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いつかまたここで  作者: 徳永夏樹
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あの頃の思い出話

「今の私達にはありがたいけどさ、こんなにも誰も来ない公園って寂しいよね」

 いつもの定位置に座ると同時に彩月が言った。

「ここから歩いて十分の所に大きい公園あるからね。自転車だったらもっと近いし、皆そっちに行くんだよ」

 その公園には遊具はもちろんの事、ランニングコースもあり、大人にも人気の公園だった。

「いつかここもなくなっちゃうのかな?」

「もしかしたらね」

「寂しいね」

「あっちの公園が出来てもここが潰されないのが俺は不思議でしょうがない」

「その言い方だと潰れて欲しいみたい」

「そうじゃないけどさ、ここって何して遊ぶのが正解なの?ってぐらい小さいから」

「あってもなくてもいいって?」

「さすがにそれは思わないよ。俺達の思い出の八割はこの公園だし。でもここに公園を作ろうって思った人はどんな思いで作ったのかは気になる」

「きっと私達が正解だよ。とにかく楽しむ。それにすべり台もブランコもあるんだからその言い方は失礼だよ。もしかしたら私達の為に作ってくれたのかも」

「そういう事にしとこ」

 その言葉に彩月は太楽の顔をジッと見た。

「なに?」

「バカにしないんだなって思って」

「そう考える方が楽しいからね」

 その答えに彩月はとびっきりの笑顔で頷き、その笑顔につられる様に太楽も笑った。

「じゃあ、今日は子供の頃の思い出振り返ろう」

「その前に昨日聞き忘れてたんだけど、彩月ちゃんはいつこっちに帰って来たの?」

「小学校卒業と同時にお父さんと今のお母さんと一緒におばあちゃんの家の近くに引っ越したの」

「そうだったんだ」

「だからもしかしたら私とたいゃんどこかで会ってるかもしれないんだよ」

「ここ以外の場所で会っても俺は気付く自信ない」

「私が気付くから大丈夫。もうちょっと近かったら中学一緒だったのにね」

「でも、今再会出来た事には意味があるよ」

「意味って?」

「それは自分で考えて」

「えー、じゃあ思い出話しながら考える」

「絶対に考えないでしょ?」

「子供の時は幼稚園から帰って直ぐにここに遊びに来てたよね」

 太楽の言葉を無視して彩月は思い出話を始めた。

「別に約束してた訳じゃないのにね」

「ねっ。もう当たり前みたいになってた」

「台風近付いてる時にカッパ着て長靴用意してたら母さんに止められたの覚えてる」

「私も」

 そう言って二人で笑う。こんなに温かい気持ちになれるのはいつ振りだろうと太楽は考えていた。

「毎日の様にかくれんぼしてたよね」

「隠れる場所少ないのによく飽きずにやってたよね」

 隠れる場所はすべり台の陰、休憩所の近くにある大きな木、テーブルの近くの三カ所だけだった。それでも二人で飽きずに毎日かくれんぼをしていた。

「きっとさ、ちょっと離れてまた会えるっていうのが楽しかったんだよ。子供の頃はただ楽しいって感情だけだけど、今になったらなんで楽しかったのか考えられる」

「じゃあ、かくれんぼの次の思い出は?」

 聞きながら太楽も考え始めていた。彩月が居なくなってからの記憶はほとんどないのに彩月との時間だけは噴水の水みたいに出て来た。

「うーん、色々あるけどピクニックが楽しかったかな」

「彩月ちゃんがおにぎり持って来て俺がサンドイッチだったやつね」

 二人のリクエストに出来る限り応える為に母親同士で相談し、おかずが被らない様に作ってくれ、母親達はテーブルで、太楽と彩月はその時の気分で場所を選び、レジャーシートを敷いて食べた。同じ数を用意して貰ったのにも関わらず、どちらかが一つ多く食べたと言い合いになるのが定番だった。

「そうそう。たいちゃんのお母さんの料理美味しかったの今でも覚えてる」

「彩月ちゃんのお母さんも」

 太楽が気を遣っているのが分かった彩月は

「お母さんの話ししてくれて大丈夫だよ。別に私はお母さんの事恨んでる訳じゃないから」

と笑って言い、今後はあからさまな態度で彩月に気を遣わせない様に気を付けようと決めた。

「彩月ちゃんのお母さん、料理もだけどさお菓子作り上手かったよね」

「うん。私、あの頃にお母さんが作ってくれたマフィン以上に美味しいマフィンに未だ出会ってない」

「あー、あれ本当に美味しかった。俺もあれ以上ってか、あれ以来マフィンとか食べてない気がする」

 美味しかったという事は覚えていてもハッキリとした味は覚えていない。それでもあの時の匂いと味を感じていた。

「今でもお母さんお弁当作ってくれる?」

「高校入ってからは作ってもらってるけど、中学は給食だった」

「えっ、そうなの?」

「うん。だから体育祭とかでお弁当の日が嬉しかった。そう言えばさ、幼稚園の遠足でお弁当持って行った時に彩月ちゃんのお弁当箱の蓋に海苔全部引っ付いてた事あったよね」

 太楽の中では海苔で作られたウサギの顔が蓋に引っ付いて彩月が泣いた所までがワンセットの思い出だったが、最後までは言わないでおいた。

「今、たいちゃんあの時私泣いてたなって思ってるでしょ?」

 別にウソをつく必要はないと苦笑いしながらも正直に頷いた。

「言っとくけど、あれはお母さんが頑張って作ってくれたのを見てて、美味しく食べてねって言われたのにそれが出来ないって悲しみだからね。ただ単に海苔が引っ付いただけで泣いた訳じゃないから」

「よくそこまで覚えてるね」

「私はさ、中学もお弁当だったんだけど、お母さんが海苔でデコレーションしてくれるの。それ見る度にその時の事を思い出してたから」

「今はもう海苔が引っ付いて美味しく食べれないって泣く事ない?」

「ないに決まってるでしょ」

 太楽の意地悪な言葉に彩月は笑いながら答えた。

「にしてもあの時の先生達はスゴかったよね。ウサギの顔が見事に復元された」

「ホントに。幼稚園楽しかったよね」

「楽しかったかな?俺、幼稚園の記憶ほとんど彩月ちゃんなんだけど」

 幼稚園は三クラスあったが、三年間二人は同じクラスだった。他の友達を交える事もあったが、それでも二人が離れる事はなかった。もしかしたら自分達が離れると泣いてお互いの教室に会いに行ってしまうかもしれないという心配から幼稚園が配慮してくれたのかもしれないと太楽は考えていた。

「なら楽しかったって事でしょ?」

「幼稚園がじゃなくて彩月ちゃんと一緒だったからって事になるけど」

 その答えに彩月は満足そうに笑った。


「でもさ、あれだけずっと一緒に居たのにたいちゃんと結婚するとか言った事ないんだよね」

 予期せぬ単語が飛び出て来て太楽は数秒間フリーズした。その様子を彩月はイタズラをした子供の様な顔で見ていた。

「いや、なに言ってんの?」

「だってさ、結構普通の流れじゃない?」

「俺の普通と彩月ちゃんの普通は違うみたいなんだけど」

「じゃあ、言い方変える。子供の頃ってお父さんと結婚するとか仲の良い友達と結婚するって一回は通る道じゃない?」

「俺が通って来た道ではないけどね。でも確かに大きくなったらパパと結婚するとか一回は聞いた事あるかも」

「でしょ?だから私達が一回もそう言わなかったって結構不自然じゃない?」

「達じゃなくて彩月ちゃんがだから。俺はそういう道を通らないのは自然なんだよ。でも真面目に答えるなら俺達は友達って言うよりは兄妹みたいな感じだったんだと思う。ちょっと離れて暮らす家族みたいな。親戚って言う方が正しいか」

「それ結構納得いく」

 太楽は天才だねと言われるのを待ったが、彩月の口からその言葉は出て来なかった。

「ねぇ、もしも子供の頃にたいちゃんと結婚するって言ってたらどうしてた?」

「そのもしも話は意味ないよ」

「意味はなくても私は知りたいんだけど」

「じゃあ考えとく」

 彩月が何か言いたそうな顔をしている事に彩月から目を逸らしている太楽は気付かなかった。

「でもさ、もしも話っていいね。明日はもしも話しよう」

「明日なんだ?」

「今日はまだ子供の頃の話しがしたいから。一日一テーマ」

「もうちょっと盛りだくさんの方がいいんじゃない?」

「たいちゃんそんなに私と話したい事あるの?」

「そう言われると」

 そう言いながら首を傾げると彩月がマネをした。この感じも久し振りだなと太楽は限界まで体ごと傾けた。

「ダメだ。ここまでが限界」

「俺の勝ち」

「昔は私の方が体柔らかかったのに。これよくやったよね。お互いのマネをどこまで出来るかって」

「マネ出来なくなったら負けってやつね。段々行動がエスカレートしていくんだよね」

「そうそう。たいちゃんがすべり台から飛び降りようとしてからマネっこ遊びは禁止になったよね」

「いや、彩月ちゃんのバケツの水かぶるやつが原因じゃなかったっけ?」

 太楽の記憶では半袖が長袖になる季節に彩月がバケツの水をかぶり、自分も負けじと水をかぶっていると冬でもやりかねないと思った母親達が今後マネっこ遊びをするのなら二人で遊ばせないと言われてそれは嫌だと二人で泣いて謝ったのが最後だった。

「あれ?そっち?確かにバケツの水も記憶にある。結構覚えてるつもりだけど、細かい所は曖昧になってるね」

「それでもこれだけ覚えてるってスゴいと思う」

「そうだね。でもさ、こうやって話すと子供の頃ってバカな事いっぱいしてたね」

「怖いもの知らずだからね」

「今は何も知らない事だと足が止まっちゃう。こっちの方が楽しいよって言われても足踏みしちゃう」

「それは不安とかマイナスな要素を想像する様になるからだと思う。例えば彩月ちゃんは何に足踏みしてる?」

「留学」

「急にすごい現実的になるね」

 その言葉に彩月は慌てて

「今じゃなくて生きてた時の話しだから」

と言ったが、彩月にはちゃんとやりたい事があるんだなと太楽は安心していた。

「留学したいの?」

「高校卒業したらしたいと思ってた。でもさ、どうしても踏み切れなくて。言葉が分からない中で今みたいな状況になったら怖いなって思っちゃって」

 無責任な事は言えないと太楽の頭は煙が出そうな程フル回転していた。

「たいちゃんはそういう事ない?」

 答えが出る前に聞かれ、この答えは最後の日までの宿題にしようと決めた。

「やりたいけど、躊躇する事?」

「そう」

「俺は逃げてばっかだからそもそも何かをやろうとしない」

「逃げてるって何から?」

「色んな事」

「教えてくれないんだ?」

「楽しい話しじゃないから」

「楽しくなくてもいいからさ、言ってみたら?私も話しを聞くだけなら出来るから」

「もう幽霊だからいいんだ」

 そう言った太楽の顔を彩月はジッと見つめた。

「なに?」

「そうか。たいちゃん幽霊なんだって思って」

「彩月ちゃんもでしょ?」

「そうだね。幽霊って瞬間移動とか出来ないのかな?そしたら一回海外行ってみたいな」

「それで思い出したけどさ、一回外国に行こうって言って二人で地面掘った事あったよね?」

「あー、あった。シャベルとかじゃなくて子供用のスコップでね」

 幼稚園で日本の裏にはブラジルという国があると聞き、二人でブラジルに行こうと公園の地面を掘り始めた事があった。

「全然掘れない中、頑張って何日も掘ってたのにある日元に戻されたんだよね」

「今思えば公園に穴があるって危ないからね」

「でもさ、あの時ちょっとホッとしなかった?あぁ、もう穴は掘らなくていいんだって」

「そこまでは覚えてないけど、また掘ろうとしなかったから多分そうだったんただと思う」

「今思えばプラスチックのスコップで地球の裏側に行こうとしてたの可愛いよね」

「俺はバカな事してたなって思うけど」

「賢い子供よりいいよ。子供はちゃんと子供っぽくあって欲しい」

「一個だけフライングでもしも話していい?」

「いいよ。なに?」

「もしも俺達がしっかりした子供だったら」

「あっ、それ面白いかも。ここでのかくれんぼは隠れる場所が少ないから隠れるのも見つけるのも楽しくないとか言うのかな?」

「そもそもかくれんぼは子供のするものとか言ったりして」

 そう言うと彩月は声を出して笑った。どこかの家でも子供が楽しそうに笑っていて彩月の声と重なった。

「マネっこ遊びもそんなバカな事は出来ないで終わって、地面を掘ってもブラジルには行けないってやる前に言うんだね」

「お弁当でおかずの取り合いもしない。二人で譲り合って最終的に半分こ」

「それは平和だけど、やっぱりもっと子供らしい方がいいよね。純粋で今じゃ考えられない様な事をしちゃう方がその時も大人になってからも楽しい」

「俺達がさ、そんな子供だったら俺と彩月ちゃんが再会するっていう今はなかったのかな?」

「なんでそう思うの?」

「そうだったら彩月ちゃんが引っ越す時に遠くに引っ越すってちゃんと言うと思うんだよね。いつかまたこの公園で会おうなんてドラマチックな別れはしないと思うから」

「でもその分、ちゃんと手紙書くねって言いそう」

「それは確かに。幼稚園の時から今まで手紙のやり取りって続くのかな」

「続くよ」

 彩月はハッキリと言い切った。そう言われるとそうかと納得させられた。

「でも、その内スマホ買ったよって現代的なやり取りになるかも」

「もしもさ、スマホで連絡取り合う様になってたとして、久し振りに会おうって言ったら会ってたと思う?」

「思うよ」

 さっきと同じ様に言い切った彩月の一言は力強く、例えもしも話でも自分達が再会しない未来はないんだなと思わされていた。

「もしも話って永遠に続けられそう」

「永遠は無理だよ。きっと他の事を喋りたくなる」

「あっ、それは間違いなくそう」

「続きはまた明日ね」

「うん、でももうちょっと時間あるよね?」

 十八時まで十分を切った所だった。相変わらずの正確性に太楽は苦笑いした。

「別れ際の思い出って言えばさ、一回どうしても帰るのが嫌で必死にブランコのポールにしがみついた事あるの覚えてる?」

「覚えてる。お母さんに引っ張られて二人で鯉のぼりみたいになったんだよね。あまりにも面白いからって私のお母さん途中で私を下ろして写真撮ってたのも覚えてる」

「って事は俺の写真だよね?」

「そうだね。それは引っ越してから見せて貰った事ある。たいちゃんのお母さんにも送ってると思うんだけど」

「俺は見た事ないから、もしかしたら母さん一人でコッソリ見てたのかも」

「鯉のぼりたいちゃん。また機会があったら見せてもらいなよ」

「もう残ってないと思うけど」

「たいちゃんが知らないだけでちゃんと残してくれてるよ」

「なんでそう思うの?」

「前のお母さんが出て行く時に今まで撮りためた写真印刷して置いて行ってくれたから。アルバムはあったんだけど、そこに貼ってない写真が束になって置いてあった。もしかしたらもう私の事は全部捨てましたって事なのかも知れないけど、私はそれをお母さんの愛情って受け止めた。だからきっとたいちゃんのご両親もいっぱい愛情溜めてくれてるよ」

「そんなの家庭によって違うよって言いたいけど、母さんなら溜め込んでそうな気がする」

「今度見せてもらいなよ」

「そうだね。母さんに頼んでみるよ」

「彩月ちゃん?」

 彩月がいきなり背中を向けたので、何かあったのかと太楽は心配になって声を掛けた。

「まさか本当に大人になってからこの公園に来ると思ってなかった。あの頃の私達には大きな世界だったのに今見るとこんなに小さいんだね」

「まだギリギリ子供で良くない?」

「そっか。まだ子供でいいのか」

「いいよ」

「でもさ、子供の頃地面に穴掘ってブラジルに行こうとしましたって他人が聞いて高校生だったらビックリだよね」

「それは言えてる。でも今までのバカみたいな事全部子供の頃って引っくるめられたら皆勝手に小さい頃を想像してくれそうで楽じゃない?」

「本当だね。それ来世で使お。そろそろ帰ろっか」

「うん、また明日」

「また明日」

 振り向いた彩月はとびっきりの笑顔でそう言った。



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