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信太の森〜高山市の民話をベースにした創作ストーリー

作者: KEY

前作「送り狼」に続き、岐阜県高山市に伝わる民話を題材にした物語です。

ボイスドラマの形式をとっていますので、効果音・環境音などの設定も台本のト書きのように入れました。合わせてご覧ください。

前作とこちらの声優による音声は以下URLより聴くことができます。合わせて感想をいただけると嬉しいです。

【信太の森】

https://emiri.jp/wp-content/uploads/2023/12/fox.mp3

【送り狼】

https://emiri.jp/wp-content/uploads/2023/12/tears_of_wolf.mp3

<シーン1/信太寺の本堂にて住職と向き合う女性民俗学者>

■SE〜鐘の音「ゴーン」


本山(ほんざん)へようこそ。ようきんさったの」


温和な表情の住職が、私にお茶をすすめる。

ここは、飛騨高山と木曽福島のちょうど真ん中あたり、

野麦峠の高山側にある苔むした古寺。その名を信太寺しのだじという。


「説話を集めてらっしゃるとか」


「はい、このあたりに伝わる民話を採訪しています」


「まあ、お茶でも飲みながら、くつろいでいきんさい」


私は民俗学者。

晩夏の帰省休暇を利用して長野の善光寺から松本、塩尻と木曽路をくだり、

レンタカーで峠道を抜けてふるさと高山へ向かっている。

ゆうべ木曽福島で一泊し、野麦峠に入ったのはお昼近かった。


せんの住職から伝え聞いておる話でもええかな」


「はい、お願いします」


「むかぁし、むかし。本山ほんざんができる前の話だそうな」


住職がゆっくり、訥々と語り始める。


<シーン2/住職が語る民話「信太寺の狐小僧」>


飛騨に広瀬ひろせと呼ばれた地域があってな。

緑に囲まれた自然豊かな場所やったから、いろんな生き物たちが暮らしておった。

キツネもタヌキも、クマもリスも・・・

ほんで、村を一望する山の中腹には、村人たちの信仰を集めるお寺があったんやさ。


ある日のこと、寺の住職が小僧さんたちとともに裏手の山へ山菜とりに出かけると

子狐が罠にかかって苦しんどったんやと。


住職は、寺を擁する山で殺生をたくらむとはなにごと!

と怒り、子狐を罠から助けて手当をしてやったんだそうな。

小僧さんたちも、住職の命で傷が癒えるまで子狐を手厚く介抱した。

子狐は小僧さんたちになつき、小僧さんたちも子狐を大層かわいがり、

元気になるのを見届けて山へ返してやった。


同じ年の冬、住職は山道で落石に会い、足に大怪我を負ってもうた。

その話をどこで聞きつけたか、太夫たゆうと名乗る少年が現れ、

住職を手厚く看護した。

太夫がどこからかとってくる薬草は、傷によく効き、

住職は春を待たずに歩けるようになったんやと。

山につもった雪が溶け始めると、少年は、

下働きでもなんでもするので、寺に置いてほしいと懇願した。

住職はこころよく受け入れ、

太夫は小僧さんたちと寝食をともにするようになった。


実は小僧さんたちには、太夫があのときの子狐だとわかっていた。

布団を並べて寝ているときに、ふかふかの尻尾が布団からはみだしていたんやと。

太夫は、小僧さんたちといっしょにお経を読んだり、座禅をした。

坐禅を組むときは尻尾を出さんように、と住職に言われて太夫は驚いた。

住職も最初から太夫が小狐だと気づいていたんやさ。

それでも太夫はとっても行儀がええので、みんなにかわいがられたそうな。

太夫は、一生懸命修行に励んだ。

毎朝誰より早く起きて本堂を掃除し、夜遅くまでお経を読んで御勤めをした。

しまいにはお経を覚えるのも、坐禅を組むのも、小僧さんの中で一番上手になったんやさ。


やがて、住職は木曽福島のお寺へ新しい住職として呼ばれて行かっしゃった。

お供の小僧さんに指名されたのは太夫。

太夫は大層喜んだが、反面、ほかの小僧さんたちと離れるのは寂しくてたまらず

出発の日まで毎晩みんなで別れを惜しんだんやと。


太夫は木曽福島のお寺で暮らすようになると、一度も狐の姿に戻ることはなかった。

檀家だんかのものも誰も太夫の正体を知らなかったんやさ。


一年ほど経ったとき、広瀬のお寺まで手紙を届ける用事ができ、、

その役を太夫がつとめることになった。

太夫はなつかしい広瀬のお寺で大好きな小僧さんたちに会えると、

嬉しゅうて嬉しゅうてどもならなんだんやと。

とはいえ福島から高山の広瀬までは25以上、

つまり100キロ以上あったからな。お届けものをするというだけでおおごとやさ。


住職は出かける前の太夫に、

「太夫や、お前がどんなに急いでも、ここから広瀬までだと途中一泊せずばなるまいのう。

だが、たとえ一夜の宿でも、決して猟師の家に泊まるではないぞ」

と、きびしい顔をして申しつけた。


太夫は、さっそく身支度を済ませて飛び出していく。

夢中で地蔵峠じぞうとうげを越え、広瀬へいける嬉しさで、

汗をふくのも忘れて走り続ける。

ところが長峰峠ながみねとうげまで来ると、日もとっぷり暮れて

お腹もペコペコになって動けなくなってしまった。


そこへ通りかかったのが、やさしそうなおばあさん。

おばあさんは「あれ、かわいい小僧さん。どうしんしゃった?」とたずねた。

太夫は「実は、広瀬へ行く旅の者ですが、動けなくなってしまって」と答える。

おばあさんは、

「それは気の毒に。うちは日和田村ひわだむら百姓家ひゃくしょうやだから、

一晩泊まんなさい。こんねおそうまでご苦労様や、うちでまんまもくわっしゃい」

と、親切に家にまで泊めてくれた。

太夫はお腹がふくれると、旅の疲れで、うとうと眠りはじめたんやと。

ところがな、その家の息子は運悪う猟師やったんやさ。


帰ってきた息子は、あしたの猟のために鉄砲の手入れを始める。

筒穴つつあなからふと太夫をのぞくと、

「おりょりょ、こりゃいったいどういうこっちゃ。狐が寝とるやないか・・・」

びっくりして、あわてて鉄砲から目を離す。すると、

「ありゃ、やっぱし小僧さんじゃ」何べん繰り返して見てもおんなじやった。

「おりゃ、どうかしとるんやろか」そう言って寝てしまった。


日和田の朝は早い。ていねいにお礼をのべた太夫は、百姓家をあとにした。

猟師はもう一度鉄砲の筒穴を通いて太夫をのぞいてみる。

「あっ、やっぱし狐じゃ、この狐め、よくも人をだまいたな」

鉄砲に弾をこめると、ねらいを定めズドーン。

太夫は弾き飛ばされ、からだをぴくぴくさせていたが

とうとう動かんようになってしまった。


「この化け狐め、仕留めたぞ」

得意顔で近づいた猟師はまたびっくりした。

たしか狐を撃ったはずなのに、そこには小僧さんの太夫が血だらけになって倒れておった。

「こりゃとんでもないことをしたぞ」

驚いた猟師は、倒れとる太夫を抱き起こそうとしたら、

ふところから手紙が出てきたんやと。

猟師は手紙に書かれた差出人の住所を見て福島へ走った。

住職は驚いて飛び出し、猟師といっしょに日和田へござった。

血だらけで倒れている太夫を見た住職は、嘆き悲しむ。

「おお太夫よ、そちは死んでも正体を現さなんだのか。ああ、苦しかっただろうに。

ほんとうに可哀想なことをした・・・」

住職は涙を流しながら手を合わせ、般若心経はんにゃしんぎょう

三回くり返し唱えらさった。

すると不思議なことに太夫のからだは、だんだんと狐の姿になっていったんやと。

その後、福島のお寺には太夫の稲荷がまつられ、民を守ってくれたという話じゃ。


<シーン3/再び信太寺の本堂にて住職と向き合う女性民俗学者>


「むごい話ですね」


「ああ、ほんとうに悲しい話じゃ」


説話を収集しているときは、つとめて客観的に聞くようにするのだが、

今回はなぜか聞いているうちに感情移入して、涙がとまらなくなった。


「もうひとつ話しとかないかんことがあるんやが」


目の前の住職が、再び口を開いた。

柔和な表情は消え、私の瞳を厳しい表情で見つめる。


「小狐を撃ってしまった猟師は出家して悔いあらため、山深いここに寺を開いたんやさ」


え?

じゃあ、ここが・・・


「裏にお稲荷さんがあるじゃろう。よければお参りしていきんさい」


実は、私の家にも狐にまつわる説話が伝わっている。

母は祖母に、祖母はまたその母から聞いたという昔話。

山の中で暮らしていた男が、狐狩りに追われていた狐を助ける。

しかしそのせいで、狐狩りの連中から制裁を受け大怪我を負ってしまう。

瀕死の男の元に、助けられた狐が女の姿で現れ手厚く看病をする。

やがて、二人の間に愛情が芽生え、夫婦めおとになる、という話。

その二人の子どもが、わが祖先ということになっている。


どこかで聞いたような話だが、説話にまつわる和歌も代々伝わっていた。

その和歌は、なんとこの寺にもある。

本堂へはいったところにかけられた額に書かれたこの和歌だ。


「恋しくばたずね来てみよ 和泉いずみなる信太の森のうらみ葛のくずのは


まさか・・・

いや、こんな寓話的な符牒というのも、悪くない。うん。

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