76話 依頼 その1
競技会の説明も終わり、長期休暇は早くも折り返しに入る。
2週間ほどという話だったが3人娘はまだ1人も帰ってこず、練習は帰ってきてからということで先延ばしが決定した。
そうした経緯で暇になってしまったユリスは今日の予定を自由行動とし、自身は街へと出かけていた。
「別に自由行動なんだからついてこなくても良かったんだよ?
神殿へお祈りしにいくだけなのに、周りからは何事だって感じで見られてるし…」
「でも帰りにはテイラーのとことかで買い物もするんでしょ?
ならいいじゃない。初めての3人デートよ♪」
「そうですよ。これからは婚約者として3人一緒にお出かけすることも多くなるのですから慣れていただかないと」
朝、予定を確認しあっている時にシエラとレイラが口を揃えて「私達も行く!」と主張し、半ば強引について来ることになったのだ。
王都では知らぬものなどいないとされるシエラとそれに劣ることのないほどの美少女であるレイラ。そんな2人に挟まれている男となると、自然と目を向けられるのも仕方のないことだろう。
本人の容姿も相まって男女両方からの視線を集めているのだからもはや気分は大スターである。
道中そんなやり取りがありつつも、何事もなく神殿へ到着したユリスは世界神の立像の前で祈りを捧げてヴェルサロアに呼びかける。
『ぱんぱかぱーん!!クエスト初クリアおめでとー!』
その瞬間、頭の中に金管楽器のような音でファンファーレが鳴り響く。体をビクッとさせて驚くユリスの頭は一瞬フリーズ状態に陥るが、ヴェルサロアから贈られた言葉で再起動し何が起きたのかを理解する。
前回急に話しかけて驚かすのは止めろと言ったはずなのだが相変わらず続けるつもりのようだ。
『またかお前は……はぁ、もう好きにしてくれ
それでやっぱりクエストはクリアでよかったんだな。表示が無くならないからまだ何かあるのかと思ったよ』
『ああしておけばここに来ると思ったからね〜
そんなに話すことはないんだけど暇なのよ』
『仕事はどうした仕事は』
『やってるわよ!失礼ね。
ただ長いこと課題やら世界創造やらで忙しかったから、昔の仕事量に戻ると暇に感じるのよ』
『仕事って、別世界で最終的に黒幕を匂わせながら倒される邪神として運営に参加するってやつだったか?』
『そうそう、それそれ。結構評判良くって昔はよく頼まれてたんだけど、最近は私が初の世界創造に挑戦してるからって頼まれなくなったのよ。
今でも変わらず頼んでくるのは先輩くらいだわ』
先輩というのはヴェルサロアの世界運営の許可を出した直属の上司とも言うべき女神だ。ちなみにユリスも何度か交流したことがある。
『そのせいで暇になってると…
…昔に戻りたいからってあまりこっちで変なことするなよ?』
『しないわよ!?
この世界が安定したらお願いって予約も入ってるんだからね!わざわざ見習いに戻る気はないわ!』
『にしても邪神ねぇ…
このクエストの狂信者って、邪神としてのお前が崇められてるんじゃないよな?』
『…たぶん?
私はこの世界に邪神は作ってないし、おそらくとしか言いようがないわね。まだ生きてる子だったり歴史上の人物を崇めているパターンもあるし』
『実態把握してないのか?神なのに…』
『あのねぇ…!
私だって何でも分かるわけじゃないし、何でも教えられるわけじゃないの!そりゃ知っている事もあるけど、教えすぎたら過度な干渉になるのよ!
クエストの説明文も基本的には神殿での祈りや会話から収集したりサラとかから報告された情報だけから作ってるのよ!分かった!?』
『ああうん、そういうことね。了解、りょうかーい』
返事はおざなりだが、初めて見た時から気になっていた情報量の少なさへの回答が得られたユリスは納得した様子だ。
『ふん、分かったらお詫びとしてそっちで作ったお菓子をよこしなさい。そっちの素材で作ったお菓子がどんな感じなのかすっごい気になるのよ』
『いやまあ、構わないけど…どうやってそっちに送るの?』
『ふふん、ちゃんと考えてあるわ!
さっき祝福の内容を弄って『収納』に私とあなたの共有フォルダを作るようにしたの!そこに入れてちょうだい!』
『…まさか今回ここへ来るように誘導したのってこれが目的?』
『ぎくっ……あー…違うわよ?これはねー…ついでよ!ついでのお願い!
本来の用途はー…えーと、そう!クエストクリアの報酬を渡すためなんだから!』
『はいはい、仰せのままにっと…
ってか、報酬あるんだな。ちょっとやる気出たかも』
明らかに今考えましたという反応だが、ないと思っていた報酬が出て来たのだからユリスもとやかく言うつもりはない。
『といってもそんなに凄いものは渡せないわよ?』
『なら食材は?正直言ってヴェルの分も作るとなると毎回食材を集めに行くのがめんどくさい。
バルクリームとかリッチエッグなんかは一周で手に入る量もそこまで多くないし』
『私そんなに大喰らいじゃないわよ!?
でもまあ、貴方が自力で手に入れたことのある食材なら報酬にできるわ。それでいい?』
『ああ、オーケーだ』
『分かったわ。それじゃあ共有フォルダに注文の機能を付けておくから上限内で選んでちょうだい。
私に送ってくれた料理とかお菓子に使った分の食材はちゃんと戻しておいてあげるからどんどん作ってね』
『まあ、食材が減らないならちゃんとしたものを作ってやるか…』
『それじゃあお願いねー
あ、ちゃんとシエラちゃん達の料理も入れておいてね。姑に位置する身としては息子のお嫁さんの腕前も気になるんだから』
(誰が息子だ…って切れたか)
腹を痛めて産んだわけではないが、ユリスの肉体を創ったのはヴェルサロアなのだから、母親というのもあながち間違ってはいないと言える。
(あー、身体を創ったのはヴェルなんだから立ち位置としては母親が1番近いのか…?
…しっくりこないな)
天界で長いこと一緒に過ごしたユリスにとってヴェルサロアとは、家族に近い関係ではあってもどちらかといえば姉なのだ。愛情はちゃんと向けられていると分かってはいるが、ちょくちょく我儘に振り回されたり理不尽にこき使われたりする。そんな相手なのである。
「ユーくん?なんか唸ってるけどどうしたの?」
「あー…帰ってから話すよ。ここじゃあちょっとね」
「お祈りはもう大丈夫なのですか?」
「うん、大丈夫だよ。
2人がいいなら買い物しに行こうか」
「はい」
「は〜い」
世界神と会話していたなどと発言しようものなら、教会関係者による追求により解放されるのがいつになるのか不明という事態に陥るだろう。
そんな事態は望んでいないため、さっさと場所と話題を変えてしまう。
「最初は…依頼するだけだし鍛冶屋の方にしようかな」
「なら工房区ですね」
服の方は買い物もあるので長時間かかることが予想される。それもあって、初めはヘイムの店から回っていくことにしたようだ。
行き先を定めた3人は工房区へ向けて足を進める。
「ねーねー、ユーくん。注文を受けてくれるって言ってたけど、なんて鍛冶屋なの?」
「ガルーダ工房だよ」
「へー、ガルー…」
「「ガルーダ工房!?」」
「えっ本当に?そんなとこで注文するの?っていうか出来るの?」
「本当に注文を受けてくれるのでしょうか?」
ユリスが出したまさかのビッグネームに2人は大丈夫なのかと本気で心配している。貴族令嬢であってもこの反応、流石は王国トップの職人ということだろう。
「ジラードとの模擬戦で溶けたナイフもそこで買ったんだよね。
その時になんか気に入られたみたい?今度来た時オーダーメイドで作ってやるって言われててさ」
「ユーくんって能力の方に目が行きがちだけど、人脈もとんでもないよね…?」
「私が知っているだけでも王家に各方面の貴族当主や子息、生産界トップの職人達…ですか」
明かされていないが、そこに人脈ならぬ神脈まで加わるのだから、もはやただの平民とは到底呼べる存在ではない。
「…確かに。普通っぽいのはハンナさんの宿くらい?」
「あそこも大概なんだけどね…元騎士、しかも分隊長クラスの夫婦がやってるとこだし」
「えっそうなの!?」
「あ、ガルーダ工房に着きましたね」
ハンナとダイクが元騎士だったという衝撃の事実が発覚したが、工房に到着したことで話は中断される。
「こんにちわー」
「いらっしゃいませー!
あ!ユリスくん!久しぶり!」
「ども、お久しぶりです。ヘイムさんって今います?」
「奥にいるよー!なになに、オーダーメイドでもしに来た?」
「うんまあそうなんだけど…」
「おっけー!じゃあ呼んでくるねー!ちょっと待ってて!」
そう言って前にも接客をしていた店員はバタバタと奥に引っ込んでいく。
「元気な方ですね」
「前回来た時は奥から怒鳴られてたけどね。ちゃんと落ち着いて接客できることは出来るんだけど」
「テンションが上がるとああなるわけね」
「みたいだね。
さて、今のうちに素材を出しておこうかな」
ユリスはオペラ合金のインゴットが入った袋を収納から出して床に置く。もちろん付与の内容ごとに分けられている状態だ。
「おう、坊主…じゃねぇ、ユリスだったな。
ちゃんとした装備でも作る気になったか?」
「あ、ヘイムさん、お久しぶりです。
今日はいくつか武器の製作を依頼しに来たんですが大丈夫ですか?」
「依頼を受けるのは構わねぇが…まだ鉱石の供給が回復したわけじゃないから多くは作れんぞ?」
「材料はこっちで用意したものを使ってもらいたいんです」
「なら問題ねえな。で、何を作るんだ?」
「サーベルを2本と片刃の双剣を1対、ナイフを6本、バスタードソード2本をお願いします。あ、鋳造のバスタードソード5本もお願いします」
「やけに多いな…全部お前さんが使うのか?」
「ナイフと鍛造バスタードソードの一部は後ろの2人に渡そうかなと思ってます」
「そうか。なら後で3人の手の型を取らせてもらうぞ。
それで素材は?インゴットでもこれくらいは必要だ。鉱石だとこの量になる」
そう言ってヘイムが製作に使用する素材の量を提示してくる。
まさか自分たちの分も入っていると思っていなかった2人は驚きのあまり固まっている。
「それなんですが、このインゴットって加工出来ますか?」
「あん?その中身インゴットだったの……!!!
おい、何だこの合金は!?初めて見るぞ…!?
魔力伝導が高いな。しかも魔鋼レベルの硬度があるのか…」
「オペラ合金って言うんですがたまたま発見しまして。性能的に僕の戦闘スタイルにピッタリなのでこれで作って欲しいんですよね。
あ、これも使ってください」
ユリスは懐から出したように見せかけて収納からこの間見つけたレシピアイテムを取り出す。
「おいおいおい、これはレシピアイテムじゃねえか!?
使えって事は無くなるぞ。分かってんのか?」
「ええ、分かってますよ。
ただ、王家が公開に向けて進めている案件にも関わって来ますので、口外しないでいただければ」
「元々そういった情報は他の職人連中とも互いに口外しないことになってるから大丈夫だが…」
「でしたら問題ありません。
合金の方もお教えするのでよろしくお願いしますね」
「…あ゙ー…分かった分かった!その依頼受けてやる!
もったいぶらずに詳細を言え!どうせまだ何かあるんだろうが!?」
ユリスの表情からまだ何かあると感じ取ったのか、半ばヤケクソ気味に依頼内容を確認する。
その際に付与をしたインゴットの存在とそれを加工した時の性能について説明を受け、再び頭を抱えてしまう。
そんな波乱だらけの依頼を受けたヘイムは練習がしたいと大量の素材と数ヶ月の工期を要求。ユリスはそれを快諾し、その場で大量のインゴットを提供する事で依頼は正式に成立した。
最終的に
ユリス…薄刃サーベル2本、片刃双剣1対、薄刃ナイフ1本、通常ナイフ1本、薄刃バスタードソード1本、鋳造バスタードソード5本
シエラ…薄刃ナイフ1本、通常ナイフ1本、薄刃バスタードソード1本
レイラ…薄刃ナイフ1本、通常ナイフ1本
という内容で、薄刃タイプは攻撃重視の付与、それ以外は耐久重視の付与をしたインゴットを使用する事になった。デザインや機構についてはヘイムに完全お任せである。
また、一緒に渡した螺旋槍とダブルシールドの製作は今回は見送ることにしたようだ。性能からしてロマン装備装備なのだから仕方ないだろうが、スキルの習得状況次第では有用になる予定なので渡すだけ渡しておいた形だ。
とりあえず何が起きるか分からないので、だいたい1週間毎に様子を見に来るとして3人は工房を後にするのであった。




