54話 照らされた道
王城の一角にある訓練場。学園のアリーナと同じ構造であるそこは普段は王族の鍛錬や研究、近衛騎士の鍛錬などで使われている。
そんな場所の中心にあるステージで今、ユリスとジラードが戦いを始めようとしていた。
そしてそれを見守る観客席にはディラン、シエラ、レイラといった前回のメンバーだけでなく、ジルバやシャルティアもいる。
「それでディラン、あの2人が模擬戦をする事は分かったが…なぜ我々が呼ばれたのだ?」
「そうよね、ユリスちゃんの実力が直接観れるのは楽しみだけど、別に競技会とかでも見られるわけだし」
「それがですね……」
ディランがこれまでの経緯を説明している一方で、ユリスの方もジラードに説明を迫られていた。
「おいユリス、なぜあの方々が観戦しているんだ?
お前と戦うのは別にいいが、気になってしょうがない」
「ああ、あの2人には前から実力が見たいと言われていてな。本気が出せそうなちょうどいい機会だから殿下に頼んで呼んでもらった。
まあそんなに気負うな。王族に自分の力をアピールするいい機会だとでも思っておけばいいさ」
「…あの方々の記憶に俺の存在を留めてもらえるチャンスと思えば……確かにまたと無い機会だ」
「だろ?
まだこっちもから聞きたいことは残っているが…まあ、あまり待たせるのも悪いしさっさと始めようか」
ユリスが構えを取るのを見て、ジラードも剣を構えて臨戦態勢になる。両者準備ができたのを確認したシエラが観客席から合図を送る。
「始めっ!」
先に動いたのはジラードだった。
「『不退転の覚悟』!…うおっ…とっ…」
スキルを発動したのちに地を蹴ったジラードはかなりのスピードを出して彼我の距離を詰めるが、何やら動きを制御出来ていないようだった。
その証拠にジラードが剣を振り下ろしたのはユリスの横を通り過ぎた後だった。
「おまっ…それまで持ってるのかよ…!ってことはレベル30超えか。
ちなみに聞くが期間は?」
「1ヶ月だっ…!ハッ!」
ジラードの使用したスキルは逃走系の行動を制限する代わりに強力なバフを付与するという効果を持つ。
バフの内容は制限する期間によって異なり、今回ジラードが選んだ1ヶ月という期間は目の前の敵と同アビリティに変化するという内容になる。
1体1でないとステータスがころころ変わってしまう上に、上がり幅が大きすぎても感覚の違いからうまく体が動かせなくなり、低くてもそのアビリティに変化してしまう、とデメリットが多数あり、微妙に使い所を選ぶスキルだ。
それでは今回はというと…
「そりゃそうだよな!ふッ!」
「『スラッシュ』…はぁっ!『ピアシング』!ッちぃ…」
見事にはまっていた。1体1での戦い、かつユリスが魔纒で物理系ステータスを最大量上昇させている状態なため、ジラードからすると全てのステータスが常に上昇している形だ。
つまるところ、この戦いは各人の素の肉体と身に付けた技術の勝負となっているのだ。
(くそっ…こうも的確に厄介なスキルばかり持っていやがっ…てっ!
だがまあ、これで言い逃れもできなくなるし本音を引き出しやすくなったから良しとするか)
ジラードが袈裟斬りをするとユリスは避けて反撃に回し蹴りをする。逆にユリスが踏み込んで正拳突きをするとジラードが外側に向かって剣の腹で弾いて、そのまま踏み込みながら斬りつける。
ユリスとジラードの戦いは流れるような応酬を繰り広げながらも、まるで事前に示し合わせた殺陣のような雰囲気を醸し出している。
「実力が高いとは聞いていたけどこれほどとはね…」
「2人とも動きが綺麗ね〜」
「ふむ…ユリスの体術も気になるが…まあサラの弟子だしな。気にせんで良いか。
それにしても何というか執念を感じるな」
「執念ですか?…あっ、申し訳ありません…」
王族がそれぞれ感想を言う中で、ジルバの言葉に疑問を感じたレイラが思わず聞き返してしまう。
「ああ、この場では好きに発言して良いぞ。
それで執念と言ったのはジラードが今の戦闘スタイルに大した才能を持っていないからだ。それでもあのレベルの技量を持っているとなると、相当に努力を続けたのだろう。ユリスは相当な素質を持っているようだが対人経験がないのだろう。技量は高くとも動きが素直過ぎる。
いやはや両者何ともチグハグだ。だが、だからこそあの様に示し合わせたかのような動きになる」
「??…何故でしょうか?」
「才能が無い者は感覚的に対処することが出来ない。故に理論的に学ぶのだ。特定の攻撃に対しての対処法を予め決め、その動きを身体に覚え込ませる。型として何度も反復することによってな。
だから、臨機応変に対処しているように見えても、よくよく見ると似たような動きが多い。
ユリスには高い才能があるようだが、こちらも理論型なのかフェイントの類いが全くない。動きは良くても選択も素人のそれだ。
それにしてもこのままだと埒があかんぞ。それはあの2人も理解しているだろうが」
「なるほど…」
「それでも続けていると言う事は互いに何か狙っているんですかね?」
「……それか、躊躇しているかだな」
そうこぼしたジルバはジラードの腰あたりに見え隠れする別の武器に目を向けている。
「それにしても、ベルクトが初手から使った不退転の覚悟というスキルはどんな効果だったのだろうな?
ユリスがあのように驚くほどだから相当珍しいのだろうが」
「あ、それはですね―…
どうやら逃走系の行動を制限する代わりにバフがかかるスキルのようですね。1ヶ月と言っていましたから…ベルクトのアビリティがユーくんと同じになっているみたいです」
ジルバの疑問に分厚い本を開いた状態で手に持っているシエラが答える。
どうやら訓練場の機能なのか観客席にステージ上の声が届くようになっているようだ。
「シエラちゃん、それに書いてあるの?」
「そうですよ、ティア様。
ユーくんの持ち物ですけど、解説に必要かもしれないからって写しを貸してくれたんです。色んなスキルについて書いてあるんですよ!」
「ああ…それが例の本か…
…って、写し!?」
「なるほど…アビリティが同じなのか。
それなら技術勝負というわけか」
互いにダメージもなく、膠着状態に陥っているユリスとジラード。本気を出せば余裕がなくなると考えたユリスは今の内にジラードの本音を引き出す事にする。
「なあ、ジラード。お前はこれで満足なのか?」
「…どういう意味だ?」
「この前からずっと不満というか納得いっていないような表情をしていたからな。
お前は今回の結果に…いや、これまで送ってきた人生に満足できているのか?」
「満足だと?ふん…そんな事……!!」
ここでようやくスキルのせいで本音で語るしかない事に気付き、躊躇いを見せる。
「ハッ……勿論…満足出来ている…訳が…ないだろうがぁ!!」
が、それも一瞬で、ジラードは感情が爆発したかのように本音をぶち撒けていく。
それに伴ってジラードの攻めも苛烈に、そして力強くなっていく。
「俺だって最初からこんな方法を取ろうとしていた訳じゃないんだよッ!
…お祖父様のようになりたかった!
剣1本で功績をあげ、力を認められて当主となって、王族のため、王国のために働く日々を過ごす。そんなお祖父様が通ってきたような正道を歩む事を夢見ていた。
だからこそ形見である剣を振るうために修行を続けた。俺の才能がこんな武器にしかないと理解した後もなッ!」
ジラードは剣を左手に持ち替え、右手で後ろの腰につけていたものを引き抜く。
ジラードが手に持っていたもの、そして最も才能を示したと言ったもの、それは鞭であった。
かつての独裁国家で拷問器具として使用されていたという経緯から王国では今でもあまり好まれていない武器である。
「確かに結果は予定通りあのクズ親父を追い詰めることが出来ている。
だがな!そのために俺は何をしてきた!?
他人を貶し、みっともなく逃げ回り続け、挙句の果てには悪に手を染めた!
お前が対処出来なかったら、俺は自らの手で王都を滅ぼすところだった!
唯一守るため、助けるためと起こした行動すらもあの方の優しい笑顔を…あの日必ず守ると誓ったはずのシャルティア様の顔を曇らせる始末だ…!」
ジラードの右手が翻ったと思ったら、ユリス目掛けて鞭が叩きつけられるように飛んでくる。
その後も右左と連続して様々な方向から飛んでくるため、リーチの短い格闘では反撃が難しくなる。それどころかこれまでのような規則正しい動きが消えたために対処すらも難しくなっている。
「あれだけの事をしでかしたんだ…
たとえ過程に不満が残ろうとも、結果に納得できなくとも、ただ無意味に生き延びる事だけは俺自身が許せないんだよ!
だから…感謝するぞユリス、後はただ滅びを待つのみと覚悟していた最後に、あの方々の御前で戦うなどという名誉を用意してくれてなぁ!」
そう感謝をしながら追い詰めていき、隙を作ったところでアーツスキル『チャージホーン』を無声で発動、ユリスは高速で迫ってくる鞭先を見て…2本の木刀でそれを払い落とした。
「……それがお前の本気というわけか…?」
ユリスの持つ才能が剣にあると思ったのか、ジラードは少し羨ましそうにしながら問いかける…が、その返答は予想外なものだった。
「いや、この形状の剣が近接では1番マシだというだけさ。
僕の種族を忘れたか?器用さに自信はあるから形にはなっているが、そもそも狐獣人のアビリティ傾向は武器術に向いていない…僕は紋章やスキルで無理矢理使えるレベルに引き上げているだけだ。まあ全てを試した訳ではないがな。
だが、種族的に得意なはずの魔法についても射出や遠隔発動の才が壊滅的だったからほとんど使えなかった。
一旦はそこで諦めかけたが、それでも何かあるはずだと色々試して判明した…
初期紋章で既に示されていたが、僕の才能は操作技術に特化していたんだ。そこから編み出した全力を出せる戦闘スタイルがこれだ…!」
そう語りながら腕を広げるように振るうと、宙に展開した収納の取出し口から剣、槍、斧、盾など様々な形状の木製武器達が落ちてくる。
その数総計30個、そしてすぐにそれらが全て宙に浮かんで…一斉にジラードへ向かって攻撃を仕掛けていった。
「はンっ…やはりとんでもないな、お前は。
だが、まだ負けるつもりはない!」
振り下ろし、刺突、薙ぎ払い…変幻自在な動きでジラードを翻弄していく武器たち。それらはそれぞれユリスと魔力の糸で繋がっており、当人が全て操作しているのだ。
ユリスのこの戦闘スタイルは言うなれば傀儡術士である。ミツバメの巣を回収するときに使用していた技術であり、その中軸をなしているのは人離れした量の並列操作だ。
ジラードも負けじと鞭を振るい、飛び交う武器を叩き落としているが、反撃としてユリスを狙った攻撃はことごとく盾で防がれてしまっている。
また、数発当てるだけで盾以外の武器は壊れるが、即補充される上に時折追加で矢や槍が飛んでくるものだから、なかなか反撃のタイミングも見出すことが出来ていない。
「これがあの者達の本気か…何とも凄まじいな」
「ユリスくんはやはりレベルが違うね。
いやまあ、あれに食らいつけているジラードくんも相当に凄いんだけど」
「あれはあの時と同じ…でも今の方がちょっと量が少ない…?」
「まだ増えるのかい…?」
「40個までは操っているのを見ています」
「ふむ…ならまだ変化があるという事だろう」
ジルバ、ディラン、レイラの3人が両者の本気に驚いている中、シャルティアはシエラに見守られながら複雑そうな顔で1人考え込んでいた。
「………ジラード・ベルクト…ね」
「ティア様…」
また膠着状態に陥るかと思われたその時、ユリスが動く。並列操作をしながらその手に持っている木刀を振るい始めたのだ。
流石のジラードも意表を突かれ、数発をもろに食らってしまう。
何とか左手の剣を使って立て直す事ができたものの、残りのHPは半分を切っている。
「ぐぅぅ…!くそっ…まだ、まだだ!」
「これでも決まらないか…しぶといな」
(そろそろあっちも含めて畳み掛けるか…)
「どうした?勢いが落ちてきているぞ!
…それにしてもさっきまでの発言は何だ?最後だ滅びだ何だのと、悲観的すぎて聞くに堪えん!」
「……なら…」
「ならなんだ?言い返す事があるなら言ってみろ!」
「それならばどうしたら良かったんだッ…!?
圧倒的に時間が足りない。どこでヨシュアに繋がるか分からないから頼れる人も居なかった。そんな状況下で俺は俺にできる最善を尽くしてきたんだッ!
…だが結果はこれだ。護りたかった人を悲しませ、その上あれだけの事件を起こしておいてのうのうと生きていられるはずがないだろう?
なあ教えてくれ…俺のやってきた事は間違いだったのか?俺はあの時どうすればよかったんだ…?」
ジラードは縋るようにしてユリスへ問いかける。
その様相を見ていた観客席の王族3人は苦々しげな表情をしている。
「そんな事知ったことか」
心が折れかかり縋るジラードを前にしてもあえてユリスは突き放す。
「僕自身大した人生を歩んできた訳では無いから、説得力があるかは分からんが…
何が正解かなんてその時その時で分かるはずもないし、後で分かったとしてもやり直すことは出来ん」
悠久もかつて己の行動によって親に捨てられたしまった過去を持つ。その記憶は転生しユリスとなった今でも根強く張り付いたままだ。
「確かに贖罪は必要だろう。だが、何故お前はさっきから人生の終わりの様に言うんだ?罪を贖ったからといって、すぐに人生の幕が降りるとは限らんだろう。
幸いお前はまだ即、死罪となるような甚大な被害を出していない。これまで間違った道を歩んでいたとしても再びスタートをし直すことならいつでも出来るんだ。途中からになってしまうがお前が望んだ道にいつかは合流することも出来るはずだ」
まるで自分にも言い聞かせているかのように言葉を紡ぎ出す。
「せっかくそこまで腕を磨いたんだ。これまでは寄り道だったと思って、これからその力で国のために尽くしていけばいい。
諦めることなく歩み続けて、その過程でお前個人として周囲から認められればいつか望みも叶う。ベルクト家の再興をしてもいい、新しく自分の家を興すのもいいだろう、上手くいけばその手で王族を守護する夢も叶うだろうさ。
…だから今は顔を上げて前に進め。
最初にも言ったが、わざわざトップを呼んでもらったのだから今後の人生のためにアピールするぐらいの気概でいてもらわんとな」
攻撃の手を止め、俯いていたジラードがゆっくりと顔を上げる。今までの沈んだ表情はどこに行ったのか、そこには力強さを感じさせる男が立っていた。
「…そうか…そうだな。
勝手に終わりだと決めつけて…後は滅びを待つだけなどと、これでは逃げているのと何も変わらない。
ははっ…俺とした事が演技のつもりでやっていた逃避がいつの間にか日常になってしまっていたとはな」
無意識にまで逃げる事が染み付いてしまったジラード。自覚した今、スキルの効果でその逃避も出来なくなったが今の彼にそんな事は関係ない。
これ以上逃げてたまるかと覚悟を示し、再び気合を入れて構える。
「いい顔になったじゃないか、ジラード。
もうひと押し、あの人達へのアピールを手伝ってやろう……さあ、クライマックスといこうか!
お前の覚悟、見せてやれ!」
言葉を放つと同時に先程と同じように攻めていく。が、しっかりと前を見据えたジラードは一味違っていた。
「っらぁ!そらそらどうしたユリス!
さっきよりも遅くなっているぞ!」
(お前の反応速度が上がってるんだっての…!
この速度だと補充が間に合わなくなるか…ちっ、やっぱりまともな装備がないとこのスタイルは厳しいな…だが負ける気はない…!)
このままでは負けると悟ったユリスは手に持っていた木刀を仕舞い、代わりに1本の金属製のナイフを取り出す。
そして前に突き出すようにして構えると炎が周囲に渦巻き始める。即効性は全く無く、まるで何かの準備をしているかのようである。
「あれ?さっき魔法は使えないって言ってませんでしたっけ?」
「確かにそう言っていたよねー…ってことは魔術なのかな?でも魔術ってあまり見たことないんだけど、あんなに準備が必要なものだっけ?」
シエラの言う通り、本来は魔術は即効性と隠密性がメリットの技術だ。それを捨ててまで目の前で準備をしているのだから、相応に威力が高いか難度が高いか。答えはすぐに分かることだろう。
ユリスの周囲に発生した炎全てがナイフの周りに渦を巻くように集まっている。
その間も物質操作による波状攻撃は続いているため、危機感を感じているジラードもなかなか邪魔をすることが出来ていないでいる。
「これはとある神話に登場する焼滅の魔剣を再現した魔術だ……いくぞ!」
「負けるかぁ!『スティンガー』」
「『レーヴァテイン』!」
やがて完成した魔術は万物を焼滅させるという伝説上の焔剣であり、ナイフの刀身を延長させるように形成されていた。
負けじと鞭を槍のように突き出すアーツで一点突破を狙うジラード。
だが、ユリスの方が早かった。焔剣をジラードに向かって真っ直ぐ振り下ろすと…まるで斬閃がどこまでも延長しているかように焔剣の向いた先にあるものが全て切り裂かれて…いや、消えて無くなる。
ユリスの前面に展開していた武器もほぼ全て焼き切られ、遮るものが何も無い一筋の道が出来上がっていた。
もちろん武器に囲まれていたジラードも無事でいられるはずもなく、残りのHPが全損してステージの外に弾き出された姿がそこにあった。




