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悪霊の真実 後編






          〇





 おまえが冥界送りできない理由も“それだ”と、死神は告げる

 口にくわえた細巻を上向かせて、青年はニィと三日月のように(わら)う。

 彼はどこからか姿身ほどの楕円状の鏡を取り出し、少年に見せつけた。


「…………う、うそ?」


 そこにいたのは自分自身──だなどとは信じられない、蛆と腐肉の湧いた白骨死体だった。臭いが感じられないのが不思議と思った瞬間、自分には五感が欠けている事実を思い出す。

 自分自身だとは信じられないが、目の前のバケモノは、確かに自分自身へと手を振って、顔の様子、特に濁り切った瞳をためつすがめつしている。


「こ・れ・が、今現在のお前の本当の姿だ。いかにも悪霊って感じするだろ?」

「で、でたらめじゃあ……ないんですか?」


 少年は震える声で死の神に応じる。


「……悪霊って、な、なんですかそれ。俺は別に、(あおい)に対して、何も!」


 死神の低声が遮って(のたま)う。。


「死者は生者と相容(あいい)れない。それが絶対の掟であり、法だ。だというのに、死人の皮を被ったお前が、生者である彼女の傍によればよるほど、オマエは彼女を不幸にする。悪霊って言うのは、何も自覚があって悪霊になるんじゃあない。何の自覚もなく生者とかかわったが為に、そいつに迷惑をかけてしまう事なんて、ザラにあることだ。ま、それ自体は別に問題じゃない」


 ここで問題なのは。


「未練をのこして残留する悪霊は、未練のもとになっている元凶……君の場合は蒼ちゃんな……それを無意識のうちに、あの世のガワへ“引っ張ってしまう”……簡単に言うと、事故に合わせやすくなるか、自殺に導くかの択一だ」


 少年は硬直した。

 それはつまるところ、自分が彼女を自殺に追い込んだ──彼女の自殺の紐を引いた張本人であるという証左に他ならなかった。

 たすかったのは奇跡だったな、と笑う死神。


「死亡者リストはもう埋まっている。それをひっくり返すような真似をされると、こっちはいい迷惑だし、そいつもまた新たな悪霊と化して、芋づる式に状況が悪くなっていくんだ。俺の言いたいこと、おわかり?」

「わ……わかっ、た」


 じゃあ、これが契約書だと言ってタブレットで手形をポンと採取される。随分と近代的というか現代的というか。

 たったそれだけのことで、契約は履行されたのだという。「契約書は大切に持ってろよ」と忠告し、羊皮紙を何かの証書のごとく手渡しする青年。


「そう渋い顔をしなさんな。ささやかなお詫びと言うわけでもないが、五年間ちゃんと耐え抜いたなら、それなりの御褒美も与えていいことになっている。それまで、楽しみに待っていればいい。まぁ──待てればの話だがな」

「待てればって、五年くらい…………」


 簡単と思いかけて少年は愕然となる。

 五年間も一人でいること────そんなことを今まで想像したこともないし実践したこともない。

 契約に先立って、必要そうなものを幾つか受け取ることになる少年は、実体を持つかのような七つ道具……羊皮紙の契約書などなど……を受け取り、最後に低い声で忠告される。


「契約が履行できなかった場合……つまり彼女に近づいた時点で、彼女の命は亡くなると思えよ」


 容赦のない脅迫を、陽気な笑みを浮かべつつ、言った。固唾を呑みかけて、自分にはもう物理的な喉がないいことに気付く。

 次の瞬間、彼は暁光の空へと融けていく。軽い調子で手を振るフード付きマントを被った死神の姿。

 朝日に追われる三日月を追うような速さで、死神は高速で空を駆けて行った。

 あんなこと、少年には真似できそうにもない。


「あ……悪霊……あくりょー? ……俺が? はは、まさか、そんなこと、あるわけ……あるわけ……」


 ないと断言できないのは、蒼の自殺未遂の現場を見てしまったがため。


「俺は、蒼に、近づいちゃいけない…………いけないんだ」


 死神の話で分かったことは、少年はもう彼女のそばにいてはいけないということ。

 無自覚に悪霊化していたことは理解しそこなったが、少年はその日、はじめて蒼の家周辺に近づくことなく、一日を過ごした。











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