいるくらい。ボクはそんなのゴメンだけど」
まさか、受け入れているとでもいうのだろうか。けれど、皆喜ぶとなると、愛した相手となのだろうか。いや、違う。予想でしかないが、記憶が消されている可能性の方が高いのではないだろうか。分からない。所詮、全部俺の妄想にしか過ぎないのだから。
「ありがとうございます。お陰で色んなことが聞けました。それと、貴女は私のことを疑わしく思っているのでしょうが、その詮索はお辞めください。私に出来ることならば、なんでも貴女に協力致します。ですからその代わり、私を探らないでください」
鋭く彼女を見つめれば、少し考え込み、承諾の念を込めて頷いてくれる。
「それならいいよ。君のことは追求しないであげる」
「助かります」
握手を交わし、口約束を結ぶ。彼女となら契約書など不要だろう。彼女には強い正義心があるのだから。
話を終えた俺たちは、カフェを出て貴族通りを抜ける。けれど、富裕層ということは変わらないため、貴族通りを抜けても尚、絢爛は褪せてはいなかった。だが、コンクリの建物や出店のような物もあり、貴族通りのような堅苦しさは感じられない。
「へぇ、私はこっちの方が好きかもしれません」
「意外だね。でも、ボクもこっちの方が好き。FemalePalaceに通う為に仕方なく貴族通りに住んでいるけど、本当はこっちに住みたいくらいさ」
そう言って楽しそうにヴィアはあちこちに目を向けている。そのせいで、前方への意識が薄れていたようだ。前方から馬車がやって来る。ヴィアは気付いていないようだ。向こうは気づいた様子だが、すぐには止まれない。ヴィアを自分の方へ引き寄せ、背後に気を配りながらも、急いで後ろに下がる。突然のことに驚いたようで、彼女が素っ頓狂な声を上げた。
馬車が俺達の前で勢いよく止まり、荷を引いていた賢い馬が怒声を響かせる。
「危ねぇじゃねーか!!ちゃんと前見て歩きやがれ!!」
それだけ言って、また行ってしまう。なんとか一時を凌げた俺は、ふぅ、と安堵の息を吐く。
「大丈夫ですか?」
ヴィアの顔が近いせいで、耳元で囁くような形になってしまう。
「あ、あぁ。ごめん、ライが引き寄せる寸前に気づいてたんだけど、反応が遅れた。た、助かった、よ。あ、ありがとう…」
随分と歯切れが悪い。不審に思い、彼女の顔を覗き込めば、その頬は赤く染まり、目線は泳ぎ続けている。
ははーん、と内心にやりと笑い、ヴィアの耳元に顔を近づける。
「もしかして、照れてるんすか?」
素の声でそう言えば、湯気が立ちそうな程に顔が真っ赤になっていく。
「ち、違う!照れてなんかない!ボクが照れるわけないだろう!」
そう言ってバックハグになってしまっているこの状態から必死に抜け出そうとするが、どう頑張っても抜け出せない。別に解放してもいいのだが、必死になる姿がなんとなく面白いから解放せずにいる。
「あれ?抜け出さないでいいんすか?周りに見られていやすよ」
ヴィアにだけ聞こえるようにそうやって耳元に囁く。そうすれば、また耳まで真っ赤になっていく。
「そ、その耳元で話すの辞めてくれないかい?擽ったいんだ…」
「駄目っすよ。男だってバレるじゃねぇですか」
「なら、さっきみたいに女の声で話せばいいじゃないか…!」
彼女の心音がバクバクと聞こえてくる。そろそろ破裂しそうだ。いい加減可哀想に思えてきてしまい、ヴィアを解放する。
「さて、私新しい髪飾りが見たいです。いい雑貨店をご存知ないですか?」
疲弊しきったヴィアにそう聞けば、仕方がないといった調子で、富裕層の店を紹介してくれた。
その後も、富裕層と貴族通りを一緒に歩き回り、色んなお店を覗いた。どれも品揃えがよく、1級品を扱っていた。ヴィアと共にウィンドウショッピングをしていれば、時間はあっという間に流れ、赤い空が広がり始めていた。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ帰るとしようか」
「えぇ、そうですね」
そう言って帰路へと足を進めた。
今日が終わればあと3日。それが終わればあと2日。更にそれが終わればあと1日。それが過ぎたらもう本番。眠る前に俺は、依頼内容について考えていた。FemalePalaceの破壊、それは、人間オークションの崩壊。被害者達の解放。そしてトレディの消滅。けれど、それは難しいだろう。最後のものは特に。トレディは、生を終えた後に、1ヶ月以内に新しいトレディが死んだ美しい姿のまま現れる。となれば、トレディに近しい人物を取り込むのが第1段階だろうか。自由に動かせる手駒が欲しいというのもある。確か、FemalePalaceにはTOP4と呼ばれる存在がいたはずだ。どれだけトレディに近い存在なのかは分からないが、普通の会員よりかは接する機会はあるだろう。生憎、女を手駒にするのには慣れている。なら、1人ずつ接触していく方が安牌だろうか。効率を求めて4人同時にやっても、結託されて返り討ちに遭ったら面倒臭い。だが、1人ずつ話していくのなら、2人目に接触し始めた時に悟られないよう、ケアも必要だろう。
「…なんか、浮気性酷い男みたいだな、俺」
ということは、これから四股をするということなのだろうか。気は引けるが、これも任務の為だ。きっと何かの役に立つ。
考えを整理し、ベッドに体を横にする。1番初めに話しにいく相手はもう決めた。
セランカ・ドゥビユエーラ、シスター様だ。




