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いつかまたここで  作者: 徳永夏樹
6/6

最後の日

「やっぱりたいちゃんもう来てた」

 願い通りのどしゃ降りの雨を見ながら彩月を待っていると約束した時間よりも一時間早く彩月は公園に来た。

「彩月ちゃん早いね」

「何となくたいちゃん早く来るだろうなって思って。にしても雨すごいね。傘差しててもビショビショになった」

「神様やり過ぎだよね」

 太楽が笑ってそう言うと彩月も笑って

「これが神様の本気なんだよ。何がなんでも私達以外をこの公園に来させないっていう」

と言い、太楽を笑わせた。ずっとこんな時間が続いて欲しい。そう思いながらも一番大事な話しは先にしなければいけない。どうやって切り出そうかと考えていると

「あれ?たいちゃん、傘は?」

と彩月が聞き、ここしかないと太楽は覚悟を決めた。

「持って来てない」

「こんな雨なのに?」

「俺、幽霊だから雨に濡れないんだ」

 そう言って太楽は雨の下に立った。雨は太楽の存在に気付いていない様に太楽の体をすり抜けた。その様子を彩月は驚きではなく、悲しみの表情で見ていた。それを見た太楽は彩月は何か知ってるんじゃないかと話しを聞く事にした。

「驚かないんだね」

「本当にそうだったんだって思って」

「分かってたの?」

 その言葉に太楽の方が驚いた。彩月はいつから気付いていたのだろう。色々と聞きたい事はあったが、一つずつ聞いていく事にした。

「どこで気付いたの?」

「気付いたって言うかもしかしてって思うぐらいだったんだけど。たいちゃんに嘘つく時の癖話したでしょ?」

「耳触るってやつね」

「そう。最初はさ、私が幽霊だって言ったから合わせて来たんだと思ってた。でもその後に癖変わってないなって思って、たいちゃんは何から逃げてるの?って聞いた時に幽霊だからいいって言った時、耳触らなかったなって」

「でも、偶然触らなかっただけって事もあるよ」

「私もそれを考えた。私はたいちゃんに生きていて欲しいから幽霊が嘘であって欲しいって。でもその後、写真の話しをした時にお母さんに頼むって言った時に耳を触ったの」

 彩月は涙を湛えた目で太楽を見た。

「それもお母さんに頼むって言った事が嘘だと思ったけど、頼まないんじゃなくて頼めないんじゃないかって。そう考えたら幽霊だって言った事も合わせて納得出来るなって。それならこの公園で再会出来たのも分かるなって。でも」

 そこで彩月の目から大粒の涙がこぼれた。その涙を太楽は見ている事しか出来ない。袖で拭いてあげる事もハンカチを貸す事も出来ないもどかしさを感じていた。

「でもそうやって考えてても実際にそうだって知らされるのはやっぱり辛い」

 彩月の目からは止めどなく涙が流れ続けた。その涙が止まるのを待つ時間はないと太楽は口を開く。

「話してもいい?」

 そう聞くと彩月は頷いて答えた。

「神様に最後に会いたい人はいないかって聞かれたんだ。一人だけなら会わせられるって。最初はもう誰とも会いたくないって思ってた。でも、ふと彩月ちゃんの事を思い出した。思い出したら彩月ちゃんに会いたいって思った」

 彩月はカバンからハンカチを取り出して目を押さえている。声はちゃんと届いていると信じて太楽は話しを続ける。

「でも再会には条件があった。会いたい人との一番の思い出の場所でしか会えない。俺と彩月ちゃんの場合は間違いなくこの公園。引っ越して行った上にもう十年以上も会っていない彩月ちゃんとここで再会なんて不可能に近いって思ったけど、それでも俺は待とうって決めた。期限は会えても会えなくても一週間。だから俺は今日の十七時に消える。彩月ちゃんが早く来てくれなかったらいつも通り一時間だった。もしも彩月ちゃんとの再会が昨日だったら二日間しか時間がなかった。それなのに俺がここで待ち始めて直ぐに彩月ちゃんが現れた。本当にビックリした」

「私は神様に呼ばれてここに来たの?」

「違うよ。その人との思い出と会いたいって気持ちを持っている人にしか会えない。どんなに俺が彩月ちゃんに会いたいって思っても彩月ちゃんがそうじゃなかったら会えないんだ。神様がしてくれるのは死んだ人間に猶予を与える事だけ。会えるか会えないかはその人次第」

「私、あの日」

 彩月はハンカチで目を押さえたまま話し始めた。最後はちゃんと笑顔で別れたいと太楽は思っていた。最後に見る顔は一番の笑顔であって欲しいと太楽は彩月の笑顔を思い出していた。

「もう学校に行きたくないって思った。でも行かないとイジメられてる事がお母さん達にバレるし、誰かが私の代わりにイジメられるかもしれない。それでも行きたくない。そんな事を考えてたら子供の頃は良かったなって思い始めた」

 そこでようやく彩月は顔を上げた。真っ赤になった目は子供の頃に彩月が大事にしていたウサギの人形と同じだった。

「もしもたいちゃんが引っ越してなかったら会いに行こうかななんて考えて、ダメだって思った。私達はこの公園で再会の約束したんだからって。最後の望みみたいな気持ちだった。色んな事が辛くて自分の足じゃないみたいに重くて歩くのも大変だった。でもたいちゃんの姿が見えた時、本当に全て飛んでいった。その時は幽霊だなんて思いもしなかった。私、最低な嘘ついちゃったね」

 少し、止まりかけていた彩月の涙は思い出した様にまた何粒も彩月の頬を伝った。

「最初はさ、彩月ちゃんも俺と話したいと思ってくれてるんだって嬉しかったけど、俺には一週間しかない。それをどうやって言おうか考えてた。本当は彩月ちゃんに会えて嬉しかったのに素っ気ない感じになったのもそのせい。だから彩月ちゃんが幽霊だって言ってくれて本当に良かった。その上ピンポイントで一週間って言ってくれて本当に助かった」

「でも絶対についちゃいけない嘘だった」

「その嘘で俺は救われた。だからいいんだよ」

「ゴメンね」

「いいよ。謝ってくれたからその話しは終わり」

「たいちゃんはなんで死んじゃったの?」

「彩月ちゃんスマホ持ってるよね?」

「うん」

「俺の名前調べなかった?俺の記憶では結構大きな事故だったから名前で検索したら事故の記事出て来るかも」

「それが怖くて調べられなかった」

「どういう事?」

「私はたいちゃんが生きているって希望を持ちたかった」

「ゴメンね」

「ゴメン、たいちゃん。今はいいよって言えない」

「いいよ」

 太楽がそう言うと彩月は泣きながらも笑った。彩月が笑った事に太楽も笑顔になった。

「たいちゃんが言うんだね」

「ゴメンって言われたからね」

「これ見て」

 彩月はスマホの画面を太楽に向けた。それを見て太楽は笑った。そこに表示されていたのはネットの検索履歴で『幽霊を成仏させない方法』『幽霊との再会』等、幽霊に関する検索ワードが並んでいた。

「成果はあった?」

 その問いかけに彩月は力なく首を横に振った。

「そもそも幽霊って言い方嫌だなって思った」

「でも幽霊は幽霊だよ」

「だけど、たいちゃんはたいちゃんだよ」

 ずっと自分を見失っていた。その自分を彩月が見つけてくれた。彩月の言葉に太楽は泣きそうになっていた。


「彩月ちゃん、俺が事故に遭った日の話ししていい?」

 彩月の涙は止まっていたが、また泣かせるかもしれない。そう思ったが、彩月には全て話したいと太楽は思った。

「うん。ネットで調べるんじゃなくてたいちゃんの口から話して欲しい」

「前に話した友達が学校に来なくなってから俺は学校に行く度に罪悪感を抱いた。俺に学校に行く資格はない。そう思って俺は学校をサボった。サボろうと思ってと言うより自然といつもと反対方向の電車に乗ってた。なんとなくここでいいかって電車を降りて適当に歩いていたら遠くですごい音がして、振り向いたら暴走した車が人も物も轢いてた。逃げる人の姿も見えた。それぐらいの余裕があった」

「私その事故、ニュースで見たと思う」

「ニュースで俺の名前見てなくて良かった。その時そこでは逃げろって声も聞こえた」

 太楽は深呼吸して真っ直ぐ彩月の目を見た。

「もういいやって思った。俺に生きてる資格なんてないって。死んだって分かった時、ちゃんと死ねて良かったって思った。そうして俺は今幽霊となって彩月ちゃんの前にいる」

 太楽が言い終わらない内から彩月の目からは涙がこぼれ始めていた。言わなくても良かった。言わない方が良かった。そう後悔したとしても彩月には真実を知って欲しいと思った太楽は正直に話した。

「たいちゃんのバカっ」

「そうだね。本当にバカだね。だからさ、俺は彩月ちゃんには生きていて欲しい。彩月ちゃんがもう幽霊だからって言う度に生きる事から逃げたいんじゃないかって心配になった。だから彩月ちゃんがちゃんと生きてるって言った時安心した。安心して俺は天国に行けるなって思ったんだ」

 泣き続ける彩月を見て太楽は笑った。

「どこからそんなに涙出て来るの?」

「たいちゃん、ヒドイ。人がこんなにも泣いてるのに」

「なんか言ったらスッキリしちゃって。後は楽しい話しでもしよう」

「無理だよ」

 やっぱりそうだよなと思いながら彩月から視線を逸らす為に太楽は空を見た。例え残り時間が僅かになっても彩月が落ち着くまで待とうと決めた。

「たいちゃん」

 数分待ってようやく彩月が口を開いた。

「なに?」

「バカって言ってゴメンね」

 思いもよらなかった言葉に太楽は笑った。人生でこんなに笑うのは初めてなんじゃないかと思うぐらいに笑った。

「そこ謝るんだ」

「だってあの時たいちゃんにバカって言っちゃったなって後で思い出すの嫌だし」

「大丈夫だよ。自分でも本当にバカだって思ってるから」

「たいちゃんってあんなに笑うんだね」

「俺もこんなに笑えるなんて初めて知った」

「こんな事言ってもどうにもならないのは分かってるんだけど、私はたいちゃんに生きるのを諦めた事を後悔して欲しい。その考えは残された人達皆が悲しむんだよって分かって欲しい」

 その言葉に今度は太楽が泣きそうになっていた。自分の涙は神様が降らせてくれた雨。だから泣かなくていい。太楽はそう自分に言い聞かせた。

「彩月ちゃんと生きている間に会えてたら俺は諦めなかったと思う。こんなにも楽しくて気を緩められる時間があるってもっと早く知っておけば良かった」

 大丈夫だと言い聞かせても声が震えていた。それでも太楽は言葉を止めなかった。

「彩月ちゃん、お願いがあるんだけど」

「何でも聞くよ」

「何でも?」

 太楽がいたずらっ子の様な顔で聞き返すと彩月は慌てて

「やっぱり出来る範囲なら」

と言い直した。

「それぐらいでいいんだよ。もう今日で俺との時間が最後だからって無理はしちゃダメなんだよ」

「うん。それでお願いって?」

「父さんと母さんに伝言伝えてくれる?」

「そんなのいいに決まってる」

「ありがとう」

「その前に一つ聞いていい?」

「一つだけね」

「たいちゃんには私以外の姿は見えてるの?」

「見えてるよ。でももちろん喋る事は出来ない。俺はこの公園と家までは自由に動けるんだ。ここから出たらダメってラインが俺には見えてる」

 両親の悲しみを目の当たりにしても太楽は自分は死んでも当たり前の事をしたのだからと思っていた。それでも彩月と話す内に自分の思いを伝えたいと思う様になっていた。

「たいちゃんはご両親に会おうと思わなかったの?」

「質問は一つだけって言ったのに」

「最後だからサービスしてくれてもいいでしょ?」

「じゃあ、サービスしとこうかな。俺は彩月ちゃんだから会いたいと思った。彩月ちゃんに会ったから伝言を頼もうって思った」

「私は嬉しいけど」

「俺は彩月ちゃんに申し訳ないって気持ちは持って欲しくない。俺と会えて良かったって思って欲しい」

 その言葉に彩月は真っ直ぐに太楽を見て笑顔になった。この笑顔が見られるなら大丈夫だと太楽は安心した。

「ちゃんとメモするから待ってて」

 テーブルの上に置きっぱなしになっていたスマホを手にして彩月はジッと太楽を見つめた。

「なに?」

「たいちゃんの声って録音出来ないのかなって思って」

「無理だよ。一回、ここに人が座ってた事あったでしょ?その時にその人達の前に立って声を掛けたけど全く気付かれなかった。俺はその時に彩月ちゃん以外とは話せないって知ったんだ」

「家では?」

「試すの怖いから声出した事ない」

「見知らぬ人に向けて話すのと自分の言葉を伝えたいと思ってる家族に話すのは別だよ。やる前に諦めるのは止めようよ。一回やってみてダメなら諦めつくけど、やってもないのに無理だからって何もしなかったらもしかしたらあの時って考えちゃう」

 その言葉には説得力があった。ここで彩月に後悔を残す事があれば一生の後悔になってしまうかもしれない。それこそ自分も一生後悔すると太楽は頷いた。

「じゃあ喋ってみて」

「ちょっと待って。声撮れてなかったら何回も同じ事言わないといけなくなるからとりあえず適当に喋っていい?」

「うん、というよりもう録音してたから今のでオッケー」

 彩月はスマホにテーブルの上に置いて再生ボタンを押した。そこから聞こえるのは彩月の声だけだった。

「試しに写真撮ってみてもいい?」

「写ったら心霊写真じゃん」

「それはそれで貴重だからいいよ。あっ、ダメだ。何も写らない」

 カメラを向ける時までは笑顔だった彩月からまた涙が流れた。

「心霊写真撮れなかったからって泣かなくても」

「そうじゃないの」

 冗談で言ったつもりだったが、本気で受け取られてしまい太楽は余計な発言をしてしまったと心の中で反省した。

「私にはちゃんとたいちゃんが見えてるのに写真には写らないって改めてたいちゃんは幽霊なんだって思い知らされて悲しくなっちゃった」

「ずっと俺は幽霊だって話しをしてたのに?」

「幽霊だって事を受け入れるのを心が拒否してるんだと思う。見た目が生きているのと変わらないんだからしょうがないよね」

「これはさ、もうちょっと後で言おうと思ったんだけど、流れ的に今言った方が良さそうだから今言っとく。直ぐには俺も寂しいから、一週間ぐらいしたらさ、俺との思い出は命日に思い出すぐらいにして。それで、彩月ちゃんはちゃんと彩月ちゃんの時間を過ごして欲しい。いつか結婚して子供も出来てって彩月ちゃんの望む幸せを手に入れて欲しい。嬉しくても悲しくてもいつでも家族を大切にして欲しい。彩月ちゃんはさ、優しいから自分だけが幸せになるなんてって周りを気にする事もあるかもしれない。色んな人の幸せを願うっていい事だけどさ、自分と自分が大切な人達だけの幸せを願ってもいいんだよ」

「ありがとう」

 彩月は泣きながらも嬉しさを噛みしめる様な表情をし、太楽はちゃんと自分の言葉が彩月の心に届いたと安心した。

「どういたしまして」

「そのパターンは初めてだね」

「そうだね。小さい頃はありがとうって言われた時の定番なんてなかったからね」

 しばらく沈黙が流れた後、彩月が力強い目で真っ直ぐ太楽の目を見て口を開いた。

「たいちゃんはさ、思い出すのは命日ぐらいでいいって言ったけど、きっとそれは無理だよ。私はたいちゃんと会ったからこそイジメに立ち向かわなきゃって思えた。ちゃんと私は大事な人を見つける。それでいてたいちゃんとの思い出も大切にする」

 そうしていい?と聞かずに言い切った所に彩月の強い意思を感じ太楽は頷いた。

「そう言ってくれるなら一つ約束をしよう」

「どんな?」

「いつかは分からないし、人間なのかそれ以外なのかも分からない。それでも俺は生まれ変わって必ずこの公園に戻って来るからいつかまたここで再会しよう。でも待たないで。なんとなくフラっとこの公園に来た時にまた会おう」

「それすっごくいい。ちゃんと私が生きてる間に生まれ変わってね」

「頑張るからさ、彩月ちゃんも自分のやりたいって思った世界に一度は足を踏み入れて欲しい。怖かったら直ぐに逃げればいいよ。無責任かもだけど、俺は彩月ちゃんと話してて思ったんだ。彩月ちゃんの両親は絶対に何があっても彩月ちゃんの味方だって。一番身近な所に最強の味方がいるって無敵だなって。だから彩月ちゃんは彩月ちゃんの思うままに歩いて行けば間違いないよ」

 太楽が力強くそう言うと彩月の目からはまた涙がこぼれた。太楽はその様子を見て涙は枯れないって本当なんだなと思っていた。

「先に言っとくけど、これは嬉し涙だから」

「嬉しい涙と悲しい涙は別って事?」

「別でしょ?」

「でしょ?って分かんないから聞いたんだけど」

「たいちゃんは嬉しい時泣かないの?」

「泣かないと言うより泣く程嬉しかった事がない」

「私との再会は?」

「嬉しいより先に驚きが来たから。驚くと涙も引っ込むって言うでしょ?」

「言うでしょ?って聞いた事ないんだけど」

「言うんだよ」

「分かった。覚えとく」

「いや、別に覚えとかなくても」

「ううん、覚えとく。それで伝言は?」

「忘れてた」

「一番忘れちゃダメなとこなのに」

「彩月ちゃんが覚えてくれてて良かった」

「あっ、でも誰かにたいちゃんの存在話したら消えちゃうんじゃ」

「俺が消えた後だから問題ないと思う」

 彩月はあっ、そうかという表情をした。

「俺はもう直ぐ消えるんだよ」

「改めて言わなくていいよ。でも、普通に喋ってたらやっぱりたいちゃんが幽霊だって忘れそうになる。ちゃんと一字一句逃さずメモするから」

 彩月がスマホのメモ機能を開いた所で太楽はゆっくりと話し始めた。

「あの日、学校をサボってゴメンなさい。きっと何であんな所にって思ったと思う。俺は友達を深く傷付けた。だからもう学校に行く資格はないと思っていつもと違う電車に乗って適当な駅で降りて歩いていたらあんな事になった。あの日学校に行っていればという後悔はなくて、これが俺の運命だと思う。二人からしたらバカな事言ってるって思うかもしれないけど、それでも俺はそう思ってる。例えあの日学校に行っていたとしても帰り道に事故に遭った。本気でそう思ってる。でも、俺は生まれ変わったらちゃんと生きたいって思ってるから俺が安心して生まれ変われる様に二人には寿命まで元気で仲良くして欲しい。それが二人に対する俺の最後の願い。終わり」

「私、これ泣かずに言う自信ない」

 そう言う彩月の目には涙が浮かんでいた。

「彩月ちゃんが泣いちゃったらきっと母さんも父さんも泣いちゃうから出来るだけ堪えて」

「分かった。でも絶対に泣かないって約束は出来ない」

「出来るだけで大丈夫」

「分かった。ねぇ、まだ時間大丈夫?」

「珍しく体内時計働いてないんだね」

「こんな時に無理だよ」

「もうそのまま体内時計狂わせればいいよ」

「でもさ、ストップウォッチ十秒ピッタリで止めたら商品ゲットとかあるかもしれないよ」

「じゃあ一分まではオッケーって事で」

「分かった。それぐらいにする。たいちゃんは他に言いたい事ない?」

「うん、もう言いたい事は言った。後はいつもみたいに彩月ちゃんの変わった質問コーナーして」

「私がそういう事聞くのはちゃんと理由があるんだからね」

「分かってるよ。日常の中に小さな幸せを見つける為でしょ?学校に行くの嫌だなって思って空を見た時に俺が好きだって言ってた雲だなとか。ふとした瞬間に楽しい気持ちになれる様にだよね?」

 驚いた顔をするかと思っていたが、彩月は嬉しそうな顔をしていた。これを言うのは最後のサプライズぐらいに思っていた太楽は予想外の彩月の反応に拍子抜けした。

「驚かないんだね」

「たいちゃん私の事よく分かってくれてるなって嬉しい方が大きいかな」

「彩月ちゃんが驚かない事に俺が驚いた」

「幽霊を驚かせるってなんか面白いね」

「ホントだね。普通逆だよね。じゃあ、彩月ちゃんらしい質問してくれる?」

「うーん、好きな季節の変わり目は?」

 想像を超える質問に太楽はこれが彩月なのだと安心すると同時にもっと同じ時間を過ごしたかったとどうにもならない気持ちを抱いていた。

「好きな季節じゃなくて?」

「じゃなくて変わり目」

「彩月ちゃんは?」

「秋から冬かな。暖かい空気の中に少し冷たい空気を感じるのが好き」

「なるほど。そういう感じね。じゃあ俺は春から夏かな。最近春っぽい気温の期間短いから、もう夏が来たのかって気持ちになる」

「それっていい感情なの?」

「あー、夏が来ちゃったな。じゃなくて来てくれてありがとうって感じだからいい感情だよ」

「たいちゃん、夏好きだったよね」

「プールが好きだったからね」

「そのせいで水溜まりによく飛び込んでた」

「別にそれはプールとは関係ないよ。子供は水溜まりを見たら飛び込むものでしょ?」

 長靴とカッパの二つは子供にとって最強アイテムだ。大人に雨好きが少ないのはそのアイテムを失って雨を楽しむ事が出来ないからだと太楽は思っていた。

「その子供っていうのは五歳の時の話し?」

 彩月の鋭い質問に太楽は嘘をついた所でバレると正直に話す事にした。

「主に」

「主にってなに?」

「実は中学生の時に一回だけ」

「中学生だったら一回でも飛び込まないよ」

「それはちゃんと考えられる人の意見。靴も靴下もズボンの裾まで濡れてようやく大人が飛び込まない理由が分かる人だっているんだよ」

「それはたいちゃんの話しだよね」

「そうだね」

 素直にそう言うと彩月は今日初めて声を出して笑った。

「私、水溜まり見る度にこの話し思い出しそう」

 その度に思い出すというのは太楽が望む事ではなかったが、もうそれを言うのは止めようと決めた。自分の事を思い出しても最終的に彩月が幸せになれるのであれば問題ないと思う事にした。

「あっ、私たいちゃんに大事な事聞くの忘れてた」

「なに?」

「友達には何も言わなくて大丈夫?」

 彩月の変わった質問が来るとばかり思っていた太楽はまさかの質問に固まった。それでもちゃんと考えないといけない事だと考え始め、彩月は太楽が口を開くまで待った。

「謝りたいけど、彩月ちゃんにそれを言ってもらうのはズルイって思うから大丈夫」

「ズルイって?」

「責める事も許す事も出来ない相手に謝られた所で感情の行き場ないでしょ?それって余計に相手をしんどくさせると思うから」

「そっか」

「うん。俺はそこまで考えれてなかったからそれはありがとう」

「どういたしまして。ねえ、まだ時間大丈夫?」

「後、十五分」

「十五分」

 後十五分しかない。そう思っている事が彩月の口調から伝わって来て、太楽ももう直ぐ彩月との別れの時間だと切ない気持ちになっていた。

「彩月ちゃんに最後のお願いがある」

「私に出来る事なら」

「触れられてから三十秒は消えるまで時間があるんだ。だから、最後の三十秒は昔みたいに手を繋いでくれない?」

「そんなのいいに決まってる」

「ありがとう」

「でも、ちゃんとピッタリ三十秒前ね。その時計ちゃんと合ってる?」

「合ってるよ。これ、神様が貸してくれるんだ。時間が進むんじゃなくて減っていく方式。俺がこの世から居なくなるまでのカウントダウンが表示されてる。彩月ちゃんに時計見せてって言われなくて良かった」

「うっかりでも見なくて良かった。見ちゃったらやっぱりたいちゃんは幽霊なんだって思い知らされてたと思う」

「もしも万が一うっかりしちゃったらちゃんと笑ってくれる?」

「直ぐには笑えないかもしれないけど、ちゃんと後に笑い話にする。たいちゃんのご両親に会った時にでも最後にたいちゃんうっかりしちゃってって笑いながら話す」

「それ、きっと父さんも母さんも笑うよ」

「でも本当に万が一だからね。その万が一はない方がいいんだからね」

「分かった。気を付ける」

「うん、絶対に気を付けて」

 そこから数分間、二人は何も喋らずに雨の音を聞き、一緒に居る時間をただ感じていた。二人で思い出の公園を目に焼き付け、これまでの時間をしっかりと記憶に刻んだ。


「なんか贅沢な時間だったね」

「そうだね。後、幸せな時間だった」

「そんな事言われるとまた泣きそうになる」

「じゃあ、今度は本当に一生のお願い」

「たいちゃん、自分の立場利用し過ぎだよ」

「聞いてくれない?」

「聞くけど」

「聞いてくれるんだ」

「だって聞かないで後悔するの嫌だし」

「俺さ、最後に見るのは彩月ちゃんの笑顔がいい。笑顔でお別れしよう」

「分かった。泣くのはたいちゃんが居なくなってからにする」

「そうして」

「彩月ちゃん、横に座ってくれる?」

 彩月はうっかり太楽に触れる事があってはいけないとゆっくり太楽の隣に移動した。

「この一週間本当にありがとう」

 残り時間が五分を切った所で太楽は最後の会話を始めた。

「私こそありがとう。たいちゃんと会えたから私はイジメに立ち向かう事が出来た。明日からどうなるかは分からないけど、安心して見てて」

「うん、約束する。彩月ちゃんが生きるって気持ちを持ってくれて良かった。彩月ちゃんを見ている内に全部を投げ出した自分が不甲斐なくなった。俺もちゃんと立ち向かったら別の未来があったのかもしれないって思った事もあった。でも、父さんと母さんに言った様に俺はどこに居てもあの日で終わる運命だったって思う」

「ちゃんとたいちゃんが生きてる世界線もあるよね?」

「絶対にあるよ」

「私、たいちゃんの話し方好きだった。私にも家族以外でこんなにも優しくて温かい言葉を向けてくれる人がいるんだなって励みになった」

「それは彩月ちゃんだからだよ。普段の俺はこんな話し方じゃない。彩月ちゃんと再会して子供の頃の気持ちを思い出したからだよ」

 その言葉に彩月は笑顔を見せた。この笑顔が見られたら大丈夫だと太楽は優しく彩月の手を握った。

「こうやって手繋ぐの久し振りだね」

「そうだね」

「たいちゃんの手ちゃんと温かい」

 冷たい手で彩月に悲しい思いをさせなくて良かったと太楽は笑顔になった。そして

「じゃあね、彩月ちゃん。いつかまたここで」

と最後の言葉を言った。彩月はとびっきりの笑顔で頷いた。


 太楽が居なくなってから彩月は我慢していた涙を流した。しばらくしてからさっきまでの雨が嘘みたいに止んで青空が見えて来た。彩月は願い通り雨を降らせてくれたお礼を空に向かって言い、近くに出来ていた水溜まりに飛び込んで公園を後にした。


彩月のその後の話『あの日の約束』 https://ncode.syosetu.com/n8995hz/

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