the beginning of work
嘘で全てを欺き、秘密を隠し通す
それが俺のこれまでもこれからもかわることのない不変の生き様だ
目的の為なら、俺はなんだって手に入れ、なんだって切り捨ててやる
刺されても毒を盛られても死んでも死んでやらないからな
アイツを取り戻すまでは
螺が緩く、外れかかった入口の看板、たったの3階しかない、ビルとビルに囲まれた小さな廃ビル寸前の建物。これは貧民街にある、探偵もどきの依頼解決事務所だ。といっても、ちゃんとした依頼人なんて1ヶ月に1人でも来ればいいものだ。そんな事務所の責任者執務室、そこに俺は呼び出しを食らった。
目の前には、皆からボスと呼ばれているふとっちょな中年オーナーが悠々と構えるように座っている。
「それで?話ってなんです?」
「…ライ、単刀直入に聞こう」
重々しい空気が流れる。これから何を聞かれるのだろうかとつい身構えてしまう。唾を1つゴクリと飲み干せば喉が渇いてくる。緊張状態の俺を前に、ボスはわざとらしく大きな咳払いをしてみせた。
「お前、女は好きか?」
「…ほーん?」
質問の意図が分からず、そんな素っ頓狂とも言えぬ声を咄嗟に上げてしまう。頭を活用させ、質問の意図を探り出そうとした。けれど、最初から質問に意味など無いと、この男の顔を見たら誰だって分かる。簡単に諦める。だから、こういったものは、素直に答えておくに限る。
「だーいすきです」
「へー。それじゃ胸は?」
「好きです。デカければデカいほど」
「んじゃ尻」
「うーん。俺胸尻論争は胸派なもんなんでねぇ…。あぁでも、形が綺麗だったら、目行きますよねぇ。やっぱ」
そこまで話すと、急にボスが黙り込み、照明という照明がない執務室は、沈黙が広まりかえる。この暗さと狭さの密室で野郎2人の沈黙は物凄く気まづいから何か喋って欲しい。そう思ってたからか、何がおかしかったのか、急にボスが声を開け、口を大きく開き笑い始めた。その様子に、呆けてしまいそうになるが、なんとなくでつられて笑ってみる。そしたら、逆にボスの顔が呆けてしまった。
「え?なんで笑ったの?」
「ボスが随分とまぁ楽しそうなもんでしたので。釣られてしまって」
俺の言葉に、ボスは信じた様子もなく嘘だぁと言ってくる。俺が幾ら笑おうとも、悲しもうとも、ボスは信じてくれない。いつも俺の表情を嘘と決め込んでくる。全くひどいものだ。こんな分かりやすい顔をしているというのに、その裏を疑うとは。
「それじゃ、そんな面白い変わり者のライくんには依頼を渡そうかな」
「へぇ。内容は?」
俺が笑いながらそう問えば、ボスは少し困惑してるかのような表情を見せてきた。
「ライくんは、貴族通りのストーンエブリシェを知ってるかい?」
「勿論。確か、有名な宝石鑑定所でしたっけ?」
貴族通りとは、俺達が住む国、ピアエムの富裕層にある特に栄えてる通りだ。しかし、そこは名の通り、貴族しか入れない。貴族以上や以下の人間は入れない。貴族でないとダメなのだ。しかし、門に立っている見張りの目はずっと瞑ってばかりだ。本当に目が閉じてるわけではない。眠っているのは頭だ。だって、俺のような人間でも簡単に入れてしまうのだから。偽装だの工作だの見抜いてこようする輩は存在しない。お陰で仕事がやりやすくて願ったり叶ったり商売繁盛ものなのだが。まぁ、そんな場所にある宝石鑑定所の名前が出てきた。そしてそれが依頼内容に関係あるとなると、その宝石鑑定所の名前が出てきた理由は大抵決まってる。わるいことだ。
ボスは俺の知識に関心の意を示し、話を続けた。
「それじゃ、そこで人間オークションが開催されていることは知っている?」
「人間オークション…。そんなもんあったんすね」
随分ときな臭い話に舵を切ったようだ。重く張り詰めた空気が頬を伝って、細い糸になる。まるで、1歩でも動けば肌が切れそうなほどの。
「そうなんだよ。今回依頼してきたのは、その人間オークションに弟が売られたって言っているんだ」
「弟が?それはまた可哀想な。ということは、依頼内容はその弟を連れ戻してくることですかい?」
俺が聞けば、ちっちっちと首を横にして否定してくる。その中年らしい動きは実に腹立つから辞めて欲しい。
「残念違う。正解は、そのオークションを破壊してほしい、だ」
「へぇ。随分とまぁ私怨やばやばな方なようで」
ボスの言葉に対してそう返せば、ボスは俺を伺うような顔で見てくる。いつもの事だ。ボスは俺を信用してるが信用してない。だから依頼を伝える度にそういった顔をする。信頼が少しでも無いのなら、依頼なぞ振らなければいいものを。なのにも関わらず、ボスは俺に仕事を与えてくれる。それは俺が優秀で、ボスが俺に甘すぎるからだ。面では警戒しておきながら、知らない自分が俺の懐を求めてるのだ。ボスはそれを分かってるのに、分かってない振りをする。何も面白くない。評価にすれば平々凡々というところだ。
そんな彼が俺の言葉に示した反応はまた否定だ。だが、その否定は首を軽く振り、まるで同情の意思でもあるかのような哀れみの表情を浮かべていた。
「私怨ではないさ。彼は、他のオークションに売られた人たちのことも気にかけていた。弟だけではないんだ。オークションに…女共に囚われてる人達を全員を解放してほしいと言ってきたのだ」
「全員とは、これまた大層な依頼なこって。全く、なんで受けちゃったんですー?うちみたいな小心者の集まりは、そういうの引き受けないんじゃないんしたっけ?」
笑顔を崩すことなくそう問えば、ボスはカカオ100%のブラックコーヒーでも飲まされたかのような、苦虫を噛まされたようかのような顔を見せた。さっきからこの人は苦しんでばかりだなと思うが、その原因の9割9分が自分にあるというのは気分がいい。そんな苦渋の表情でスゥーと口から息を漏らし、言いづらそうに口を開く。
「いや、ちょっと、可哀想だな〜って…」
それはつまり
「同情とは情けないっすよ、ボース」
そう言えば、グサリと矢が刺さりでもしたかのように後ろにノックバックしていった。それはもう綺麗に。
「しょうがないじゃん!俺もなんとかしてあげたいって思ったし!」
ボスは年甲斐もなく散々叫び回った後に、俺の方をじっと見てくる。そんな顔で見るな。中年がみっともない。殴りたくなる。そんな顔してキラキラなんていう有料エフェクトのアンマッチといったら。ボスには悪いがゲロりそうになる。
だが、そんな顔で見つめる理由はここまで話されれば分かる。依頼を受けるかどうかだ。俺がそう察しているのをボスも見抜いているらしく、まだ俺の顔を必死に見つめてくる。その状態で見られると、口角もゼロどころかマイナスにまで落ちていく。俺に残された答えは1つしかない。
「……分かりやした。行きゃいいんでしょ。行きますよ」
俺の言葉を聞けば、ボスは嬉しそうに飛び跳ね、狭い執務室中をぐるぐるとスキップして回っている。家具に足をぶつけてしまえばいいのに。そう思っても器用にスキップし続けている。
「ボス、ご機嫌なとこ申し訳ありゃせんけど、その依頼の詳細くれません?あと他に伝えとくことあるなら今聞きやすよ」
ピタリと動きを止め、そうだったそうだったと言って自分のデスクに置かれている封筒を手に持ち、俺に差し出してくる。
「依頼の詳細はこれだよ。依頼者の弟の情報も、ストーンエブリシェの情報も、オークションの情報もある」
「ストーンエブリシェとオークションも?」
「そう。なんでも、依頼者本人が大分頑張ったみたいだよ」
頑張る程度で、この貧民街の住民で富裕層の情報を手に入れられるとは思えない。俺の経験値が、この依頼者からもきな臭い匂いがすると言っている。だがそんなものは後回しだ。今は依頼に集中するのが最優先だ。
「あぁ、あとそれから、今回の任務はミナヒも向かわせとくから」
「ミナヒもですかい。そりゃ心強い限りで」
ミナヒとは、女でありながら男性側に手を貸してくれてる異端児であり、この事務所のエースだ。
何故女が男に手を貸すだけで異端児になるか。それは単純、この世界が大袈裟なほどの女尊男卑が当たり前となっている世界だからだ。よって、富裕層には女しかいないし、お偉いさんも全員女だ。男はすぐつまみだされるか、とんでもないだのあられもないだの姿にされてしまう。
それじゃ男はどこに行くのか。それがこの貧民街だ。外を歩けば、明日の命を求めて懇願する人間もいれば、殴って奪う者もいる。だから女を好きと言えば変わり者と言われ、男と駆け落ちした女は異端児と呼ばれ、幽閉されるとの噂だ。そんな世界で他の女に黙って貧民街に住むミナヒの気は知れないが、彼女が優秀である限り、捨てられることはないだろう。
「あ!それとあともう1つ伝え忘れてた!」
ボスが何かを思い出したかのようにそう声を上げた。何事かと顔を向ければ、次にとんでもないことを言ってきた。
「今回のこの依頼、ライには女装して行ってもらうから」
「うん、ん?」
え?なんて言った?
「女装って…マジですかい…?」