26話 図書室と魔本
「ちょっと熱くなっちゃったわね。
シャルティア様が悩まされているからつい…ね。
もう陽も落ちてるし、夕食にしましょうか」
「ん、分かった。
シエラ、教えてくれてありがとう」
そして夕飯を食べ終わり、8時を過ぎたところで2人は図書室へ向かっていく。
当然、内宮に来るときにしていたように手を繋ぎながらの移動である。
途中、メイドや執事、巡回している衛兵なんかとすれ違ったが誰にも気づかれることなく図書室までたどり着くことができた。
「それじゃあ鍵を開けるわね」
シエラは小声でそう言うと図書室の扉を開け、中へ入っていった。
そしてユリスが合図をすると扉を閉め、内側から鍵を閉めてしまった。
「これで、他の人は入ってこれないと思うからもうスキルを解いてもいいよ」
許可を受けたユリスはすぐに隠密を解く。
「それじゃあ、私はここで待ってるから好きに見てきてね。
何かわからないことがあったり、寂しくなったらいつでも呼んでくれていいからね」
「はいはい、それじゃあ後でね」
「やっぱりユーくん、慣れてきたのか返しが自然と雑になってきてるなぁ…
まあそれ自体は嬉しいから問題ないんだけど、2人っきりの密室にしたのに全く反応すらしないなんて…いざという時に落とせるのかなぁ?」
(さて、思っていたより遥かに広いぞこの図書室。
どんな本があるか…とりあえずは端から見ていくか)
どんな本が置いてあるかが気になってシエラの呟きなど全く気づいていないユリスであった。
(おっ…これは、サラが言っていた魔法書って奴か?
いや違うな、これは空想上の魔法を大真面目に考察してる本みたいだな。異世界のファンタジー本ってやつか?
だけど…なんかものによっては再現できそうだな。面白そうだし借りていこう。
後は、各ダンジョンの攻略記とか神話なんかも面白そうだな。あっ、食材図鑑もあるじゃないか。これは持っていこう。
…ん?なんだ今の感覚…この本か?)
気になる本を片っ端から選んでいると、ふと気を惹かれる本があることに気づく。
背表紙には何も書いていない上に表紙には知らない文字のような図形が散りばめられるように描かれており、ちらっと見ただけでは何の本かは読み取ることは出来ない。
(これは…なんの本だ?
著者は読めないし、中身もほとんど読めない…なんだこの本。でもなんか気になるんだよなぁ…うーん鑑定か?
ああ…そういうことか。持っていこう)
が、読めなくても鑑定により名称を確認するくらいは可能である。そうして読み取った本の題名はこれだった。
―――
【名前】魔本『ダンジョン構築盤の解析録』
【効果】
付与効果:使用者登録認証、鑑定阻害
【詳細】
内部構造や魔導回路、各メダルの置く場所の意味などダンジョン構築盤の構造や性能を解析した記録。
付与により使用者認証機能が搭載されており、閲覧するには正式な手順に則った登録が必要。
留め具に魔力を流すことで登録機能が起動する。
著者:サラ・フローウェン
管理者:サラ・フローウェン
使用者:サラ・フローウェン
―――
サラの自室に同様の本はいくつもあり、修行時に認証登録から自分でおこなって読んでいたのだ。
こういった登録型の魔道具には管理者や使用者の魔力が少量残るため、魔力感知ができるユリスは懐かしさを感じて気になったのだろう。
ちなみに鑑定阻害の機能が付与されているが、ユリスが持っているのは最大技能の鑑定である。鑑定のエクストラ技能は『解析』、これにより阻害するものを無視して鑑定する事が可能なため、今回は鑑定阻害の付与効果は機能していない。
「ユーくん、おかえりなさい。
面白そうな本は見つかった?」
「ああ、バッチリだよ。予想外の収穫もあったし。
早速戻ろっか。そういやこの本って収納にしまっていいの?」
「あ、ちょっと待ってね、今メモするから。そうしたらしまっていいよ。
…あれ?この本ってなんて読むの?」
「ああ、それは魔道具の一種で登録しないと読めないようになっているみたいなんだ。
それに鑑定も阻害されてるみたいだから戻ってから登録して読んでみようかなって」
「ふーん…何でそんな物がここに有るのかは分からないけど、正式な記録に残すわけじゃないし別にいっか。…うん、メモはしたからしまっていいよ。
終わったら鍵開けて部屋に戻るからね」
「了解〜」
何事もなく図書館から部屋へ戻ったユリスは早速机の上に本を置いていき、シエラはメモを見ながら全て出したかを確認している。
「うん、おーけーだよ。
今日はもう遅いし私は部屋に戻るね。
ユーくんもあんまり遅くまで起きてたらだめだよ?」
「分かってるよ、読むのは明日にするから。
それじゃあおやすみ」
「うん、おやすみなさーい」
シエラが出ていったところで、例の魔本の使用者登録だけ済ませてから眠りについた。
翌日…
持ってきた本の大半は暇つぶしの娯楽目的だったため、早速魔本を読み進めていく。
どうやら内容は研究日誌だったためか半分以上が成果とは言えないただの記録であり、それ以外にも愚痴や文句が多く綴られていた。
最終的な成果については、構築盤の構造はシンプルなため簡単に分かったが、魔導回路については複雑すぎて回路は再現できてもそれに耐えうる素材がこの世界に存在しない可能性が高いということが分かったそうだ。
ちなみに、既にある構築盤から魔導盤を取り出して再利用しようとしたが、溶かしたり回路を書き換えたりすることができずに断念したという。
もう1つ分かった要素としては、構築盤に嵌めるメダルの窪みには司る意味があるとのこと。
その窪みが司る内容のみに影響するわけではないが、狙っているダンジョンの目安にはなるため覚えておいて損はないだろうとのこと。
その効果は時計に照らして以下のように説明されていた。
11、12、1時の箇所はベースの紋章がありメダルが嵌まらない
2はボス部屋の形態
3はダンジョン全体のコンセプト
4は道中の形態
5は道中で手に入るアイテム
6はダンジョンで手に入るアイテムのコンセプト
7はボスドロップやボス部屋の宝箱
8はボスの種類や形態
9はダンジョン内の魔物のコンセプト
10は道中の雑魚敵の種類や形態
となり、その項目に全く関係のないメダルを嵌めた場合基本的には効果が得られなかったとのこと。
しかし、たまに意味のわからない解釈の仕方をされて変化することもあるため、この内容にこだわりすぎても新しい発見は生まれていかないだろうとのことだった。
さらにはダンジョンレシピというアイテムに書いてある通りに構築盤とメダルを組み合わせると特殊なダンジョンに変化するという。また、メダルを嵌めていない構築盤の中心にダンジョンレシピそのものを置いてダンジョン生成をしても特殊ダンジョンに入る事が出来るそうだ。
(おおう…まじかこの内容。多分公開したら結構ヤバ目の情報だろうな。
さて、どうしようか。
シエラがこの本の存在を知っているから見なかったふりはできそうにないし、嘘ついて誤魔化すのもなんかなぁ…
前半部分は伝えて、後半は折をみて話すことするか)
「ユーくん、その本読み終わったの?」
「ああうん。まだ一般の感覚を学んでる最中だけど、そんな僕から見ても凄い情報が載ってるって言える本だろうね。
ちなみに著者は師匠だったよ」
「えっ!?
サラ・フローウェンの書いた本なんて有ったの!?」
「うん。本というより研究記録だったけどね。
題名はダンジョン構築盤の解析録」
「あー…それは何かしら成果が出ているだけでもやばい内容だね。
あ、私には内容は伝えなくていいからね!
聞いてもどうせ分からないだろうし、下手に知っちゃうのも守秘義務項目が増えていくだけで大変だし。
ユーくんと会ってから項目が急激に増えていってるんだから!もう外部の人と迂闊に会話したくなくなってくるレベルだよ…」
(やっぱやばい内容だったか…
にしてもそこまで拒絶されるとはな。前半も迂闊に言わなくてよかったかもしれん…あれ?)
「それは…なんかごめん。
でも、ディラン殿下がきたときに伝えるとなるとシエラも同席するから自動的に…」
「あー、あー、聞こえませーん!
考えないようにしてたのに言わないでよね!
もうこの話終わり!違う話にしましょう。
そうね、その本についてたっていう登録機能についてでどう?
たまについてる魔道具はあるんだけど使ったことないから地味に気になってたのよね」
(なんか悪いことしたし、話の流れに乗っておくか)
「正式には使用者登録機能ね。
これは魔道具につける機能の1つなんだけど、登録した魔力の持ち主だけが起動などの権限を持つことができるようになるっていうものなんだ。
登録方法はその機能をつけた人によって異なるけど、基本的には後からでも追加登録できるようになっているらしいよ。
ただ大体は決まった場所に魔力を流していくだけでいいけど、時折パズルのようなものを解かなくてはいけない場合もあるって感じだね。
師匠の場合はパズル型が多いかな。さらに追加要素があるから結構特殊だけど」
「へー…パズルなんだ。
ちょっとやってみたいかも」
「あー…そうだね〜…
この本のパズル部分だけなら紙に書けるからちょっと待ってて……はい、こんな感じかな」
そうしてユリスが紙に書いたのはかなり複雑な迷路(?)だった。
迷路の割にはやたらと隙間が多く、不思議に思っていたシエラだが次のユリスの言葉でパズルの内容を理解する。
「それは一筆書きで全ての道を通ってゴールを目指すものだよ。
ただし、一度直進させると突き当たりまで止めることが出来ないというルールがあるんだ。つまり、突き当たりでしか曲がれないって事。
それと、一回の移動で通っていないマスを必ず1ヶ所は通る必要がある。まあ引き返したり全く同じ道を何回も通るのは禁止って事ね。
ああ、インクで書くと消したりするのが面倒だからこれを使って。起動してからこっちにスイッチが倒れているとなぞったところが黒くなって、逆にするとなぞった黒が消えていくペンだよ。
魔道具自体を停止すると全部元に戻るから、最初からやり直したい時はそうして」
「ありがと…この魔道具も地味に凄い気がするけど気にしないことにしよ。うん。
それにしても難しすぎない!?これをそのルールで一筆書きって解ける気がしないんだけど?
…まあでも、ちょっと挑戦してみるわね」
本来はこのパズルを魔道具に使われるような魔導陣で解除するのが本当の登録方法である。
つまりパズルの解法をプログラミングのような機能を持つ魔導陣として描いていくのだ。
更には魔力で作る駒の形もゴールにある鍵穴の形にしなくてはならない上に移動に魔力を消費するので込める量も決める必要がある。しかも駒の残存魔力量も鍵の条件にあるので規定の範囲内に合わせなくてはならない。
駒の形によっては通路の幅よりも長い辺を持つ場合があり、その場合はゴール時か曲がる度に形を変える必要があり、その記述も必要になる。
ちなみにゴール時1回のみの変形だと魔導陣全体のバランスを取るのがかなり難しくなるため、採用されないことが多い。
今回の魔本の場合はというと、別のパズルを3つ並列で行ない、スタートとゴールを全て同時にしなくてはならないというものだった。
そのため、各迷路にかかる時間を計算してそれぞれの駒の速度や初期魔力を事前設定しないといけないという鬼畜難易度を誇っていたのであった。
「結構集中してやってるみたいだし、本来の形でやるかは別としてもっと簡易的なのを作ってみると娯楽としてはいいのかな?
まあ売れるかどうかは分からないし、暇な時間でやってみるか。手持ちの素材で簡単に作れるし」
今後も暇な時間が予想されるため、暇つぶしの案件を着々と用意していくユリスであった。