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いつかまたここで  作者: 徳永夏樹
2/6

あの頃の話

「すごいね時間ピッタリ」

 十七時のチャイムと同時に前に立った彩月を見て太楽は言った。

「たいちゃん早いね」

 そう言って昨日と同じ様に太楽の正面に座った。

「家そこだから」

「学校はどこに行ってるの?」

「幽霊だから行ってない」

 その言葉に彩月は呆れた様に笑った。

「それなのに制服着てるんだね」

 太楽は白の長袖のシャツに黒のパンツという格好だったが、胸元に学校の紋章が入っているので誰から見ても制服だという事が分かる。そうでなくても普段着にこんな服を着る高校生はそういないだろう。そう言う彩月も制服で、相変わらず膨らんだ荷物を持っていてちゃんと学校に行っていた事が分かる。

「彩月ちゃんが幽霊だから着替えられないんじゃないかと思って合わせてみた。幽霊って死んだ時の服装のままでしょ?」

「そうだね。私は学校帰りに事故に遭ったからね」

「じゃあ俺も毎日制服で来るよ。そう言えばさ、昨日字の話ししてふと思ったんだけど、彩月ちゃんの漢字って彩るに月で彩月?」

「そうだよ」

「俺、ずっとそうだと思ってたから違うって言われてももう修正出来ないなって思ってた。彩るっていい字だよね。俺、漢字だったら彩るが好きかも」

 ずっとがいつの事を指しているのかは分からないが、自分の存在はずっと太楽の中に居たんだなと彩月は込み上げてくる嬉しさで笑顔になっていた。

「たいちゃんは?たいらって全然想像つかない」

「じゃあこういう字だったらいいなって当てはめてみてよ」

「えー、難しいよ。たいらでしょ?一瞬で出て来るのは平たいって字だけど、これはたいちゃんっぽくないしな。ヒントちょうだい」

「もう当てる気になってるじゃん。俺は彩月ちゃんが思う字を聞きたかったのに」

「だってしっくり来る字がないんだもん。だったら当てる方がいいでしょ?だからヒント」

「二文字」

「二文字?余計に想像つかなくなった。あっ、たいは大きいって字で、らが本当に分かんない。もう答え教えて」

「太いに楽しいで太楽」

 もうちょっと考えてと言おうしたが、時間が勿体ないと言われるだろうと太楽は素直に答えた。

「わー、すっごくいい。そういう字があったんだ。誰がつけてくれたの?」

「両親?そう言えば誰がつけてくれたかなんて気にした事ない。俺的には音の響きがあんまり好きじゃないんだよね。たいらって平凡の平をイメージしない?」

「しちゃう。実際に私も真っ先に出て来た漢字がそうだったし。でも平って悪い事じゃないでしょ?デコボコの道より平らな道の方が絶対にいいよ」

「うーん、そう言われると平も悪くないって思える」

「うん、絶対にいいよ。なんなら極端に辛かったり嬉しかったりするなら、平凡の方が絶対にいいよ」

 太楽は喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。思わず、彩月ちゃんはそういう時間を望んでいるの?と聞きそうになっていた。

「なんかさ、今になってお互いの漢字知るのって面白いね」

「いつか離れ離れになってもまたここで会おうね」

 彩月の言葉に答える事なく太楽は唐突に言った。その言葉を聞いた彩月の顔は曇った。遠くから子供の笑い声が聞こえて来て、重くなりそうだった空気が和らぐ。

「子供の笑い声っていいよね」

 その言葉に彩月は声がする方向を見た。

「本当に楽しい、面白いって感情だけで笑ってる感じがいい」

「たいちゃんは違うの?」

「周りに合わせてる時はあるかな」

「たいちゃんも色々あるんだね」

「そうだね」

 彩月は太楽の方に顔を戻したが、太楽は頬杖をして顔を逸らしていた。

「あの時はゴメン」

「謝って欲しい訳じゃないんだ。ちゃんと説明して欲しい。俺、今でもあの日が人生で一番悲しかったから。またここで会おうって言ったのは引っ越しが決まったから?」

 彩月が居なくなったのはこの公園でいつもの様にかくれんぼをしていた時の事だった。太楽が鬼でもういいかい?と言ってもいつものもういいよが返って来なかった。おかしいなと思いながらも太楽は彩月を探し始めたが、隠れる場所が少ない公園のどこにも彩月の姿がなかった。太楽は泣きながら家に帰り、母親に彩月が居なくなった事を伝えると彩月は引っ越すという事を教えられた。母親に「今ならまだ彩月ちゃん、家に居ると思うけど会いに行く?」と聞かれたが、太楽は首を横に振った。彩月が黙って居なくなったのは彩月の考えがあると子供ながらに受け止めた。

「そう。お母さんに遠くのお家に引っ越すからもうたいちゃんと遊べないって言われたの。だからまた会う約束だけはしとこうと思って」

「なんでちゃんと言ってくれなかったの?」

 太楽の声に怒りではなく悲しみが含まれている事に気付いた彩月の表情にも悲しみが表れる。

「たいちゃんの顔を見てお別れ言ったら絶対に泣くと思って。たいちゃんなら絶対に約束守ってくれるから楽しいままバイバイしようと思ったの」

「俺の気持ちは考えてくれなかった?」

 そう言いながら五歳の子供の行動にそんな事を言っても仕方ないのにと太楽はそう聞いた事を後悔した。

「ゴメン、責めるつもりはないんだけど」

「分かってる。私がたいちゃんの立場ならちゃんと納得したいって思うから」

「そう言ったけどさ、俺は母さんに今ならまだ間に合うって言われたけど、会いに行かなかった。五歳の俺は今より彩月ちゃんの気持ち分かってたんだと思う。思うって言うより分かってた。だからあの日俺は行かなかった。人生一泣いたけどそれでも行かなかった」

「ありがとう」

 これはお礼を言う事なのか、お礼を言われる事なのか二人は顔を見合わせ、しばらくして二人同時に笑い出した。

「ゴメン、我慢出来なくて」

「俺も。でもさ、彩月ちゃんのお母さんと俺の母さん仲良かったよね?連絡取ってなかったのかな?俺、彩月ちゃんが引っ越した後の事本当に何も知らないんだけど」

 その言葉に彩月は分かりやすく作り笑いを浮かべて

「お母さん出て行ったから」

と言った。まさか二日連続で衝撃発言をされると思っていなかった太楽の顔から表情が飛んでいく。

「引っ越してしばらくは普通に三人で暮らしてた。でも、私が小学二年の時にお母さん他に好きな人が出来て出て行ったの。ドラマとかでよくあるみたいに離婚届と結婚指輪置いて。そういう兆候があったから、たいちゃんのお母さんと連絡取らないようにしてたんだと思う」

「なんて言っていいか分からないけどさ、彩月ちゃんの気持ちちょっとでも分かればなって思う」

「たいちゃんに私の気持ちは分からないよ。お母さんが居なくなっても悲しみを必死に隠そうとしてるお父さんを見てないたいちゃんにどうやっても私の気持ちは分からない」

「そうだよね。ゴメン」

 しばらく二人の間に沈黙が流れた。今日は子供の笑い声も聞こえて来ない。今二人の耳に届いているのは風でこすれた葉っぱの音だけだった。太楽は掛けるべき言葉が分からず、下を向く彩月をずっと見ていた。

「なんで怒らないの?」

 言葉はちゃんと太楽に届いていたが、それが自分に向けられた言葉だという事に気付くまで時間が掛かった。

「俺、怒る所あった?」

 無責任な発言をして彩月が怒るのは理解できるが、その逆は理解する事が出来なかった。

「たいちゃんは私の気持ち理解しようとしてくれてるのに分からないとか言われるの嫌でしょ?」

「でもその時の彩月ちゃんが感じた深い悲しみを浅い所で理解されようとするのも嫌じゃない?だから、俺の発言は無責任だった。彩月ちゃんが怒っても俺が怒る理由はないよ」

 その言葉に彩月は目に涙を浮かべた。その涙がこぼれ落ちない様に彩月は少し上を向いた。

「辛い話しとか悲しい話しは避けられないかもだけどさ、ケンカは避けられるでしょ?俺はこの一週間は絶対に彩月ちゃんとケンカしたくないから」

「そもそも私達ってケンカした事あったっけ?」

「ないかも。俺が一方的に彩月ちゃん泣かせたり、彩月ちゃんが一方的に俺を泣かせたりはあったけど、ケンカにはならなかったね。何か言い合いをする時も楽しんでた気がする」

「ちょっと待って。私がたいちゃんを一方的に泣かせたってなに?」

「彩月ちゃんが居なくなった日」

「それはゴメン」

「いいよ」

「このやり取り久しぶりだね」

「俺も思った」

 二人はお互いの母親にゴメンと言われたらいいよって言うんだよとずっと言われてきた。どんなに納得していなくても謝ってくれた相手をそれ以上怒ってはいけない。そう教えられた。彩月を怒らせたり泣かせたりした時に太楽はとにかく直ぐに謝り、それと同じぐらい彩月も直ぐにいいよと言い、あまりの早さに母親達を笑わせた事もあった。

「今でもさ、色んな事に対してゴメンって言われたらいいよって言える?」

 彩月の問いかけに太楽は少し悩みながらも素直に答えた。

「言うだけなら言える。でも、気持ち的には無理かな」

「子供ってなんであんなに素直なんだろ?」

「きっと悪意がないんだよ。言って相手が泣いたらこれは嫌な言葉なのかって覚える。わざと嫌な言葉を言ったとしてもそれって自分も嫌な事をされたからって気がする。でもそれが歳を重ねていく内に些細な事を大きい悪意で返す様になって質が悪くなる」

 本当はイジメは悪意の塊だから謝られても許さなくていいよと太楽は言いたかったが、そこは自分が口を挟む事ではないと言わないでおいた。そして自分が何か言える立場でもないと思っていた。

「なんかすごい納得した。たいちゃん天才だね」

「天才は言い過ぎ」

「褒め言葉は言い過ぎてもいいでしょ?」

「まぁ、悪くはないかな」

「素直にありがとうって言えばいいのに」

「ありがとう」

「言うんだ?」

「言えば?って言ったの彩月ちゃんでしょ?」

「でもまさか急にそんな素直になるなんて思わないし」

「素直な俺もちゃんと見せとかないと彩月ちゃんの中で今の俺は意地悪な俺って印象を持たれそうだから」

「そこ気にするんだ?」

「気にするよ。俺はいつだって優しいたいちゃんでいたいって思ってるから」

 太楽がそう言うと彩月は声を出して笑い出す。過呼吸になるんじゃないかと心配する程笑い、涙を拭っている。

「あー、今年一番笑った。まさかたいちゃんがそんな事思ってたなんて。そもそも私、ふとした時に優しいって思った事はあるかもだけど、優しいたいちゃんなんて思った事ないよ」

「彩月ちゃんが思ってなくても俺がそう思えればいいんだよ。まだ今年も半年以上あるんだからもっと笑える事あればいいね」

「そうだね。天国でも楽しい事いっぱいあるかな?」

「天国が楽しい所じゃなかったらそれは地獄だよ」

「ホントだね。たいちゃんやっぱり頭いいね」

「ありがとう」

「素直でよろしい」

 その言葉に二人で笑顔になる。

「楽しいと時間ってあっという間だよね」

 太楽が時計を見ると後五分で一時間経つ所だった。

「本当にその体内時計スゴいね」

「明日からはさ、楽しい話しだけしたいから今の内に私の体内時計の秘密話すね。学校に居ると早く時間過ぎないかなって何回も時計見ちゃうの。その内、楽しい時間を過ごしてても何回も時計見るのが癖になっちゃって、同じ三十分でも楽しい時とそうじゃない時で感じ方違うのに体が覚えちゃった」

「彩月ちゃんの毎日が時間が経つのを忘れるぐらい楽しくなります様に」

 太楽は空を見上げて手を合わせた。子供の頃はクリスマスのプレゼントをお願いするのも遠足の日を晴れにして欲しいと願うのも神様だった。数え切れないぐらい二人で空に向かって手を合わせた。母親にそんなにいっぱいのお願いごとは神様大変だよと言われても明日の晩ごはんまで神様にお願いしていた。

「そんな時間をたいちゃんと過ごせます様に」

「それは神様にじゃなくて直接俺に言ってよ」

「でもどんなにたいちゃんが頑張ってもどうにもならない事だってあるでしょ?」

「例えば?」

「成仏しちゃうとかさ」

「彩月ちゃんと一週間過ごさない内に成仏はしないから安心して」

「じゃあ約束ね。ちゃんと一週間、後五日間はここで会う」

「うん、約束。触れたら消えちゃうからエアで指切り」

 空中で指切りをして二人は立ち上がり、それぞれの出口へと向かった。


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