67話 お試し中級ダンジョン(森)その3
第3フロアに降り立ったユリスとレイラ。
昼過ぎに入ダンし既に4時間以上経っている上、最後はボス戦だ。
利用可能時間を考えると道中にそう時間はかけていられない。そう話し合ったことで2人の探索は少し足早になっている。
「ダンゴ系が居なくなってキラープラントのバリエーションが増えてるな。それにスケイルカラーはまだ現役か…」
「スケイルカラーの方が居なくなって欲しかったのですがね…」
「まあ正直ダンゴ系は弱かったからしょうがないね。……!?遠距離攻撃型が出現し始めたみたいだ。まあまあ威力もあるね」
第3フロアの変更点について話していた時、何かが破裂したような音が周囲に響きわたったと思ったら前方から拳大の物体が弾丸のように飛来してきた。
正面からだったため余裕を持って払い落としたユリスであったが、払った手を通じてそれなりの衝撃を感じていた。
「撃ってきた奴は…方向からするとあれかな?
花の魔物なら飛んできたこれは種なのかな…ってマジか、あの魔力の動き方って事は魔法も使ってくるのか」
ユリスが発見した魔物は大きな蕾状の花をつけた魔物キラーフラワーである。
ランクとしてはキラープラントの上位に位置する魔物で種飛ばし、状態異常効果を持つ花粉、ボールやカッターといった風魔法など多彩な攻撃方法を持つ。今まで1種類しか攻撃方法を持たない魔物ばかりだった事を考えると一気に対応の幅が増えることになる。
難易度急上昇という情報に偽りはなかったと言えるだろう。
「随分と攻撃方法が多彩になりましたね?」
「これは今までのダンジョンに慣れていたら難易度が上がったと感じるのも無理はないね。近づいたら近づいたで花粉撒いたり蔦で対応はしてきたし。
まあ近接はそこまで強くはなかったけど」
「…花粉って絶対状態異常系ですよね?
それって耐性持ちのユリス様だから弱く感じるだけではないかと」
「あー…言われてみると確かにそうかも」
ここまでの道中を考えると何かしらの状態異常対策をしてこなければ相当難易度が高くなるようだ。トラップの類は今の所ないが中級以降は様々な対応を迫られるような作りになっているのだろう。
「さて…多分この先がボス部屋だね」
苦戦もなくサクサクと進んできたユリス達の目の前には森の中としては異質な金属製の門が聳えていた。
明らかにこの先に何かがあると言っている作りである。
「ボス戦…私はどう動きましょうか?」
「残りの魔力使い切ってもいいから遠距離から攻撃かな。取り巻きがいたらボスにある程度攻撃を入れてからそっちに集中って感じで。
ボスから狙われるのも大変だし最初にあまり攻撃し過ぎないように注意ね」
「分かりました!」
大まかな打ち合わせを終えてから2人は目の前の扉に手をかける。
開けた視界の先にいたのは黄色い花々が咲き誇る一本の大きな樹木、フラワートレントであった。
「トレント系ね…面倒なのが来たな。
レイラ、出来るだけ遠くに居るようにしておいて。多分地面から根を使った攻撃が来ると思うんだけど、範囲が分からない。頭には入れておいて」
「はいっ!」
「それじゃあサポートはするけど取り巻きは宜しくっ…!」
軽い注意を終えると同時にユリスは単騎でフラワートレントに向かっていく。
その間に収納から木刀を取り出して操作で操る。その数は5本、さらには両手にもそれぞれ直接握っている。
「取り巻きはスケイルカラー3体ですね…色は黄色、見た事がない色ですがユリス様には効きませんし自分の事に集中しましょう」
まずは言われた通りにユリスが数度攻撃するのを待ってからトレントに向かって光球を数発射出する。
当たりはしたがレイラはまだ鑑定を持っていない。故にダメージになっているかは正直なところ不明なままなのだ。しかし、ボス戦で自分勝手な行動をするのはユリスの手間に繋がる。レイラは事件から芽生えたユリスへの忠誠心ともいうべき思考によって雑念を排し、事前の指示通りに取り巻きの処理に取り掛かる。
「むー…なんというか、こちらは平和ですね…
攻撃しているのにスケイルカラーが全くこちらに来ません。単色ですが耐久は高いようですし、第1フロアにいたやつと同じタイプではないのでしょうか?
それとも威力が低過ぎてダメージになっていないのかしら…?」
レイラは広間の端から光球を1体に絞って放っている。しかし、一向に倒せる気配がない。のだが、こっちに見向きもしないのでやられる気もしない。
一応道中のスケイルカラーに5発当てて倒せたくらいの威力で放っているのだが、10発当てても何の反応もないのだ。
「んー…分かりません。
分からない…のでこのまま続行していることにしましょう」
戦況について得られる情報がないレイラは思考を停止。安全地帯から一定間隔で光球を放ち続けるのであった。
一方でユリスはというと…握った木刀でひたすらに本体の幹を叩き斬っていた。
トレント側も攻撃を繰り出していないわけではない。しかし、ユリスが悉く的確に対処しているのだ。地面から突き上げる根は事前に感知してステップで避け、枝の振り下ろしや薙ぎ払い、魔力を纏った鋭利な葉の射出は操作する5本の木刀で弾く。
時折枝の振り下ろしと共に生っている木の実を投げつけてくる事もあるが、葉と同様に処理。序盤で飛散した中身の液体を浴びてしまうという一幕はあったものの、状態異常耐性のあるユリスにとっては身体が濡れたくらいの影響しかない。こうして出来上がったのが先の光景である。
ちなみにレイラがスケイルカラーから見向きもされないのはユリスが果汁を浴びたせいである。ボス戦で出てくるスケイルカラーは果汁を浴びている対象を優先的に麻痺の状態異常にかけるという習性を持っているのだが、ユリスが麻痺状態にならないために鱗粉をかけることに夢中になっており、対象が他へ移らないというわけだ。
「ん…?スケイルカラーの数が戻った?」
「ユリス様ー!スケイルカラーを1体倒したら外から新しい個体が補充されましたー!」
レイラの攻撃がついに状況を動かした…かに見えたが、すぐさま新たな個体がどこからともなく飛んできてユリスに鱗粉を撒き始める。
どうやら取り巻きを何体倒しても意味のない仕様だったようだ。
「うーん…ならさらに畳み掛けて終わらせるか。
『魔纒・魔撃』…『蓮華閃』!」
魔撃は無属性の魔纒で発動できる追加効果で、攻撃にINT依存ダメージを追加するという効果だ。ユリスが使うと全ての攻撃が最低でも最高ランクのINT依存になるという途轍もなく凶悪な効果へと変貌する。
そして続けて発動したのは奥義『蓮華閃』。ユリスの持つユニークスキルが遺憾無く発揮される連撃系の奥義だ。
「一の型『残刃』…ふっ!」
発動後何かが変わったような感じはない。一撃の威力は明らかに増したものの、それは魔撃の効果だろう。
「んー…時間もあまりないし次も使うか。
二の型『顎』!」
ユリスが次の型を発動した直後から放つ攻撃に異変が現れる。操作する木刀も含めて、振った方向とは逆の方向からも斬撃が発生するようになったのだ。それは正しく7対の牙を持つ顎が対象に喰らいつくようであった。
まともに食らったフラワートレントの幹は大型の獣に噛み付かれたかの様に次々と抉れていく。
「さて、そろそろトドメといこ…え??」
威力と手数が上がったユリスの猛攻に中級の序盤ボス程度がそう長く耐えられる訳もなく、あっさりと光の海へと沈んでいく。
何かトドメとなる技でも放とうとしていたのだろう。構えに入ろうとしていたユリスが中途半端な体勢で驚き固まっている。
「えー…せっかくいい感じで積めてたのに…魔撃は過剰だったかぁ……まあ、無事に終わったしいいか」
何ともスッキリしない結果となったものの、2人揃った状態で攻略出来たことには変わりない。そう切り替えたユリスの興味は目の前に出現した宝箱へと移っていく。
「ユリス様、お疲れ様です」
「うん、レイラもお疲れ様。
さて目の前には宝箱が1つあるわけだけど…早速開けようか?」
下級ダンジョンでも実際には見たことない、時には聞いたこともないアイテムが多々手に入っているので、中級ではどんな物が出てくるのかとユリスはワクワクを抑えきれていない。
何とか外面は取り繕えているが、レイラにはバレバレなので意味などないのだが。
「おー!…おぉ…ハズレか」
「そうですね。結構大変だったのに残念です」
ユリスが手にしたのは文字のような模様のような、何だかよく分からないものが書かれた1枚の紙切れである。
鑑定の結果『中級HPポーションのレシピ』である事が分かったが、ユリスは既に知っている内容であるし、高価ながら購買にも複数置いてあったので既に認知されている可能性も高い。
(ん?なんか違和感…あ!)
しかし、この一連の流れにおいてどこか違和感を感じたユリスはある事に思い至る。
「ねぇ、レイラって鑑定持ってたっけ?」
「はい?いえ、持っていませんよ。
何か気になる事でもありましたか?」
そう、レイラは鑑定が出来ないはずなのにハズレというユリスの言葉に対して内容を聞く前に肯定したのだ。
「んー?それなら何でハズレだって思ったの?
レシピの判別って鑑定で名前を確認するか対応する生産スキルが必要だったはずなんだけど…?」
「ええっ!?それってレシピなのですか!?
私はてっきり“ハズレ紙”なのかと」
「ハズレ紙?」
聞き慣れない単語が出てきたためユリスは説明を求める。
レイラによるとハズレ紙とはこのレシピのように意味不明な模様の書かれたダンジョン産の紙を指す言葉なのだそうだ。
どうやら下級ダンジョンでも時折同じような紙は見つかっており、研究されていた時期もあるのだという。
しかし、その研究で成果を得る事は出来ず、未だその詳細は不明のまま。昨今では意味のない模様が描かれているだけの紙という認識をされている。
そういった経緯もあってアイテムとしては裏紙としての価値しかない。故に売値が極端に低い、しかも宝箱からしか出ないのだ。
そんな事情から探索者や学園生からはハズレアイテム扱いをされており、そこから転じて今では“ハズレ紙”という名で商店にも並んでいるらしい。
「そんな扱いだったんだ…」
(アイテム名だけで判別はできるから昔の技能レベルでも鑑定できるはず。なのに成果が出なかったって事は…エクストラ技能の解析か。名前もちょっとそれっぽいし)
「ん、ちょっと待って…?
という事は何?これってまた新発見扱いになるの?
今の状態でこれ以上放り込むのはちょっとなぁ…」
(でも解析を使えるのは多分僕だけだろう。
他のルートから手に入れるのはかなり厳しい条件だったはずだし、ほぼほぼ無いと言っていい。エクストラ技能やアーツの技能書とか魔法書とかもランクが上がると似たような形態になったはずだし、戦力の底上げって点を考えれば必須だよなぁ)
「ユリス様の論述にベルクト関係、私が提出したボスラッシュと直近で色々対応して頂いていますものね。
しかもこれは影響の出る範囲が広過ぎます。ハズレ紙は庶民の間でもよく買われている商品ですし」
(そうだよな…いや、逆に解析の技能書さえ国で押さえておけばコントロールは可能か?
各ギルドへの交渉材料にもなり得るし、これをただの紙に出来るような魔道具を作れればそう価格の変わらない紙の供給もできるだろう。
そうなるとハズレ紙がたくさん欲しくなってくるな…)
「うーん…報告するとしてもその前に色々試しておきたいんだよね。どうにかハズレ紙を大量に手に入れられないかな…?その辺で買うと迷惑だろうし」
「それでしたら実家の方に頼んでおきましょうか?
父は商店の経営とは別に市場調査の仕事もしておりますので、その辺りの調整をしながら物を集めるのは得意だと思います」
「…お願いできる?
多分最終的には殿下に放り投げる事になりそうだけど、できる限りは先に進めておいた方がいいと思うし」
「お任せください!」
ハズレ紙の真相という新たな爆弾を抱える事となったユリスとレイラ。最終的には王家へ報告するにせよ、先ずは色々と調べてからという事で現物の確保へと動き出すのであった。
…決して珍しい技能書があったら手元に置いておきたいからなどという理由ではない…はずだ。




