37話 特待生寮の同居人
ユリスとレイラが広場に戻って来た時、そこには既に寛いでいるルイスとエリーゼの姿があった。
もう一つの班はいるのかと周囲の状況把握に努めていた2人にミランダが探索の成果を尋ねる。
「戻って来たな。
ユリス、フォーグランド、お前達はどこまで探索できた?」
「どこまで…ですか?
確か階段を4回降りた先の扉を開けて、そこにいたゴブリン4体を倒したところで帰還の装置が出て来たので、そこで戻って来ました」
「道中の成果はゴブリン23体、スライム28体を討伐。
宝箱らしき木箱を1つ発見といったところです。
ドロップアイテムなども報告しますか?」
レイラの内容ににユリスが付け加える形で報告をする。
どうやらそこまで詳細な内容が返ってくるとは思っていなかったようで、ミランダは感心した様子で報告を聞いていた。
「いや、そこまではいいさ。
にしてもそこまで探索した上でこの時間とはね。やっぱり今年の1年は豊作だ」
豊作と言うからにはルイス達も相応の成果を上げていたのだろう。ユリス達よりも後に入った筈なのに終わっている上、寛ぐほどの時間があるとなると結構な早さだったのだと想像できる。ルイス達の方が早かったのはユリス達が探索開始する前にお話をしていたかつ修行だなんだと戦闘にも時間をかけていたせいでもあるが。
残るは3人娘の班だけだが…とちょうどミランダが装置に目を向けたところで装置の周りにゲートが出現し、3人が雪崩れ込んでくる。
かと思ったら、すぐにワイワイと騒ぎ出してしまった。
「いったぁ〜い!
ちょっとぉ〜、何で押すのよぉ〜!」
「あなたが先頭を陣取っておきながらさっさと行かないからですわ!」
「がるる…後ろ、つっかえてた」
「だからってさぁ〜
あんなに強く押すことないでしょ〜もぉ〜」
「あんたら、戯れ合うのはそこまでにしな。今はオリエンテーションとはいえ授業中なんだ。教師の前に戻って来たからにはそれなりの態度ってもんがあるだろう?」
放っておくといつまでもおしゃべりをしていると判断したのだろう。ミランダが無理やり割り込んで報告を促す。
どうやら3人もゴブリン4体のところまで行けたようだ。ただ、道中で迷ってしまったという割には魔物ともそこまで遭遇せず、特筆した成果はなかったとのことだった。
「よし!今年の特待生は特に優秀なようだね。今後の成長が楽しみだよ。
それじゃあ、午前の授業はこれで終わりだ。午後からは第1アリーナに戻って順位決定戦を行う」
この学園では入学後の実技は総合力でのみ成績をつける事になっている。その方法の1つが順位決定戦であり、同じカテゴリの生徒で模擬戦をして順位を決めるというものである。ここでいうカテゴリとは特待生の種別と一般生のクラスが該当する。
ほぼクラス内行事とされているのになぜカテゴリ分けなのかというと、既に卒業が確定している第1種の生徒を省くためである。
1種の生徒が勝っても何の得も無いが、それ以外の生徒にとっては成績が下がるので大問題なのだ。それが理由で1種は別カテゴリとされ、特待カテゴリ2位までの生徒が挑めるとだけ決められている。
「既に第3種の奴らが第2アリーナでやってるから時間までなら観に行ってもいい。だが1時からスタートするのでそれには遅れないように。
ああ、できればこの間に互いに自己紹介しておきなよ」
ミランダはそう言い残して去っていった。
残された者達は顔を見合わせてお互いの様子を窺っていたが、1人の人間の女の子が我慢の限界と膠着を破る。
「ああもう!こうしていても時間の無駄ですわ!
わたくしから始めると致しましょう。
わたくしの名前はカミラ・グレイズですわ!
人間族で普段はクロスボウで後衛を担っておりますの。それと一応光魔法も使えますわ。
次はサミュでそこから順番に紹介で宜しいですわね?」
「は〜い。わたしは〜、サミュ・フロウルで〜す♪
兎獣人で蹴りがメインの前衛ですね〜
あ、風属性の魔法戦闘で戦いますよ〜」
「アーリア・ルッツ。狼…あっ…がおー
戦闘は短剣2本でズババッてやる」
どうやら3人娘は全員貴族令嬢だったようだ。
カミラはスレンダーな体型、肩くらいでウェーブのかかった茶髪の人間で口調も含めてザ・お嬢様といった感じ。
サミュはとても同級生とは思えないほどメリハリのあるスタイルの持ち主で、薄い青緑の毛色を持つ兎獣人で間延びする話し方が特徴だ。また名乗りの時に顔の近くでピースをするなどちょくちょくポージングを入れてくる。
アーリアはユリスやレイラと同じくらい背が低い、白い毛色の狼獣人である。癖なのか擬音を多用する上に声のトーンが基本的に平坦で短文。そしてなぜか話の途中で思い出したかのように鳴き声(?)を入れてくるという不思議な話し方をする。
3人の自己紹介を受けて、初対面組はどこなく戸惑っているような雰囲気だ。
「…濃っ……ああ、次は俺だな!
俺の名前はルイス。今は盾と短槍で前衛をしている。
宜しくな!」
「アタシはエリーゼよ。
後衛で火と風の魔法を使うわ。
あと、ルイスとはただの幼馴染だからそこんとこ宜しく」
ルイスは高身長の金髪というイケメンだ。
全身が隠れるくらい大きな盾と短槍を使っているようだが、何故か背中には長剣も背負っている。
エリーゼは杖持ちの完全な魔法職のようだ。
そして誰も聞いていないのに、ルイスの方をチラチラと見ながらわざわざ幼馴染だと強調している辺り、本当は気になっているのがバレバレである。
実際、3人娘はそれを嗅ぎつけてロックオンしたようだ。
「次は僕か。
名前はユリスで、狐獣人だよ。
戦闘は…物理系は色々出来るけど最近は格闘が多いかな。魔法はほとんど使わない。スキルで真似事は出来るしそっちは多用してるけど…
それと、どうせ後で分かるから言うけど第1種ね」
周囲の様子を窺うと、驚いているのはエリーゼだけでルイスは分かっていたようだ。3人娘もやっぱりといった表情で納得をしていた。
実技試験の時に一緒の控室にいた3人でもあるため、目立っていたユリスの実力の高さは理解していたのだろう。
「では最後に私ですね。
名前はレイラ・フォーグランドと申します。
狐獣人で基本的には火魔法の後衛ですね。一応嗜みとして杖やナイフでの近接も習っております。
それと…ユリスさんとは婚約者になる予定です」
簡単に終わると思ったらレイラが爆弾をぶっ込んでくるというまさかの事態が発生。当然他の女子達からは黄色い声が上がり、今にも詳細を聞き出したくて堪らないといった様子である。
(レイラよ、なぜこの場面でそれを言った!?
これじゃあ、収拾がつかんぞ…とりあえず話を逸らすしか無いか)
「はあ…とりあえずその話は後でして貰える?昼食の時間もあるし…ってそうだ。
寮に1人メイドがいるけど僕の使用人って事で部外者では無いから気にしないでおいて」
「あら、使用人が居るのですか?
そういえば第1種の説明にそんな項目がありましたわね。それにしてもユリスさんって貴族ですの?」
「いや、貴族では無いよ。
その人も元々知り合いだったのが使用人でいいからといってついて来ただけだね」
「なあ、ユリス。その知り合いってあん時の人か?」
「ああそうだよ」
「そうか、それなら納得だ!
側から見てても明らかに過保護だったからな」
自己紹介は無事に終わったものの、結局は各自で昼食をとることになり、この場は解散となる。
ルイスはエリーゼに何やら問い詰められながら食堂に向かっていったが、3人娘はそれぞれの知り合いが2組にいるそうで、軽食を買って見学に行くとのこと。
ちなみに、ユリスとレイラは寮に戻って昼食をとってから見学に行く予定だ。ただ、シエラとも昨日から話していないので見学に行く時間が残るかは不明である。
「ただいまー」
「ええと、おじゃまします」
「あ!ユーくんおかえり!…えい!レイラちゃんもいらっしゃーい。
2人とも昼食はできてるよ!っていってもサンドイッチだけどね」
シエラは横を通り抜けようとするユリスに抱きつきながらレイラを出迎える。
事前にレイラが来ることは言っていなかったはずだが、そんな事はお見通しのようでしっかりと3人分用意されていた。
シエラの様子も問題ない(むしろ少しテンションが高めかもしれない)ことを確認できたユリスは普段通りに振る舞うことにする。
昼食を食べ終わり、帰ったら他の寮生に紹介するかもしれないことを伝えてからアリーナへ向かう。その道中で昼食を食べてから黙ったままだったレイラの様子を窺うと、なにやら思い詰めているようであった。
「レイラ、さっきからどうしたの?」
「……え?すみません、何でしょうか?」
「本当に大丈夫か…?
何か気になることでもあるのかと聞いたんだけど」
「ああ、すみません。
先ほどの昼食がとても美味しかったものですから。
ただのサンドイッチでもこうも違うのかと…」
(ああ、シエラの腕に敗北感を感じていたのか…)
どうやら、レイラは朝食にサンドイッチを自分で作って食べていたらしい。それで余計にシエラとの差が明確に分かってしまい打ちひしがれていたという事のようだ。
そもそもレイラは家事の中でも料理だけが特に苦手らしく、寮暮らしで自炊をする可能性を考えて猛特訓をして来たのだそう。それだけ頑張っても、出来たのは食べられなくは無いが美味しくもないというレベル。
そんな背景があったため、ユリスの婚約者候補という同じ立場のシエラに劣等感を感じてしまっていたのだろう。
「まあ、そこまで気にし過ぎることはないだろうさ。
シエラの料理の腕は王都でも勝てる人が数人居るかどうかってレベルだからね。
それに年齢も違うんだ。気になるならこれから腕を磨いていけばいいじゃないか。なんならシエラから技を盗むくらいの気でいた方がいいんじゃない?」
「そう…ですね。私、これからも頑張ります!
手始めにシエラさんを師匠として教えを請うことにしましょう」
ユリスの励ましにレイラはなんとか気を持ち直したようだ。シエラには申し訳ないが、レイラの心の安定のためにも頑張ってもらおうとユリスは丸投げするつもりだ。
(帰ったら変な風に拗れる前に話を通しておこう)
そう考えながら歩いていたユリスは段々と近づいて来ていたアリーナから聞こえる歓声や応援の声に気づく。
応援は3人娘のもののようだが、あまりに熱が入っていたため、知り合いでも戦っているのだろうかと2人で推理しながら観客席に上がる。
(…なるほど、どうやらあいつは相当に嫌われているらしい)
ユリスの目に入ってきたものはジラードに対して優勢に戦う黒毛の猫獣人の姿だった。応援はもちろん猫獣人に対してものだ。数人はジラードを応援しているが、それらはただの取り巻きでご機嫌取りのためにやっているのだろう。表情に恐怖が浮かんでいながらも必死に声をあげている。
試合の方はとステージへ目を向けると猫獣人の連撃をジラードが必死に剣で防いでいる姿が続いている。が、ついに捌ききれなくなったジラードが体勢を崩してしまう。
好機と見た猫獣人が体を回転させて遠心力をつけた一撃を繰り出そうとする。が、何故かジラードに背を向けた瞬間に膝から崩れ落ちてしまう。
観客席が悲鳴に包まれる中、ジラードは素早く立て直して渾身の一撃を振り下ろす。元々猫獣人の方は防御力が低かったのか、その一撃で勝敗が決まってしまった。
(今のは何だ…?
直前までは重心も安定していたし、あの体勢から崩れるのは不自然だ。ジラードが何か攻撃をしたようには見えなかったから膝裏に衝撃が来て曲がったということもないだろう。
気になるのは、何かジラードが呟いていたようにも見えた事くらいか…?)
「…今のカクンって何?グランらしくない」
「本当ですわ!あんな大事な場面で足がもつれるなんて!
もう少しであの男に一泡吹かせられましたのに!」
「でも〜
なんか、変な感じだったよね〜
ていうか〜このままだとあれが優勝しちゃうなぁ〜」
「わふわふ…まだ2人残ってる」
「う〜ん…あの動きを見た感じだとね〜
リュートくんはちょっと厳しいと思うの〜」
「確かに思っていたよりは動けていましたものね…
でも、ファーレンならやってくれますわ!」
結果としては3人が言っていたであろう者達も含め、全てジラードに負けてしまった。
もう1人だけ善戦していた藍色髪の人間がいたが、追撃しようとしてガントレットをつけた腕を振り上げたところ、踏み込んだ足が横に滑って転ぶというやはり不自然な動きによる幕引きだった。
「ユリスさん、お願いがあるのですが」
「ん?何?」
「私と今後もパーティーを組んでもらえませんか?
そして、先程のボス戦の時のように私に修行をつけて欲しいのです」
「それは構わないけど…急にどうしたの?」
「…ジラードの動きが前と比べると別人です。
あの成長速度を考えると私もうかうかしていられません。私の方が弱くなったなんて状況に陥ったら何を要求されることか分かったものではありませんので」
「…そうか。なら基本的にパーティーは2人で固定にしておこう。修行内容とかで見られたくないものもあるし。
だけど、臨時で誘われた時とか他の人とパーティー組みたい時は無理に断る必要はないよ。その時は自由行動って事で」
そうして今後も2人でパーティーを組むことが決定した。
ユリスは早速レイラをどういう方向で育てていくか楽しそうに考えているようで、もはや模擬戦の結果などそっちのけである。
そんなこんなで集合時間が近づいてきたため、ユリス達はあーだこーだと文句を言い合っている3人娘に声をかけてからアリーナを出ていった。残された3人もどこか腑に落ちない気分になりながらも、しぶしぶ第1アリーナへ向かっていくのであった。