デマントの商会
「マイトくん、ごめんなさいね。この子、ワガママで扱いにくいでしょ。」
イリエのお母さんがボクに話しかけてきた。
光沢のある深い紺色のワンピースにイリエと似た青い髪が大人びた雰囲気を醸し出している。
「ちょっとお母様、何を言っているのよ!」
イリエは困っているのか怒っているのか、よく分からない表情で叫んだ。
「いえ、イリエさんには、いつも助けられています。」
うん、そうだ…確かにボクはイリエによく助けてもらっている。
分からない事や困った事があれば相談に乗ってもらうのはイリエが多い。
「あら、かばってくれるのね。マイトくん、ありがとう。にしても…マイトくん、凄いわね。」
「え?何がですか?」
イリエのお母さんの、突然の"凄い"発言にボクは困惑した。
「私はね、魔力があるの。そして、他の人の魔力を見る事が出来る能力があるのよ。」
「あなた…すごく綺麗な魔力の流れをしているわ。さらに…魔力が永遠かのように溢れ出してきている。こんなにも…凄いわ。」
ボクはイリエのお母さんに手を握られた。
「ちょっとお母様!」
「あらら、ごめんなさい。もう、イリエったらやきもち焼きねぇ。」
イリエのお母さんは笑っている…優しそうな方だな。
「ところで、お父様のところには、誰かお客様が来ているの?」
イリエが見つめる奥の扉には、来客中のフダが掛けられている。
「騎士団長のナムーヤ様が見えているわ。」
「まぁ、ナムーヤ様!
ご挨拶したいけど、今は迷惑よねぇ。」
「そうね、にしても部屋に入ってから、だいぶ経つと思うけど…一体、何を話しているのかしら。」
イリエ達の会話に、ナムーヤ様って聞いた事がある名前だな.と記憶を辿る。
「ところで、イリエ。どうして、その髪飾りをあなたが付けているの?」
「マイトくんが選んで、プレゼントしてくれたのよ。」
「イリエがデザインしたものを選ぶなんて、マイトくんたら…」
イリエのお母さんは、笑顔になりボクの方を見つめてきた。
「えー、イリエがデザインした髪飾りだったの?」
こんなに綺麗な品をデザインするイリエに対し、ボクは驚くと共に尊敬の眼差しを送った。
ガチャっとドアが開く音がして、奥の部屋からイリエのお父さんと思われる人物と騎士団長のナムーヤ様が出てきた。
「ナムーヤ様、いらっしゃいませ。」
イリエが丁寧に挨拶をする。
あ、あの方は以前に街で泥棒を退治した。
白に赤のサッシュが施された騎士団服には、洗練された美しさがある。そして茶色の髪に端正な顔立ちが印象に残っている。
「こんにちは、イリエお嬢様。お邪魔しているよ。」
「おや、キミはいつだったかの…魔法師だね。」
ボクは頭を下げて、挨拶をした。
「えっ?マイトくん、ナムーヤ様と知り合いだったの??」驚くイリエに対し、
「そんな…知り合いという程では。」と返した。
でも、ナムーヤ様の行動と立ち振る舞いを見て、ボクは将来、人々の役立つ仕事に就きたいと思うようになったんだ。
名前は忘れていたが、ボクの尊敬する人の一人である事は間違いない。
「イリエお嬢様もマイトくんも王国軍立学園で学んでいるんだね。鍛錬は、はかどっているかい?」
ナムーヤ様の言葉に
「はいっ」と、ボク達は答えた。
隣に居たイリエのお父さんもボクに話しかけてきてくれた。
「キミがよく娘の話に出てくるマイトくんだね。魔力が強いんだってね。学園では是非、娘の助けになってあげてくれ。」
「はい!」
ボクは返事を返すと共に丁寧に挨拶を行う。
「そうそう、マイトくんの魔力は本当に凄いのよ。」
イリエのお母さんが話を切り出す。
「こんなに綺麗で豪快な魔力を見るのは初めて。」
「ほぉ、それは…トルナシア様の再来となるよう、期待しているよ。」ナムーヤ様の言葉に、
「そんな、ボクなんかが」と慌てて否定した。
「ふふ、では今日は帰るよ。」
ナムーヤ様は、イリエの両親と共に出口へと向かった。
ついて行こうと思ったボクをイリエが引き止める。
「マイトくんは、まだ帰っちゃダメ。」
「こっちに来て。」
ボク達は商会の3階へと上がると、そこはリビングが広がっていた。
美しい彫刻や花、絵画が飾られている。
なんだか良い香りも漂っている。
「私達は、ここに住んでいるの。
1階がお店で、2階が事務所や商談室、そしてこの3階が私達の居住スペースなの。分かった?」
「うん…」
イリエがとんでもないお嬢様だという事はよく分かった。
高価そうなお茶をいただく。
イリエと二人並んで座り、学園の話で盛り上がっていると、イリエのお母さんが入ってきた。
「お邪魔しています。」
ボクは立ち上がって挨拶をした。
「マイトくん、この服、あなたに似合うと思うの。どうかしら?」
イリエのお母さんは部屋に入ると、すぐに深い緑色のVネックのセーターをボクの体に合わせてきた。
「すごく似合ってるわ♪」イリエが手を合わせて微笑みかける。
どうなっているんだ?この親子は…と困惑しつつも直立不動でボクは固まっていた。
イリエのお母さんは、他にも服を出して来て…ボクは着せ替え人形のように、成されるがままになる。
イリエはそれを見て手を叩いて喜んでいる。
直立不動の状態のまま、固まっていると
イリエのお父さんが入ってきた。
「やぁ、なんだか楽しそうだね。」
優しい笑顔をボクに向けてくれた。
イリエのお父さんが入ってきてくれておかげで、着せ替え状態を回避する事が出来た。
「ところで、キミのご両親はどういった仕事をしているのだい?」
そうだね…そういう話になる事も覚悟しないとね。
ボクはイリエのご両親に向かい直し伝えた。
「ボクの両親は山麓の村に住んでいます。父は木こりで、母は手芸をして生計を立てています。」
イリエの両親は固まる。
「あなた…どうして魔法を使えるの?」
先に声を出したのはイリエのお母さんの方だった。
「分かりません…が、物心がついた時から使えていました。」
ボクの返答に「不思議な事もあるものね…」と返された。
イリエのお父さんは沈黙したままだ。
「ねぇ、さっきの服、マイトくんにプレゼントしても良いかしら。」
沈黙を遮るようにイリエが手を叩いて声を出した。
「そのつもりで、持って来たのよ。」
イリエのお母さんが言う。
急に明るくなった場の空気だったが、
「そんなの悪いですよ。」と、ボクは両手を振った。
押し問答の末、ボクが受け取らないなら処分すると言われた3枚の服をいただく事になった。
気まずくなり帰宅する事にしたボクを、イリエが街の出口まで送ってくれると言う。
申し訳ない気持ちだったが、帰り道が分からないので助かる。
イリエのお父さんとは3階で別れたが、お母さんは商会の出入り口までボクを見送ってくれた。
「マイトくん、また遊びに来てね。」
優しい笑顔で伝えてくれた。
ゆっくりと歩く帰り道、イリエは家族の話をして来た。
「今日は居なかったけど、私には弟が居るの。お父様は弟に商会を継がせようと、必死に勉強を教えているわ。」
「イリエは商会を継ごうと思わないのかい?」
「弟にはね、魔力が無いの。」
「私は魔力のおかげで他の仕事にも就けるから、いいのよ。見ての通り自由だしね。」
そう言うイリエだが、どこか寂しそうにも見える。
ボクは途中、道端にあった露店で美味しいそうな蒸しパンを購入した。
アルマへのお土産にしよう。
街の出口に着いた。
「ねぇ、マイトくん。これからも仲良くしてね。」
「そうそう、水魔法組であの5人を倒した時の報酬も残っていたわ!あの時のデート報酬は、また今度ね。」
おどけた感じで言いながらボクを笑顔で見つめてくるイリエ。
ボクはなんだか顔が熱くなってくるのを感じつつ、「うん、また今度ね。」と伝えた。
帰宅後、アルマが不機嫌そうな顔で出迎えてきた。
「楽しかったようね。」
「うん、もしかしてだけどね…」
「イリエってボクの事を思ってくれているのかな?」
「やっと気づいたのね。ほんとキミはニブイわぁ…もうニブニブよ!」
何故、怒られるのだろうか…
「で、マイトはどう思っているの!?」
「うん、イリエはとても良い子だと思うんだ。でも…住む世界があまりにも違ってね。」
「ボクが平民の子だと知った後のイリエのお父さんの表情は明らかに変わっていたんだ。」
溜め息をついたアルマは、
「そう思うなら、イリエとは距離を置くことね。」
と呟いた。
「そうそう、手紙が来ているわよ。」
アルマが渡してきた手紙は、合同野外演習で一緒だった薬師科のナタリアからの物だった。
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