神のお告げによりまして
(くどいようですが、ネタです)
「サフィニア公爵家フェリシア、貴女との婚約は、破棄とする」
決して威張れた内容ではないはずの台詞を大声でわめいているのは、ミニマ国第一王子のアリオス。あれが一応王位継承権第一位の人物とは、よそ者ながら、少々ミニマ国の行く末が心配になる。
皆が集う中、婚約破棄を言い渡されたフェリシアとかいう令嬢は、思いがけないアリオスの言葉に、硬直し、立ち尽くしている。無理もない。
アリオスは、婚約を破棄する理由とやらを滔々と並べ立て始めた。その傍らには、アリオスと親しい「友人」、平民出身のルアンナという女性がぴったりと寄り添っている。
ざっくりとアリオスの主張をまとめるとこうだ。
アリオスは、ルアンナと親しい友人となった。そのことに嫉妬したフェリシアがルアンナに何かと意地悪をした。よって、フェリシアは、王子妃となるには、ふさわしくない。
対するフェリシアは、注意は行ったが、嫌がらせや意地悪は、何一つ行っていないと抗弁している。そもそも、婚約者がいる男性と過度に密着するのは適切ではなく、云々。
それにしても、一体我々は、何を見せられているのだろう?茶番劇だってもう少しましなはずである。執務が忙しい中わざわざ時間を割き、はるばるミニマくんだりまで来たこちらの身にもなって欲しい。これなら、まだ、退屈な神官の説法を聞いている方が、余程ましである。
本来なら、帝国皇太子の私がわざわざミニマ国を訪れ、アリオス王子の卒業式とやらに出席するようないわれはない。一応名目上、「友好諸国と交誼を深めるための周遊」の一環で、ミニマ国にも訪れたことになっているが、実は、この「諸国周遊」自体が、私が問題なくミニマ国を訪れ、この下らない卒業式に参加するためのカムフラージュである。
ミニマ王国は、帝国の友好国の一つではあるが、特段深い関係があるわけでもない。帝国の防衛に何か絡むわけでもなければ、目立った特産があるわけでもなく、際だった政治力や軍事力があるわけでもない。有り体に言えば、帝国にとっては、「毒にも薬にもならないが、敵対されるのも面倒だし、支配下に置くのは、その労力や手間が割に合わないので、友好的態度を取る限りはそのままにしておくのが良かろう」という程度の存在である。
だからこそ、他の国々に変に勘ぐられることがないよう、わざわざ「諸国周遊の一端」としてこの国を訪れる体裁を取る必要があった。どの国の誰とどの程度の時間や頻度で接触するのか、どういうタイミングで接触を行うのか、そして、どのような衣装をまとい、どのような態度で臨むのかは、国際政治と密接に絡む問題であり、「なんとなく訪問しました」「突然思いついたのでやってみました」なぞということは、許されない。
仮に、本当に、「突然の思いつき」であったとしても、外からは、決してそんな風には、思ってもらえない。ありもしない意図を勝手に探られ、挙げ句の果てには、勝手に決められてしまう。
まあ、アリオス王子は、そういうことは、あまり気にしない性質のようだが。
では、何故この大して重要でもない国の重要でもない行事に私がわざわざ参列しているかといえば・・・
はあ・・・ああ、失礼。ため息が出てしまった。
「神のお告げ」による。帝国が祭る神は、希に、思いついたように、謎の「お告げ」を下す。神は、大変気まぐれで、運が良ければ、困りごとの解決を手伝ってもくれる。あくまで、「運が良ければ」の話ではあるが。
今回のお告げは、こういうものだった。
「皇太子はミニマ国へ行き、アリオス王子のセニア学園卒業式に参加するように。これは、嫁取りである。バッと来たらガッと捕まえ、速やかに帰国せよ」
「バッと来たらガッと」のフレーズが良く分からず、神官たちが日夜、かつてのお告げや伝承をひっくり返し、意味をつかもうと頑張っているようだが、結局解決しないまま、この日を迎えてしまった。
そのまま素直に考えれば、この卒業式で、私か私の兄弟の将来の妃を捕まえろ、という意味になるだろう。だが、ざっと調べた限りでは、この卒業式の出席者で、帝国の皇子と釣り合うような未婚で婚約者もいないような女性は、見当たらなかった。
さて、どうしたものか・・・思う間にも、茶番は、たけなわとなっていた。アリオスは、高らかに宣言した。
「私は、真実の愛を見つけたのだ!」
いや待て、この国の王子、面白すぎやしないか?
気の毒なのは、婚約者である。だが、まあ、考えようによっては、あのどうしようもなさそうな王子と結婚せずにすむのは、むしろ僥倖かもしれない。
サフィニア公爵家フェリシアといえば、多少その名前に覚えがある。ミニマ国にやり手の令嬢がいる、と大臣たちが話をしていた。
むざむざと有能な将来の妃を傷つけ袖にして。あれが次期ミニマ国王になるとしたら、帝国としても少々取り扱いを考えなくてはならない。愚王は、愚王なりの使い道がなくもないが、それが味方にいる場合は、弱点ともなり得る。
「分かりました」
フェリシアは、静かに一礼した。
「もはや何を申し上げてもアリオス殿下のお心には届かないのですね。婚約破棄の儀、受け入れましょう」
「やっと分かったか。根性の曲がった陰湿で高慢な女め。さあ、ルアンナに謝れ。謝れば、婚約破棄だけで許してやる。謝らないというなら、貴族の籍を剥奪し、国外追放とする」
思いがけないアリオスの言葉に、一同がどよめく。
さすがに無理筋だろうと思ったが、驚いたことに、誰一人としてアリオスを諫めようとする者がいない。一体この国は、どうなっているのだろう。
フェリシアは、凜としたたたずまいでくっきりと言った。
「たしかに、私は、ルアンナ様の振る舞いについて忠言申し上げました。殿下にもです。これは、あくまで忠言であり、ルアンナ様や殿下を貶める類いのものでは、ありません。また、それ以外の嫌がらせや乱暴狼藉については、全く身に覚えがございません。行ってもいないことについて謝罪をするのは、むしろ、物事をないがしろにすることになるかと存じます」
このフェリシアの言葉に、アリオスは、カンカンになった。どうやら、自分の思うようにならないと、かんしゃくが起こるタイプの人間らしい。
「なんだと!この期に及んでまだそのようなことを・・・もういい。多少なりとも関わり合いのあった人間だ、温情をと思ったが、それすらも無碍にするのだな。国外追放だ!」
激怒するアリオスを前にしても、フェリシアは、全く動じる様子はない。
「さあ、謝れ。自分が悪かった、自分の不徳の致すところだと、謝るんだ。そして、ルアンナを認めると、そう言え」
「いいえ、殿下。それはできません。どうしてもと殿下がおっしゃるならば、国外追放も甘んじてお受けしましょう」
フェリシアは言うと、優雅に一礼した。
いささか乱暴で乱雑さのあるアリオスに比べ、フェリシアの挙措は、配慮が行き届いている。身体の軸はもちろん、指の先の先まで、神経が行き届き、全体として非常に美しい姿勢と動きを見せている。
本当に惜しい。彼女ならば、さぞや立派な王妃となったであろうに。
思った刹那、突如、「今だ、行け」という声が聞こえた。いや、そんな気がしただけかもしれない。
他の誰も反応していないところを見ると、気のせいだったに違いない。
違いない、が。
何故か身体は反応し、アリオスと対峙するフェリシアの傍に歩み出ていた。
まずい。非常にまずい。そもそも、この馬鹿馬鹿しい茶番に登場するつもりなど、毛頭無かった。当然、次の振る舞いや台詞だって、何も考えてはいない。
驚いたようにアリオスが私を見る。否、アリオスだけではない、その場にいた全員の視線が、私へと向けられた。
---バッと来たら---
不意に神のお告げが甦る。
フェリシアと視線が合った。
まさか。
まさか、これが?
---ガッと捕まえ---
ええい、ままよ。私は、フェリシアとアリオスの間に入った。
「アリオス殿」
お告げの示すところ、なんでもいいからさっさと話をまとめてフェリシアを連れて国へ戻れ、ということだろう。
「そういうことでしたら、フェリシア殿は、私が頂こうと思うが、よろしいか」
思いがけない私の行動に、アリオスがぽかんとした風になる。私は、フェリシアに目を向けた。アリオスと同じく、酷く驚いているはずだが、あまり表には出してはいない。さすがと言うべきか。しかるべき地位にある人間は、そううかうかと内心を表に出してはならない。私は、フェリシアに目を向けた。
「無論、フェリシア殿が良いと言って下さるなら---だが。将来の妻として貴女を我が国に迎えたい」
怖がらせないよう、極力柔らかな、私にできる最上級の笑みを見せる。フェリシアは、驚いた風だったが、はい、とそう返事をした。なかなかに思い切りの良い女性のようである。
フェリシアの了承を得られた今、後は、お告げの最後の部分を実行するだけである。
---速やかに帰国せよ---
「話は決まった。フェリシア殿は国外追放ということなので、長くここに留まるべきではないだろう。必要なものは、私の国で揃えればいい。それで揃わぬものは、また追って届けてもらうようにしよう」
急げ、と謎の声が意識に呼びかけている。私は、フェリシアの手を取ると、アリオスや居並ぶ人々に手短に別れの挨拶をし、ミニマ王宮を後にしたのだった。
---ところかわって帝国大神殿最奥部---
帝国の大神殿の最奥部には、大神官長と皇帝しか入れない「祈りの間」がある。その祈りの間で、皇帝と大神官長、そして今一人の「人物」は、クラングという駒と陣地を取り合うゲームに熱中していた。
不意にその今一人が、ふわりと笑った。
「上手く行ったようだぞ」
それを聞いて、皇帝と大神官長とがおお、と感嘆の声を上げる。
「おめでとうございます、陛下」
大神官長は、皇帝に目を向け、そう祝いを述べた。
「まだまだ。油断はならん・・・ぞ、と」
今一人が、ひょい、と駒を動かし、皇帝がうめき声を上げる。
「あいや、サークシャ様、そこは・・・」
「待ったなしと言うたは、そなたぞ」
サークシャと呼ばれた今一人---帝国で「神」とあがめられている存在である---は、すました顔でそう返した。
盤面を穴が空くほど皇帝が見つめる。そしてほう、と深い息をついた。
「私の負けですな」
「陛下が最下位とは、珍しい」
大神官長は言い、自分の駒を進めた。ここから先は、サークシャと大神官長との一騎打ちである。
「ふふ、さすがの皇帝も息子の嫁取りが気になって集中できなかったとみえる」
皇帝を追い落としたサークシャは、上機嫌である。もう幾度となくこの三人で手合わせをしているが、サークシャはいつも最下位と相場が決まっている。極々希に大神官長を負かすことこそあるが、一位になったことは、一度もない。
いつになく気合いの入ったサークシャといつに変わらず淡々としている大神官長と。どうやら、サークシャは、今回こそは、勝ちを収めるつもりでいるらしい。
程なくして。
「よしっ、わたしの勝ちだ」
サークシャが歓声を上げた。参りました、と相変わらず落ち着いた様子で大神官長が負けを認める。
局が終わり、忙しい皇帝が帰って行く。その後ろ姿を見送り、サークシャは、満足げに言った。
「盤面だけが戦いではないとウアナが言っていたが、まったくもって正しかった」
ウアナは、この神殿で神官を務めている。
「さあて、と。ちと一回りしてくる」
サークシャは言うと、ふい、と姿を消した。
やれ、やれ。
大神官長は、心の中で苦笑した。そうではないかと思っていたが、どうやら、サークシャ神は、どうしてもクラングに勝ちたくて、今回の「嫁取り」話を持ち出したようである。どうあっても勝てない皇帝の集中力を削ぎ、その隙を突くために。
そろそろ新しいゲームを探すか考案する必要があるかもしれない。
大神官長は、そんなこと思いながら、祈りの間を後にした。
どういう経緯で帝国の皇太子がああいう現場に遭遇することになるのだろう、とあれこれ考えた結果がコレ(発想力が足りない・・・うう)。
婚約破棄時の台詞がかなり難しく、改めて他の作品のすごさを思いました。一応定番を突っ込んでみたつもりなのですが(もっとひねりを加えたかったが、できなかったorz)