微睡みの追憶
ターゲットに良さそうな少女を見つけた。ボスへの献上品に丁度いいだろうか
「どうしたのお嬢ちゃん、迷子かい?」
痛い、痛い、痛い?分からない。何をされた、腹を刺された。何で、俺が狙われていたから。俺が、油断したから。純情かと思っていた少女の手には、人の命を終わらせられる化け物がいたんだ。
血が出てる、何も見えない、何も感じない。苦しい、苦しい、苦しい。
最期まで俺は結局、ヤクザの下っ端イカサマ詐欺師でしかなかったのだ。
最期に見えたのは、血を流す俺を見て恐れる、少女の姿だった。
「…はっ!」
目を覚ます。目を覚ます?腹部に目を向ける。そこに穴なんて無かった。それどころか、腹に入れられていた刺青も消えている。
「これは一体…」
周りを見ても何も無い。ただ、真っ暗な空間があるだけだ。まさか、ここが地獄だとでもいうのだろうか。それにしては、随分と殺風景だ。
「あ、起きたかい?東偽東くん」
声のした方に振り向けば、そこには1人の女が立っていた。
「あ、あんたは、一体」
「ふむ…女神、とでも言っておこうか」
そんな凄い方が俺に何の御用だろうか。
「はっ、女神、ねぇ。無様に死んだ俺のことでも笑いに来たのか?」
「まぁ、そんな怒るんじゃない。ほら、椅子にでも座ってゆっくり話をしよう」
椅子だなんて、そんな物ここには無いだろう。そう思ったが、後ろを向けば座れ、と言わんばかりに4つの足を持った椅子が置かれていた。
「えぇ…」
なんだか気持ち悪かったが、彼女の言うことに従い、その椅子に座る。
「さて、と。まずは残念だったね、東くん。あれは、彼女に話しかけた君が悪い。というか、彼女をもっと観察していれば、刃物を持っていることくらい、すぐに分かっただろう」
何故か俺の死についての反省会が始まっていく。だが、それは彼女1人の演説にしか過ぎない。その演説は、俺の人生について次々と口出ししてくる。ずっとそんなもの、聞けるわけが無い。
「あ、あのさ!」
大声を上げれば、彼女の言葉が一時停止する。
「何で、死んだのに、そうやって言われなきゃいけないのさ」
「だって、君には異世界で第2の人生があるから」
「は!?」
顔をばっとあげ、彼女の顔を見る。その顔は相も変わらず無表情で、喜怒哀楽を描くことはない。
「東くん、君は、散々な人生を送ってきたね。幼い頃に姉が行方不明になり、両親は姉に夢中になり、君のことなんて眼中にも無かった。だから君は、自分のやり方で姉を取り戻すこととした。それがヤクザ、なんだろう?」
流石女神なのだろうか。全て知られてしまっている。
「最後のはただの偶然だ。カツアゲされてたところを、そこの若頭が助けてくれたんだ」
「へぇ、良い人じゃないか」
「とんでもない。あの人はただのクズだ」
そう、助けてくれたのも、俺を利用する為だったんだ。結局、そんな俺も使い物にはならなかったが。
「…そんな残念続きな東くんに知らせだ。もし、次の人生で君の姉を見つけられたら、2人一緒に後悔のある過去に戻してあげよう」
それは、本当なのだろうか。耳を疑う話だが、本当にそうであるならば、俺はもう二度と間違えない。何度も、何度も考えたんだ。俺が普通に生きられたはずの世界を。
「但し、彼女が拒めんだり、あちらの住民に転生者だとバレれば、君はもう元の世界には帰れない。そして、あちらの世界で大きな代償を払うことになるだろう」
いかにもそれらしいことを言ってくれるが、そんなの全てどうだっていい。姉さんは生きてる、取り戻せる、それだけで十分だ。
「…ははは、いいっすよ。絶対に取り返してやりやすから」
「うん、やっぱり君はそっちの方がよく似合ってるよ。まぁ、素のダークな君も素敵だけれど」
「えー?口説いてるんすか?」
冗談めかして言えば、そうだよ、と真顔で返ってくる。いや、マジだとは思わなかった。この女神の考えてることはよく分からない。それに、取り繕ってるこちらの方が素敵だなんて言われるのも心外だ。けれど、素を褒められたいかと言われればそうでもない。
「さて、そうと決まれば、向こうでの名前を考えよう。流石に本名で行かれるわけにはいかないから」
とは言われても、偽名だなんて簡単に思いつかない。普段は適当に、よくある名前を付けているが、異世界で日本人の名前を使うのはまずいだろうか。
「…よし、ライ・シークレティアス。向こうではそう名乗ってくれ」
「ライ・シークレティアス、ねぇ。随分小洒落た名前じゃねぇですか。なんか意味でもあるんすか?」
「ライが嘘、シークレティアスが、秘密のシークレットを文字ったものだ」
「うっわぁ。すっごい俺って感じっすね〜」
口角がひきつりつつも、そう返す。嘘と秘密、嘘で欺き、秘密を隠し通す。俺が今までやってきたことだ。
「向こうでも同じことして生き残れってことですかい?」
「あぁ、そうだ。けれど、東偽東という自分自身は決して忘れるな。こちらに帰ってこれなくなる」
「はーい。了解しやした」
「あぁ、それと最後に、君は5歳の姿にしてあちらの世界に飛ばす」
何故そんな幼くするのだ。その疑問が顔に出ていたのだろう。女神が説明してくれる。
「…何事も、子供だから優遇されることがある。お前みたいな成熟しきった男は誰も拾わない。路頭に彷徨っている子供なら、何とかしようと思うだろう?世の中とは子供に甘ちゃんなんだ。それはどこも変わらない」
「まぁ、一理あるっすね。それじゃ女神さん、さっさと俺のことを飛ばしてくだしゃんせ」
そう急かすが、女神は一向に動く気配が無い。
「…その、なんか、特別な力が欲しいとか無いのか?」
「は?」
「ここに来るものは、大体そういった願い事をする。東くんが望むなら、1つだけなんでも叶えよう」
なんでも、魅力的な言葉だ。けれど、そんなものは俺には不要だ。
「魅力的なお誘いっすけど、お断りっす。そんな生温い力で終わらせても、つまんないじゃねぇですか。俺は俺の力だけで十分っす。自分のことは、自分が1番信じてるんで」
清々しく言いきれた、と思う。俺はすっきりした。女神はポカンと呆けていた。
「…全く、よく死んだ後でそんなことが言えるな。はぁ、後悔しても遅いからな」
「大丈夫っす。自業自得は自分で処理する主義なんで」
「本当、変わってるよ」
地面が光り出す。真っ白な光は眩しくて、目を開けていられなくなる。両腕で必死に目の前をみえなくなるようにして、ダメージを減らす。そのまま光に包まれ、俺の意識は遠く、遠くに流れていった。




