薬師科のナタリア
ナタリアに連れられて薬師科の科長先生の部屋へとやってきた。
彼女がノックをすると、ドアの隙間から科長先生と思われる女性が顔を出した。
ウェーブのかかった紫色の髪に大きな丸い眼鏡を掛けている。
「あら、ナタリアさんごめんなさい、実験の準備をしていなかったわ。」
「先生、違います…今日は実験の日じゃないです。お客様がいらしたのでお連れしたのですよ。」
「初めまして、魔法科生徒のマイトラクスと申します。こっちはボクの召喚獣であるアルマです。」
ナタリアに紹介されたボクは、先生に対し丁寧に自己紹介を行った。
「まぁ、かわいらしいお客様ね。散らかっているけど、どうぞ入って。」
「ナタリアさん、悪いけどお茶の準備をしてくれるかしら?」
ナタリアは慣れているようで、場所も聞かずにポットに水を入れ、魔法石で温め始めた。
にしても…先生が言った通り本当に散らかっていて、訳の分からない物が所狭しと並べられている。
どこに何があるのか把握出来ているのだろうか?と、不安になるレベルだ。
ドタンッ…バタバタバタ!
急に大きな物音がしたと思ったら、頭上から大量の本が落ちてきた。
「うぉっ」
驚いて思わず声を上げたボクだが、切り替えてすぐに手を差し伸べた。
先生が本に埋まっていたのだ。
「あいたたた…ありがと、ちょっと引っ掛けちゃったみたいね。」
ズレた丸い眼鏡を直しながら言う。
「もう、先生…またですか!」
ナタリアも助けに来た。
「本は私が片付けますから先生は座っていてください。」
ボクとアルマもナタリアを手伝い、本の片付けをする。
あ、その前に
「こちら、ファスマス先生から預かって来た手紙になります。」
おっちょこちょいな先生に、預かってきた手紙を渡す。
3人で本の片付けを終え、ボクはテーブルへと戻り、ナタリアはポットの方へと戻った。
先生は、手紙に対する返事を書いているようだ。
あの煙が出ている透明な箱は何なんだろうか?
なんかおっかない仮面があるな…
ボクがキョロキョロと落ち着かない雰囲気でいると、
「お待たせしました。」
ナタリアが慣れた手つきで4人分のカップを並べ始めた。
爽やかな香りが部屋中に漂う。
「流石ファスマス先生ね…一体、どこから話を聞きつけたのかしら。」
「手紙に何が書かれていたのか、お聞きしてもよろしいですか?」
ナタリアはテーブルに着くと同時に先生に質問をした。
「魔力の保有上限を高める薬について、尋ねる手紙だったわ。」
「魔法科は情報が早いですね、ただあの薬はまだ完成したとは言えない状態です。」
「そうねナタリアさん、完成と呼べる日が来るのは遠いかもしれないわね。」
二人のやり取りを不思議そうに見つめるボクとアルマ。
「あら、ごめんなさい。蚊帳の外になってしまいましたね。」
先生が話を振ってくれたのでボクも質問をしてみた。
「薬で魔力の保有上限を高めるなんて事、本当に出来るのですか?」
「理論上では可能よ。ただ…完成したとは言えないのよ。」
先生の言葉にボクは期待感が高まった。
「理論上で出来るとなると、期待出来ますね。」
「魔力保有上限が高まるなんて、ボクたち魔法師にとって大きなメリットです。でも…まだ完成していないのですか?」
「魔力保有上限向上薬はすでに出来ているかもしれない。けど出来ていないかもしれないの。」
先生の返答にボクの頭は混乱した。
先生の隣に座るナタリアが話す。
「何人か魔力持ちの方に協力して貰ってね、実験をしてみたの。でも…誰も実感が湧かなかったの。」
「だから完成しているのか、完成していないのかが分からないのよ。」
「この薬が完成する日は遠いかも。と言ったのはそういう事よ。」
先生がボクの質問に対する答えを締めくくった。
そうか…誰も自分の魔力の保有上限が分からないから、試しても体感で分からないのか。
「回復薬のように体感で分からないのですね。」
ボクが言うと二人は大きく首を縦に振った。
魔力保有上限…確かにボクも分からないな。
「魔力が枯渇した時にその薬を飲んで、さらに魔法を使う事が出来たら、それは上限を超えたという事にならないかしら?」
ボクの隣に座っていたアルマが聞くと、先生が答えてくれた。
「確かに…そうよ。ただ、この薬には即効性が無いのよ。だから薬で上限が上がったのか、それとも自然に回復したものなのかが分からないの。」
「うーん」
ボクとアルマは二人して首をかしげて考え込む。
「だから今は、なるべく早く効果が表れるように研究を重ねているところよ。出来るかどうか分からないけどね。」
ナタリアが説明を加えてくれた。
「ありがとう、期待して待っているよ。」
ボクが答えると、ナタリアが両手の掌を合わせた後、話を切り出した。
「そうだマイトさんこの後、暇ですか?見てもらいたい物があるんですけど…」
「あ、でも忙しいようでしたらいいんです…」
なんだろう?なんだか、もどかしい言い方だな。
「ボクは特に用事は無いよ。見てもらいたいもの…なんだろ?楽しみだな。」
「私は用事があるから、これで失礼するわ。」
赤い魔法陣が空中へと浮かび上がると、アルマはスッとその中へと消えていった。
おっちょこちょいな薬師科の科長先生からファスマス先生への手紙を受け取ると、ナタリアとボクの二人は部屋を後にした。
「どこに連れて行ってくれるの?」
ボクが問うと、
「行けば分かりますよ。」
振り向いてニコリと微笑まれた。
薬師科棟の裏にある通路を抜けると、凄く古い建物が目に入った。
「ここは使われなくなった古い教会なの。」
「え?教会?」
「奥にある壁画が素敵なのですよ。」
「大魔法師トルナシア様の姿を描いたと言われているから、マイトさん興味あるかな?と思って。」
教会のドアは壊れていて無く、誰でも足を踏み入れる事が出来る状態だ。
壁の何か所かは崩れ落ち、所々床が割れて水たまりが出来ている。
古い建物なので、足元に気をつけながら建物内へと入った。
ひび割れた床のタイルからは草も伸びてきている。
所々滑りやすくなっていたので、ボクはナタリアの手を引いて進んだ。
教会の突き当りに着くと、大きな壁画が目の前に飛び込んで来た。
壁画の一部は残念ながら崩れている。
「あの、中央で杖を持っている人物が大魔法師トルナシア様だと言われているのですよ。」
ナタリアが教えてくれた。
白い衣をまとった老人が杖を天へと向けて立っている。
絵ではあるが、その人物からは凛とした雰囲気を感じる。
傍らには4人の魔法使いと4人の剣士の絵が描かれている。
はっきりとは分からないが、手に持つ杖と剣から想像出来た。
その老人と相対する位置には、黒い龍のような形をした絵が描かれている。
この黒い龍とトルナシア様とその仲間達が戦っている絵なのだろうか。
教会の壁の一部は崩れていて、その隙間からこぼれる日光が壁画へと当たっている。
その日の光を浴びると、周りに描かれた木々も花も水も輝いて見える。
美しさと優雅さを兼ね備えた壁画にボクは感動を覚えた。
「凄い…」
思わず、口からこぼれ、そのままじっと壁画を見つめる。
「マイトさん…私…一緒だった野外演習でね。」
「あの大きな獣に出くわした時、もうダメかも…死ぬかもって思ったの。」
「そんな中、勇敢にマイトさんが獣と戦ってくれて、しかも…凄い魔法で。」
「マイトさんのあの雷を呼ぶ魔法を見た時、まるでトルナシア様が現代に蘇ったのかと錯覚したの。」
ナタリアがボクの方をじっと見つて言う。
「あの時は助けてくれてありがとうございました。」
「いや、ボクだけの力じゃないよ。」
照れながらナタリアに伝えると、思いがけない返事が返ってきた。
「あの…私…マイトさんの事を好きになってしまいました…」
頬を赤らめながらナタリアはボクの目を一瞬だけ見た後、目を背け…そう告げた。
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