何かの終わり
まるで太陽の光と吹きゆく風を浴びてきらきらと光る花畑のように、色とりどりの破片が煌めきながら教室の床に散った。
突然の衝撃音が教室に沈黙をもたらす。
「あ。」
唯一の言葉を漏らしたのはカエデだった。
木っ端微塵になった、さっきまで美しかったものが、まだそのままの形を保ってでもいるかのように、きらめきの中心を凝視しながら、カエデは言葉を彷徨った。
「…違うの。」
言葉が向けられた先は、振り払われた手の中にまだ美しいものが残っているかの様に、空虚を見つめるナギサだった。
カエデは、ナギサが誕生日のプレゼントをくれると期待していたわけではなかった。
ナギサがカエデに好意を向けていた事は知っていたが、それは、友だちとしてのものであると思っていたし、カエデの興味はナギサではなく、クラスで人気者の男子に向いていた。
カエデにとってナギサは、小学校で4年間同じクラスだった子、中学に入っても同じクラスになってしまった子。
それだけだった。
あえてそれに何かを付け足すとしたら、カエデを少し元気にしてくれる笑顔を向けてくれる子、だった。
だから、カエデがナギサから誕生日のプレゼントをもらうとしたら何がいいかと聞かれたとき、プレゼントをくれる人として思い浮かべたのはナギサではなかった。
だから、友達からもらうものとしてはとても高価なクリスタルの猫がいいと気軽に答えた。
それは、以前、家族とデパートに行ったとき、高級なクリスタル製品を扱うお店で見かけて、見とれてしまったものだった。
もしこれを、好きな人からプレゼントされたらどんなに嬉しいだろう。
カエデはその時そう想像したのだった。
ナギサからプレゼントのことを尋ねられたとき、カエデは、そのことを思い出して、答えたのだった。
あくまでも、好きな人から、プレゼントされたいものとして。
そして今日がカエデの誕生日だった。
カエデは、朝起きたときから、いやその前の、さらに前の、正直に言えば一週間くらいは前から、思いを寄せる男子がプレゼントをくれるといいなと思っていた。
もしかすると、ナギサが、その子にそれとなくカエデからプレゼントしてほしいものを聞き出してほしいとか頼まれて聞いたのかもしれない、なんていう妄想も、妄想だと承知した上で抱いたこともあった。
それでも、その男子があのクリスタルの猫をプレゼントしてくれる光景を想像しては、幸せな気分になった。
しかし。
カエデは、登校中に見てしまった。
好きだった男子が、隣のクラスでかわいいと噂の女子と手をつないで校門の近くまで歩いて行くのを。
そして、二人が恥ずかしそうに、名残惜しそうにつないでいた手を離して、わざと少し距離をとって歩き出したのを。
最悪の誕生日だった。
その光景を見てしまったことで、そして、その光景に受けた衝撃で、カエデがその男子に抱いていた感情が、単なる憧れではなかったことに気づいた。
カエデは、そのまま家に帰ってしまいたかった。
実際に、カエデの歩みは止まってしまった。
呆然として、立ち尽くしていたカエデを教室に連れてきたのは、校門を出てわざわざ探しに来たらしいナギサだった。
カエデには、そのことでナギサが何もかも知っているかのように感じられた。
だが、抵抗するだけの気力がカエデには残されていなかった。
ナギサに手を引かれて教室に入り。
何でもないような顔をしていつものように友達たちと話し込んでいるあの男子を見て、カエデは再び自分の喪失感の大きさを感じ取った。
何も考えられないまま、ただ自分の席に座ることしかカエデにはできなかった。
丁度そのときだった。ナギサが、クリスタルの猫を差し出したのは。
ちょっとはにかんだような表情をナギサは浮かべていたのだが、それはカエデの視界に入っていなかった。
ただ、窓から差し込む朝の太陽に照らされてきらきらと輝くクリスタルの猫だけがカエデの視界の全てであった。
突如としてカエデは、爆発する怒りを感じた。
ナギサは私がこうなることを知っていたのか。
同情か、哀れみか、もしかして蔑み?
いや、たぶんナギサはそんな子じゃない。
だが、吹き上がった感情は出口を探し求め、目の前にそれはあった。
次の瞬間、カエデの手は、理性の掣肘を振り払い、美しいものを粉々にするために動いた。
そう。
カエデの美しいものが粉々にされてしまったように、美しいものは粉々にしなければならなかった。
美しいものが、きらきらと輝く破片となって、空虚だけが残り、終わりが来た。