70話 フォーグランド邸 その3
エルシィからにっこりとお願いされて食糧庫まで確認しに行っていたレイラが足早に帰ってくる。
「材料を確認して参りました!
念のため収納に必要な分を確保しておきましたのでとりあえずは大丈夫です!」
「ありがとうレイラさん。
無理矢理行かせたみたいになってしまってごめんなさいね」
「いえ、大丈夫ですよお母様」
「それにしてもレイラさん、収納スキルを貰ったの?」
「はい。収納と障壁を頂きました」
「あらあら、2つも貰ったのね。
ならしばらくは少し気を付けないとね。あまりパーソナルスキルが増えすぎると身体が成長しなくなりますよ?」
「「えっ!?」」
「あら、2人とも知らなかったのですか?
おおよそ20歳までにする身体の成長、主に身長…というか骨格ですね。それがパーソナルスキルをひとつ習得するごとに1歳分無くなるという研究結果があるのですよ」
「ほっ…それなら私は増やさなければ18歳まで成長の余地があるのですね」
「………終わった…」
衝撃の事実が判明。
ユリスのパーソナルスキルは現在『鑑定(EⅩ)』、『収納(EX)』、『合成』、『紋章術』、『武技』、『移動』、『追撃』、『状態異常完全耐性』の8つである。
つまり14歳であるユリスはもう成長の余地がないという事になる。今のマスコット体型と今後も付き合っていかなくてはならないのだ。
(今世ではようやく低身長から脱却出来ると夢見ていたのに…
ん?待てよ?そう言えば僕のパーソナルスキルの大半ってヴェルとサラが用意したものだったよな?…つまりはあいつらのせいか!)
ユリスの持つパーソナルスキルは『追撃』と『状態異常完全耐性』を除いた6つがすぐに使えと用意されたものである。相手はステータスを作った神とその配下のような人物なのだから知らないはずはないだろう。
「ユリスさんはいくつあるの?」
「…8つです」
「あらあら、それじゃあその可愛らしい外見のままなのね。…やっぱりユリスさんも家に欲しいわね。
ユリスさん、知っているかもしれないけどパーソナルスキルは効果が出るのが10個までだからまだ増やす場合は注意するのですよ?」
「…ハイ、ワカリマシタ…」
「大丈夫ですよユリス様!私はユリス様が今のままちっちゃくても絶対に離れることはありません!
シエラ師匠なんかはむしろ喜びそうです!」
「ソウデスネ…」
「…レイラ、エルシィ、少しそっとしておいてあげなさい」
愕然としているユリスにパーソナルスキルに関する注意を重ねるエルシィやなんとか励まそうとするレイラであったが、その内容はユリスにとって追い討ちをかけるようなものでしかなかった。
「お見苦しいところをお見せしました」
「いや構わないさ。
むしろ君にも年相応の夢があった事が嬉しいくらいだ。
さて、当初の要件については粗方話し終えたか。ユリスくん、そろそろハズレ紙について教えてもらえないか?
現物はそちらの箱に入っているから確かめながらでも構わんよ」
「わかりました。
では失礼して…まず、これを鑑定するとどのような表示が出ますか?」
ユリスはいつの間にか用意されていた500枚のハズレ紙のうち上から数枚を持ってくる。
「名称はただの『紙』、効果や詳細は…表示されない、だと?
待て、これはおかしい。その辺の石ころにだって説明はあるのにこの紙にだけ無いというのはどういう事だ…?」
「そんな表示なのですか。
…それならある程度の期間研究されていたのも頷けますね。
では、これではどうですか?」
「同じ物では…何っ!?『下級魔法書“ランス”』…だと?
これは一体どういうことだ?」
ユリスが解析技能付きの鑑定で一度鑑定したのちに再度ダレンへ鑑定するように促す。
すると、初めはただの紙であった名前が下級魔法書というものに変化していたのだ。
「このハズレ紙と呼ばれている物は鑑定阻害がかかっているレシピアイテムや技能書なのです。
技能書や魔法書であれば手に持っている状態で習得手順に書いてある行動をとると実際に習得する事が出来ます。一度使用したら消えますし、使用していない状態で同じ行動をとっても習得はできません。
レシピアイテムについては初歩的な物であれば既に見つかっていると聞きますからお分かりでしょうが、該当の生産スキルを持っている人が使用すると記載されているレシピをウィンドウで閲覧する事ができ、さらにそのアイテムを生産する時にスキルによるアシストが入るようになります。
このレシピにはベースとなる状態のアイテムが記載されていますので、これを元に独自の改良を加えていく事で全くの別物になる事もあります」
そう言ってユリスはレシピアイテムだったハズレ紙を探し、手渡す。
「レシピアイテムについて知ってはいるが…『下級解痺薬』、魔法薬か。確かどこぞの薬師が秘伝として扱っていたな。
魔法書についてはわかった。では技能書とはアーツ関係か?」
「そうですね、それもあります。
ですがもっと重要な物がありまして…んー…これでも無い…あ、あった!
…こちらになります」
「…!!
スキルのエクストラ技能…だと?」
「あなた、エクストラ技能って何ですか?」
「私も詳しくは分からん、だが習得済みのスキルの効果を拡張するものらしい」
「これは『火魔法の技能書“無詠唱”』ですので、使用すれば火魔法が魔法名の宣言なしで発動できるようになるみたいですね」
「そのようなレベルの強化が出来るのか…」
「ええ、ちなみに鑑定にもあります。その名称は”解析“。鑑定を阻害するものを無視して鑑定できるようにするという効果です」
「!!
それは…ハズレ紙の情報が広まったら君に負担が掛かるだけだな。他に判別する方法はないのか?」
「あるにはあります。
詳細鑑定と看破の複合発動、こちらはスキル所持者のみが鑑定及び使用可能になります。
それ以外だと、ユニークスキルならばエクストラ技能は初めから備わっているのでそのパターンくらいでしょうか?」
「なら、その者達を探すのと平行して解析の技能書をユリスくんに見つけ出してもらうしかないか。解析さえ押さえてしまえば無秩序に広まる心配もない…」
「今回頂く500枚程度であれば数時間もあれば終わりますし、集計もするとなると厳しいですが特定の物を探し出すだけならそこまで労力もかかりません」
どうやらユリスが事前に想定していた展開に近づいていっているようだ。
「これも王家案件か…
すぐに手を離れるかもしれんが、初めの方は手伝ってもらうだろう」
「分かりました。お手伝いしましょう」
「問題は元々あったハズレ紙に対する需要か」
「実はそちらの解決策のために今回の枚数を依頼させていただいたのです。
ダブったりして不要そうなレシピアイテムを名実ともにただの紙へと変化させる魔道具を作ろうかと思いまして」
「ふむ…ならそれは君に製作を依頼しようか。あまり数量を作るわけにもいかんし作り手が限られていた方がいいだろう」
「分かりました。
では、今日中にこの紙の山は確認するつもりですので、解析が出ましたらお渡ししますね。
残りは個人的に欲しいものを抜き取ってから研究に回します」
「ああ。だが、解析は複数出た場合に1つでいい。
1つだけだったり出なかったりした場合は報告のみで構わない。
ただし、使うのは君の関係者だけにしてくれ」
そうして話を詰めていき、いつの間にか夕食準備の時間になっていた。
今回は使用人には監視をさせずに当主と夫人自ら見学という形をとったようで、作り手のレイラは後ろから感じる視線に少し緊張しながらも無事に完遂する。
その場での試食と夕食後のティータイムでの実食によりエルシィのテンションは鰻登りである。
ダレンも相当に満足したようでパウンドケーキを主軸に公表、プリンは極秘レシピ扱いとする方向性で進める事が決定した。
そして結局予定通り泊まることになったのだが…
「ユリス様、うちの両親がすみません。
まさか私を部屋から締め出すとは…」
何故かユリスとレイラは同室で寛いでいた。ユリスがひとつしかないベッドに腰掛け、レイラが椅子に座っている形である。
何故こんな状態になっているかというと、レイラが風呂に入っている間にレイラの部屋も含めてユリスが使用する客室以外の鍵が閉められてしまっていたのだ。
使用人は持つ事が許されていない特殊な魔道具による施錠だったため容疑者は2人となるが、その容疑者達は早々に寝室に篭ってしまい応答がない状態だ。つまりは確信犯である。
「そんなに謝らなくてもいいんだけど…
なんか変な噂を広められたりしない?その辺の機微に詳しくないから、それは少し心配というか」
「え〜と…そうですね…」
レイラの説明によると貴族社会ではパーティーなどの公の場において女性側が抱きつく感じで腕を組んだ状態で入場して来るとこの2人は結婚が確定しているのだと認識されるそうだ。普通は男性の腕に女性側が手をかけるくらいである。
また、それ以外でも互いに身体への接触が多かったり、何度か同室で夜を明かした事が分かると結婚間近と判断して引く者が多いらしい。
「つまりは周りへの牽制として後者の方を広められる可能性があると」
「ハイ…」
「…まあ結婚確定の噂くらいなら咎める必要もないか」
「…はい!」
(というか、そうなるとシエラの場合って確実にそういう扱いだよな。抱きついて来るのそのままにしてるし抱き枕の話も何人かにはしてるし…ああ、懇親会でのあの3人のはしゃぎっぷりはそれもあったのか)
「そういえばユリス様、ハズレ紙ってもう全て見終わったのですか?」
「うん。めぼしいのは十数枚で大体は使わなさそうなやつだったよ」
「解析はありましたか?」
「2枚分ね。これがないとなかなか使う事も出来ないし、思ったよりもドロップ確率が高いのかもね」
「2枚…分?分って何ですか?」
ユリスの言い回しに引っ掛かりを覚えたのかレイラが問う。
「ああ、なんか完全な状態の奴って結構珍しいみたいでさ、大体は『〜の断片(No.1)』って感じのアイテムなんだ。
これを全部1枚ずつ順番に重ねると完全なアイテムになるってわけ。
あ、完全な状態じゃないと使えないから注意ね」
「そんな仕様が…この事ってお父様に話しました?」
「ううん。
解析の報告があるし一緒にしてこようと思った矢先に締め出しだったからね」
「…なんか申し訳ありません。
それで先程、めぼしいのが十数枚っておっしゃってましたが完全な物がそれだけの分あるってことですか?」
「うん。解析2枚、魔法書3枚、技能書2枚、生産レシピ5枚、ダンジョンレシピ1枚だね」
「なるほど…ダンジョンレシピ?」
「やっぱりそれが気になるかー…
これ生成ダンジョンのレシピなんだ。この通りに配置すれば特殊なダンジョンに行けるっていうやつ。
多分この紙は生成ダンジョン産だったんだろうね」
「そういう事ですか…でもメダルがないと生成出来ませんから揃うまでお預けですね」
「あー…まあ…そうだね」
「??」
どこか歯切れの悪いユリスの返答であったが、もう夜も遅く少し瞼が落ち始めていたレイラはこれ以上追及することをせず、のそのそとユリスのいるベッドへと入り込むのであった。