71話 帰宅
昨日と同じ応接室でフォーグランド夫妻が待っていると執事から聞いたユリスは、レイラを伴って応接室へと向かう。
「おはようございます。
お待たせしてしまって申し訳ありません」
「ああ、おはようユリスくん。
いつも通りゆっくりしていただけだから、そう気にする事はない。特に伝えてもいなかったしな」
「レイラさん、昨夜はどうでした?
部屋にいませんでしたし、一緒にいたのでしょう?」
「お母様何を!?居なかったのではなく入れなかっただけです!
向こうに戻る準備をしておきたかったのに…」
「あらあら、せっかく場を整えたのにその様子だと進展はなかったみたいですね。
それに、どうせ新しく持って行くものなんて無いのだから自分の部屋に戻る必要はないでしょう?」
「やっぱりお母様のせいですか!」
早速昨夜の主犯が判明したが当人は全く悪びれてもいない。
「ユリスくん、妻がすまないな」
「いえ、気にしてませんので。
それでダレンさん、昨日は結局報告ができなかったので戻る前にしておきたいのですが…」
「それは申し訳なかったな。
向こうもしばらくかかりそうだし、今聞いてしまおうか」
「分かりました」
ユリスは昨日判明したハズレ紙の仕様と鑑定結果について説明していき、最後に解析の技能書を渡す。
「なるほど断片か…すぐに使用できないとなると国で全てを管理は難しいな。やはり解析だけ回収して他は規制をかけない方向性で進言するか。
それにしても技能書、魔法書、レシピアイテムか。こうなってくると総称が欲しくなるな。今後は重要度が上がるからハズレ紙というのもふさわしくなくなる」
「確かに総称がないというのも不便ですね。
…今の所判明している内容を見るに指南書とかどうですか?他のものが見つかるとちょっと変わってきますが」
「ふむ、確かにこの3種の総称ならそれでもいいが―…」
そこから何案か出たが結局は指南書よりもしっくりくるものがなく、そこへ落ち着くことに。
「ではこれで進言することにしよう。
正式な日程についてはレイラか王家経由でシエラ嬢から連絡が行くだろう。
もしその前に王城へ行く場合は説明はしても構わないが、実務レベルでの議論は正式な場まで待ってくれ」
「分かりました。
おそらく褒賞の関係で早めに行くとは思いますのでその様にしておきます」
「ああ、頼んだぞ」
長居するつもりがなかったユリスではあるが、結局は昼食までご馳走になり、なんだかんだと話をしていたら寮に戻る頃には夕方になっていた。
途中、学園内を散策していたルイスとエリーゼに遭遇し、予定を確認したところ明日明後日は王都観光に出かけることが判明した為、競技会の説明は3日後になった。
「ただいま〜っと」
「あ、ユーくんおかえり!レイラちゃんもおかえり〜
思ってたより早かったね?何泊かしてくると思ってたよ」
「まあ話も大体終わったのに長居してもしょうがないというか…あのまま居たら次はレイラに何をさせようとするか分かったものじゃないというか」
「あはは…母がすみません」
寮に入ったところで、食堂へと向かうシエラとばったり遭遇。そのまま流れで3人は食堂へと入り、腰を据えて話を続ける。
「ふーん、まあ大体の想像がついたからその辺はいいわ。
それでレイラちゃんの使用人は遅れて来るの?もう部屋は準備されてるんだけど大丈夫かしら?」
第1種に昇級したのだからレイラも使用人を1人連れて来る事が出来るはずだが、その姿はどこにもない。
「それなんですが、使用人は連れて来ないことにしました」
「どうりで帰りに誰もついて来なかったわけだ」
「私の場合は同室で暮らすとなると同性でなくてはいけませんし、数少ない専属として連れて行けそうな方が先日まとめ役に就いたばかりでして」
「あー…それなら仕方ないかしら」
「そもそも第1種に上がる予定はありませんでしたから一通りの家事については叩き込まれてますし問題はありません」
「そっかー…まあ、部屋数が多いから使わない部屋の掃除くらいなら私が手伝ってあげるわ。
…繋がってるし」
「ありがとうございます……繋がってる?」
「シエラ、繋がってるって何?」
シエラが最後にぼそっと言った言葉を流石にスルー出来なかったのだろう、2人とも即座に聞き返す。
「いやぁ〜…ユーくん達がダンジョンに行っていた時に学園長が相談に来てね?
王城から2人の寮生活にしっかりと配慮するようにって連絡が来てるんだけど、配慮って何すればいいの!?レイラちゃんの部屋を離すなって事?一体どうしたらいいのよー!?…って感じで。」
「えー…何それ?何でわざわざそんな連絡が来るのさ」
「多分ティア様じゃない?あの人ならやりそうだし」
「それでその相談と先程の言葉に一体何の関係が…?」
「…ん?繋がってるって…まさか?」
「2人の部屋は隣同士、リビングは壁をぶち抜いてひとつになってるわ。
ひとつの部屋を共同で使う…ほぼ同棲状態ね♪」
「えっ、そんな…同棲だなんて…」
同棲という言葉にレイラは嬉しそうに尻尾を揺らしている。
「いやまあ、これまでもこっちの部屋にいる時間はかなり長かったし、気分的なものはまだしも実際はそんなに変わらない気が…寝室は別だろうし」
「別なのですか…?」
「えっ…いや…その…流石にまずくない?」
それまでの様子から一転、ユリスの言葉に悲しそうな声色になるレイラ。袖をちょんと掴み、上目遣いもセットでおねだりをするという姿に相対するユリスはしどろもどろになりながらもなんとか否定を搾り出す。
「そうよレイラちゃん。2人一緒の寝室なんてダメよ!反対!」
「…3人一緒では?」
「ユーくん、1部屋ずつ繋げて3人の寝室にするわよ!
誰かに見られる訳でもないし、婚約者なんだから大丈夫よ!」
散々ユリスを抱き枕にしてきたシエラからのまさかの援護にユリスが優勢になったかと思ったのも束の間、レイラからの提案に即座に寝返り形勢逆転。
こうなって来ると日常という場面においてユリスに勝ち目はない。元から押しに弱い上、何だかんだと好きな相手にはとことん甘いタイプなのだ。やれやれとため息をつきながらも2人からのお願いのほぼ全てを既に叶えてしまっているくらいには。
「はあ…分かったよ。
言い出したんだから作業は2人でやってね」
「もちろんです!」
「それじゃあユーくんの了解も取れた事だし早速許可とってくるね!」
今回も引いたのはユリスだ。
要望が通った2人はユリスが心変わりしない内に終わらせるとばかりに早速行動を開始する。シエラは学園長への許可取り、レイラは該当部屋の片付けと自身の引越し作業だ。引越しといっても収納に入れて別の部屋で出すだけなので1時間とかからずに終わってしまうのだが。
ユリスはその間、自室にて手に入れた指南書の仕分けだ。内訳は初めから完品だったものが『特殊ダンジョンレシピ“賭鼠の遊戯場“』、『付与の技能書”永続化“』、『射撃技アーツの技能書”バーストショット“』、『下級魔法書”ソード“』、『鍛治レシピ”蛇腹剣“』、『服飾レシピ”マジックポーチ“』で、断片が揃ったのは『鑑定の技能書”解析“』と『下級魔法書”アロー“、”ボム“』、『鍛治レシピ”薄刃“、”螺旋槍“、”ダブルシールド“』、その他使わなさそうな生産レシピ数枚分である。
(付与は自分で使うとして、鑑定はシエラかな?レイラはパーソナルスキル増やさないって言ってたし。
魔法書はソードがレイラで残りは選んでもらうか…
射撃アーツは恐らくレイラがそのうち使えるようになるだろうか取っておく。
鍛治系は今度作って―って設備がないな。ヘイムさんのとこで相談してみるか。
そんでもって、蛇腹剣のレシピは許可が出たらジラードに送ってやろう。ロマン武器だがあいつなら使いこなしてくれそうだ)
各指南書の用途がトントン拍子に決まっていく。蛇腹剣なんかは完全に面白がって画策しているだけなのだが。
しかしながら、問題児が居ないわけではない。
(マジックポーチはなぁ…僕達は要らないけど、収納スキルを持ってない人からしたら容量が少なくても欲しいだろうし騒動必至か。でもまあ使う素材を考えると公開しても騒動はそこまで長続きしないかな?
1番の問題は特殊ダンジョンレシピ。
これって前に王城で読んだサラの魔本に書いてあったやつだよな?ならこれだけでダンジョンを生成できると…うん、バレたら大騒ぎな上に生成時に紙なんか乗せてたら確実に注目を浴びるな…やっぱこれまでの褒賞全部を使ってでも…)
どちらも予想される騒ぎの大きさから王家へ相談という事になるだろう。が、ユリスには何かしらの考えがあるようだ。
「とりあえずは付与を使うとしよう。
えーと…条件は手に持ったままこの紙に対して付与を1時間かけ続けつつ別の何かで複数付与を30分間維持…楽勝だね」
ユリスは適当な武器を出して2つ付与をかけてからその辺に放置する。
指南書は手に持っていなくてはならない条件なので他に作業は出来ないが、リフォーム作業の監督くらいは出来るだろうと思い件の部屋に向かうと…そこには既に壁は取り払われ中央に隙間なくくっつけられた3つのベッドが並んでいる光景が広がっているのであった。
(なんて素早い…もうほぼリフォーム完了してるじゃないか。流石にここから口出しするわけにはいかないな)
「あ、ユリス様!どうされたのですか?」
「いや、どんな感じかなとね…もう終わったんだ?」
「はい、シエラお姉様が許可を取ってきてすぐに切り取ってしまいました。
ただ、ベッドは並べただけで少々不安定なので今度買い替える予定です」
「ああうん、そうなんだ…
…ん?お姉様?呼び方変えたの?」
「はい、もう大体教えたし師匠は嫌だということでお願いされまして」
「なら、僕の様付けも「出来ません」…はい」
普段は好きにさせているが出来れば“様”呼びは止めてほしいユリス。これまで何度も交渉してきたが、全てレイラの笑顔の元に撃沈という経歴を持つ。
未だ虎視眈々と機会を窺っているのだが、2人の関係が変わらない限りその努力が身を結ぶ可能性は低いだろう。
自分の部屋の整理がまだ残っているから夕食まではそちらに集中すると言って部屋へ戻っていくレイラ。
その後ろ姿を見送ったユリスもこのまま1人で残っても仕方ないということでとぼとぼと自室へと戻っていく。
「技能も覚えたことだし色々試してみるか」
これまでユリスは攻撃時に武器や石へ強化系の付与をかけるくらいでしか使用してこなかった。それは付与しても短時間で解けてしまうために手間が大きいせいだ。また、かけ過ぎると攻撃前に壊れてしまうという欠点もある。
だが、今回覚えた付与のエクストラ技能は“永続化”だ。これによってよく使う付与をかけっぱなしにすることができるだけでなく、付与効果を有した素材の加工という新たな可能性を生み出すこととなったのだ。
「やっぱり鉱石は壊れるか…インゴットは大丈夫と。
インゴットの加工は…武器の型は種類がないしとりあえず小さいナイフでいいとして―…」
これにすぐさま気づいたユリスは早速とばかりに検証をしていく。その結果、分かったのは使いどころが限られていた付与スキルがとんでもないものに化けたということだった。
素材に付与した効果がそのまま武器の特性として受け継がれたのだ。特性という別の枠へと変化したため新たに同じ付与をかけて効果を重複させることも可能であった。
また、3つの付与をかけたインゴット2つを混ぜて1つの大きなインゴットにすると6つの付与効果がそのままついていた。
これらの結果がもたらす恩恵はナイフなどの小さな武器を作る分にはそこまで大きくない。真価を発揮するのは大剣などの大きな武器、そして素材を多く使う盾や鎧などの防具である。
素材を多く使う分、付与した効果が全て特性として引き継がれるのだ。同じ効果は1つに纏まるだけなのでダブらないように気をつける必要はあるが、ユリスは多くの付与効果を知っているので障害とはならない。
「これは、本格的に装備を作り始めるいい機会だ。
武器はオペラ合金の性質次第で…学園の設備は使えそうにないしヘイムさんに依頼かな。
防具はどうするかなぁ…鎧は性に合わないし―…そういえばこの服金属だって言ってたっけ。
テイラーさんのとこでお願いしてみるか」
学園にも鍛治が出来る設備自体は存在する。
だが、それら設備の使用は生産科の生徒が優先なのだ。しかも長期休暇だとか関係なく毎日順番待ちが発生しているため、他学科の生徒が割り込める余地はない。
(そういえばベルクトの件が解決したのにクエスト欄から項目が消えないんだよな。
解決済み表示はあるんだけど…元々行くつもりだったしこの休暇中でヴェルに聞いてみるか。そのついでに装備の依頼をしてくるとしよう)
神殿に行く予定もあったので丁度いいと各所へ装備作成の依頼をしに行くことを決めるのであった。