45話 ダンジョンガチャ その1
放課後のダンジョン広場…
そこには列に並びながら真剣に9枚のメダルを選ぶレイラとそれを見守るユリスの姿があった。
昨日の話し合いで交互に好きなメダルでダンジョンを作って探索する事になり、初めはレイラの番になったのだ。
全く見当がつかず、選びきれないレイラは結局何も見ずにメダルを選んで重ねていき、その順番を並び替えている。
上から順番に嵌めていくつもりのようなので、全く予想のつかないダンジョンが出来上がることだろう。
そして遂に順番が回ってくる。
今回使用したメダルとその並びは
2強化、3棒、4石、5円、6色、7高位、8箱、9魔、10魔
である。
レイラがメダルを嵌め、出来上がったゲートを潜っていくと…
「うわぁ…なんか目が痛い」
「綺麗?…ですね」
予想外の光景にレイラの感想も疑問系になってしまっている。
そこは色とりどりの石ころが散乱している色彩豊かな洞窟であった。
「この石全体が色付き…な訳ないか。
表面だけみたいだ」
「表面だけでも色によってはいい感じですよ?
気に入った色があったら持って帰って飾るのもいいかもしれません」
ユリスが近くにあった石を割るが、色が付いていたのは表面だけで中は普通の石であった。一応素材ではあるようなのだが、表面にだけ色がある石に一体どんな用途を見出せというのだろうか。
ここで時間をかけるわけにもいかないと先へ進んでいく2人だが、道中ではやたらとスライムに遭遇する。というかスライム以外の魔物を見かけていない。
「スライムばっかりですね」
「そうだね。しかしスライムまで色付きとは」
しかも、このダンジョンでは石だけでなく出てきたスライムまで様々な色付きだったのだ。
ドロップ品はスライムパウダー(各色)、用途は食用着色料である。
(い、いらない…
店を開く予定もないから映える料理なんて作る必要もないし)
一応回収はしていたが、不良在庫になりそうな事請け合いである。
スライムの強さ自体は大したことなく、特筆する成果もなくボス部屋へ到着。
昨日の話し合いでボスの攻略法が判る場合は教えると決まったので、ユリスは素早くボスの正体を確認する。
中にいたのは角丸の立方体型スライム8体だった。
「あー…スクラムくんか…
こいつは攻撃方法が真っ直ぐ突進してくるだけだから、よく見て避ける事。
範囲は特殊だけど気を付けていれば大丈夫」
「範囲?」
レイラが疑問を浮かべている間にスライム達はピョンピョン跳ねながら近くのスライムとくっついていく。
そして、8体全てがくっついた時にできた形状は前から3、3、2体の3列に並んだ形だった。
すると、スライム達はその状態のまま勢いよく突進し、壁に激突すると同時に8体に分解してしまう。
正式な名前はスクエアスライムだが、初手に必ずラグビーのスクラムのような配置で突進してくるためユリスはそう略しているのである。
「まあ、こんな流れを繰り返す魔物だね。分かれた直後が攻撃チャンスだ。
それと8体で1つの魔物だから最後まで数が減ることはない。
あまり欲張って攻撃していると逃げ道がなくなるから気をつけて」
「は、はい」
見たほうが理解しやすいという事で初回はユリスが抱えて一緒に避けていた。
再びのお姫様抱っこにレイラの内心は嬉し恥ずかしといった感じであるが、すぐにボス戦だと切り替えてスライムに目を向ける。
今度はV字、次は波型、その次は×印など結構バリエーションが豊富であり、本来であれば突進を避けようとすると苦戦する人が多い魔物である。
しかし、遠距離メインで戦うレイラにとっては避ける時間が十分にあるので大した相手ではなかった。いい的になると言って一度の発動で複数にそれぞれ命中させる練習をしているような状態である。
難なく撃破した2人が手にした戦利品は赤色石、青色石、緑色石という顔料に使える各色石であった。
カラフルスライムダンジョンを後にしたところで次はユリスの番だ。
ユリスはこれまででとにかく魔物に手応えがない事に不満を感じていた。基本的に体を動かして戦うのが好きな男であるため、狙うのは全体的に魔物が強化されたダンジョンである。
そうして選んだメダルの配置は
2広、3舞台、4部屋、5食料、6上質、7鉱石、8強化、9統率、10獣
アイテムに影響する5、6、7に配置されているメダルからユリスが今欲しているものが丸分かりだ。
強化ダンジョンを狙いはしているが、所詮は下級なのでどちらかと言えば物量で連携して攻めてくるタイプを狙って選んでいる。
そうして出来上がったダンジョンは入っただけでは変化が感じられないタイプだ。
奥に少し進んだところで、少し開けた場所に出る。
そこで2人が見たものは二本足で立つ大きめの子犬の様な魔物5匹が銘銘に寛いでいる光景だった。
「コボルトでしょうか?
ほとんどゴブリンと同じ性能だと言われていますが…なんか可愛いですね」
「攻撃しづらいな…
というかこっちに気付いてないの…!!」
戸惑いながら2人が部屋に足を踏み入れると…
入口と出口にそれぞれ大きな岩が落ちてきて、部屋に閉じ込められた状態になってしまった。
その音でコボルト?達も戦闘態勢に入り、1箇所に集合する。
(そういう仕掛けかっ!?
いや、ボス部屋にもあったし定番っちゃ定番だけども!)
何気にこれまでのダンジョン生活も含めて、道中で罠っぽい仕掛けに遭遇したのは初である。
予想外の仕掛けに驚きはしたが、相手は所詮見た目以外ゴブリンと同じと言われるコボルト?だ。
やたらと可愛い以外だと棍棒を持っている個体も居る程度だったのでサクサクと倒していき、最後の一体を仕留めたところで岩が消えて通路が見えるようになった。
実のところ2人はコボルトだと思っているがただのコボルトではない。普通のコボルトよりも小さく可愛い見た目のコボルトパピーという別種の魔物だ。強さ自体は変わらないがその見た目からして戦いやすさは人によって評価が分かれることだろう。
「ちょっとこの展開は予想外だったね」
「ええ、私も思わず慌ててしまいました。
相手がコボルトでよかったですね」
「さてドロップは、骨と…干し肉かこれ?」
鑑定で出た名前は『ナゾの骨』と『ナゾ肉ジャーキー』と何とも怪しい名前のアイテムである。
両方とも食材でありコボルトがおやつとして持っている設定のアイテムだ。
「ナゾの骨と肉ね…食べるのに勇気が入りそうな名前だな」
「えっ…両方とも食用なんですか…?
しかも謎って、まさか…」
「いや、“ナゾ”って名前の生き物の肉と骨みたいだ。
間違ってもさっきのコボルトの肉じゃないからね」
「ほっ…それはよかったです。
でもナゾですか。聞いたことありませんし、魔物なんでしょうか?」
「みたいだけど、どんな魔物かはちょっと分からないな。まあ、味はいいみたいだから帰ったらなんか作ってみよう」
流石にそのままかじる勇気はなかったのか、ユリスは寮で調理してから食べてみる事にしたようだ。
そして先へ向かう通路を進んでいく2人だが、一向に魔物と遭遇しない。
(通路に雑魚敵が居ないな…
もしかして、その代わりにさっきみたいな部屋に集結しているのか?
そう考えると結構使えそうなレシピだな)
そう思い至ったユリスは少し警戒を緩めて歩くスピードを上げることにする。そして、やはり道中何にも遭遇せずに次の部屋にたどり着くが、居たのは先程と同じくコボルトパピーである。どうやら1階層目はコボルトパピーのみの階層だったようだ。
変化が現れたのは次の階層の部屋。
(外から見ると一見何も居なさそうだが…上に居るな。)
ユリスは天井から気配を感じ、レイラに注意する様伝える。そうして部屋に入り、通路が閉ざされると同時に小さな生き物の群れが天井から飛来してくる。
「多いなっ!?こいつら…鳥か!?」
「ユリスさん、何ですかこの魔物!?
攻撃を全部躱されるんですけど!」
上から襲来してきたのは全長10cm程度の小さな鳥の群れである。その動きはホバリングに急制動など、トンボなどの虫の動きに近いだろう。そんな動きに翻弄されている上、スピード自体もかなり速いためにパンチや蹴りで対応しているユリスですら攻撃をうまく当てる事が出来ていない。
(そういえば鑑定してなかったな…って『ミツバメ』か!まじかこのダンジョンめっちゃ当たりじゃないか!
ミツバメって事は耐久はかなり低いはずだから、当てることさえ出来れば威力が低くても問題ないはず!)
「とりあえず射出型や近接攻撃は避けられる!
弱点が分かるまで座標発生型で対応!」
「分かりました!」
ユリスは大体の魔物は名称を見ただけで特徴などは鑑定結果よりも詳細な内容が分かる。しかし考案したのは名称や生態だけなので、自分が関与していない外見や身体構造上の弱点などは分からないのだ。
何故かテンションが上がっているユリスの指示を受けてレイラは特定座標に火球を発生させて維持するというトラップ型の魔術に切り替える。
すると先ほどよりも効果は出たようだが、一回の発動で数匹を倒せる程度で、まだ周囲に100匹以上はいるだろうミツバメには焼け石に水である。
ユリスの方はスピードで勝ったのか偶然なのか、時々攻撃がクリーンヒットする様になっていた。
(なんかたまに当たるようになったな…初めの方と変えた事といえば手刀に変えた事くらいだが何で…だ!
…!!なるほど、これが弱点か!)
ユリスが蹴り上げをした時、その軌道上に居た3匹全てにクリーンヒットした。
どうやら真下からの攻撃には反応できないようだ。
「レイラ!こいつら真下からの攻撃には反応しない!
ピラー系に変えろ!」
「くっ…はい!『フレイムピラー』!」
効果はあったが設置型だと思うように当たらず、苦戦していたレイラであったが、地面から火柱を上げる魔法に変えた途端に真っ黒だった視界がどんどん開けていく。
弱点を看破したユリスの周辺も黒が薄くなっている。どうやら、途中で火属性の魔纒で攻撃範囲を広げる事が出来るのを思い出し、結局見つけた弱点をつかずに倒していったようだ。
そしてようやく最後の1匹を仕留め、戦いが終わると思わず2人共座り込んでしまう。
「なんかどっと疲れが…」
「大変でした…
倒し方が分かってからは楽だったのですが」
「そうだね、まあ良い経験にはなっただろう。
こういった相手の弱点を探るためにもいろんな攻撃手段が必要だと。
そして戦利品は…よし、期待通り!」
ユリスが手にしていたのは透明な羽が数枚入っている瓶であった。
蓋を開け、羽を1つ口に含むとレイラにも差し出す。食べてみろと言っているようだ。
レイラが恐る恐る口に含むと、疲労困憊だといった表情がみるみるうちにぱあぁっと笑顔へ変化していく。
ミツバメの羽や巣の透明な部分は固化した蜜でできている。つまり、2人が今口に含んでいるのは言わば飴なのだ。
そしてこの『ミツバメの蜜羽』はそのまま、『ミツバメの蜜巣』は精製すれば砂糖の代わりとして使える。
前世から甘いものに目がないユリスにとっては十数年ぶりの甘味であり、戦闘の途中からもう気になってしょうがなかったのだ。
ちなみにサラの残した食材には果物はあるが、砂糖や蜂蜜などの甘味はない。そしてこの世界の甘味の代表は果物である。甘味がドロップする神造ダンジョンもあるにはあるのだが、輸送技術が低いために領外に出回る事がない。その上、そのダンジョンは上級かつ出現する魔物から取得できる経験値が下級レベルに低いという特徴があるせいで初めの階層でしか活動できておらず、あまり美味しいとは言えない甘味しか認識されていないのだ。
「ユリスさん…!まだたくさん落ちてますよ!
全部持って帰りましょう!」
「もちろんだ!
だけど…まだ確かめる事があるから悪いけど集めておいて貰える?」
そう言って天井を見上げる。
そこには目を凝らさないと分からないが、キラキラと光る結晶の様なものが吊り下がっていた。
ミツバメの蜜巣である。
もちろんユリスがそれを見逃すわけもなく、どうやって回収しようかと思案している状態だ。
(やっぱこれしか方法が無いか…あの高さまで届くかなぁ?)
そうしてユリスは地面に魔力を流し鋏の様な物体を作り出す。刃に鋭さが全くないため、どちらかといえばペンチに近いだろう。
そのペンチを天井まで操作して巣を根本から折って回収するつもりのようだ。
ユリスが使用しているのは操作である。このスキルに内包されている技術『物質操作』で魔力を浸透させた物質の形状と動きを操作しているのだ。実技試験で使用したのもこのスキルである。
操作対象と自分を常に魔力で繋げていないといけない上、距離が離れるほど維持や操作がしづらくなるため距離的に大丈夫かと心配していたユリスだが、結果的にはなんら問題なかった。
そしてレイラはその様子からユリスの力の根幹をなす技の一端を垣間見る。
「え……何この数…!?
まさかこれ全部把握して同時に動かしているの?」
なんとユリスはこのペンチを40個同時に操作していたのだ。
本来の限界はまだまだ上であるが、そこまでいくと操作以外に思考を割かない事が前提である。ちなみに、ユリス自身が戦闘などで自由に動こうとするマルチタスクの限界数がこの程度といえる。
この男、操作に専念出来ているとはいえ甘味のために本気を出しているらしい。
根こそぎ回収したユリス達はご機嫌な様子で先を進み、何度かのミツバメ退治と蜜回収をバッチリとしてから階層を下って行く。
しかし、その後は先の2戦ような強い衝撃を受ける事はなかった。
3階層はバルーンモウという体の各パーツが風船のように丸く弾力のある牛、4階層はリッチダクという大きなカルガモ親子だ。
どちらも5体しかいなかった上に、バルーンモウは各パーツを分裂させる、リッチダクは親と子の残った方が強化されるという能力を持つ。下級ダンジョンのレベルだとそもそもの個体が弱いが故に脅威にならないといった様な能力だったので、全くと言って苦戦しなかった。
もしこれが上の等級であったならば、かなりの苦戦が強いられただろう。
ドロップはバルーンモウが発泡成分入の生クリーム『バルクリーム(瓶詰)』、リッチダクが濃厚な巨大卵『リッチエッグ』という食材だった。
そう、5時の位置に配置した食料のメダルがユリスの願望通りにとてもいい仕事をしているのだ。
「なんかドロップが食材ばかりですね?
帰ったらシエラ師匠に調理法を教わらないと」
「食料のメダルがかなり効いているみたいだね。
今後もお世話になりそうだ」
(にしても蜜に生クリームに卵か…プリンでも作れってことか?やってはみるが、バルクリームがどう影響するか不安だな…
ただ、小麦粉を買ってくれば焼き菓子も出来そうだし、一気に食生活が豊かになるぞ…!)
そんなことを考えながら歩いているとボス部屋の前に到着する。
今回のボスは何だろうかと期待しつつ扉を開けると…9匹のウルフが2人を出迎える。
見るからにリーダーっぽい大きなウルフのひと鳴きで、部下らしきウルフが4匹ずつ2手に分かれて向かって来る。
「奥にいるのがコマンダーウルフでこっちに来ているのがスクワドウルフだ。
連携がうまいのとどっちか残った方が強化される…注意点はそのくらいかな。
ぶっちゃけると単体だとそんなに強くない」
「ボスなのに弱いんですか…」
「まあ連携は結構厄介なはずだから、慣れないうちは攻撃のタイミングが分からなくて苦戦すると思うよ?」
そうしてボス戦が始まるがレイラはユリスの言葉通り苦戦していた。連携が巧みで全て避けようとすると大きく動かなくてはならないのだ。そのため、回避にリソースを割かざるを得ず、結果として手数が減ってしまってなかなか思うようにダメージを稼げない。
しかし、ユリスが自分のところの個体をさっさと片付けてしまい、スクワドウルフが残り3体になったところで全員後退。コマンダーと一緒に行動し始める。
手強くなったかに思われたが、ユリス側も合流して前後衛の役割分担ができるようになったために結局はあっさりと勝利してしまうのであった。
途中、スクワドを全滅させた際にコマンダーが赤いオーラを纏って強化されるという一幕があったが、元が司令官タイプのため戦闘力は高くなく、苦戦なんか起こるはずもなかった。
結局のところ、このダンジョンで最も苦戦したのはミツバメだったと言えよう。