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少女の慟哭 後編






     〇






「どうしてよ」


 少女は唇を開いた。


「どうして、殺させてくれないの!?」


 一瞬だけだが、自分の存在に気がついたのかと、少年は誤解しかけた。


「どうして私を連れて行ってくれないの!」と、空のむこうにいるはずの少年を糾弾する。そこに誰がいるかもわからないままに、彼女は喚き散らす。誰かが生きたかった明日など知ったことじゃない。今の自分にとっての明日とは、拷問のような責苦でしかないのだと。


「……(×××)、会いたいよぉ……」


 辛うじて少年は名を呟いてくれる少女。が、返答など期待するだけ無駄というもの。

 再びのばした右腕は、彼女の肩を通過するだけ……


「死にたい……、死にたい……、死にたい──死にたいよぉ……」


 泣き崩れる少女を見て、少年はただ言葉を失っていた。

 彼は自分の頬に、何も流れないことを確認して、部屋を辞した。

 物音の大きさに気を揉んでいた階下から、扉を蹴破った家族には、少女が自殺を図った事実がありありとうかがえた。






     〇






 少年は、頭を抱え込むことさえできず、涙を流すことも出来ず、ただ亡然(ぼうぜん)と夜道を進んでいく。



『ねぇ、知ってる? ──□!』



 その足取りは、幽霊のくせに酷く重く、浮き上がる事さえ忘れてしまったかのようにずしりとくる。



『ジョゼフ・キッティンジャー。プロジェクト・エクセルシオ、巨大ヘリウム気球に吊られた開放式ゴンドラ、そこからの超高空パラシュート降下を「3回」も行ったひと!』



 何かとんでもない引力でも働いているかのように、自分の周りだけ重力が倍増していくかのように、その一歩は鈍重を極めた。



『高度102,800フィート──31,330 mもの高さから地球を眺めた人がいるのよ? 信じられる? ──□』



 どうしてこんなことになったのだろう。



『私たちも行ってみようよ……二人でさ』



 頭の中で、彼女との思い出がぐるぐると巡る走馬灯のように、繰り返し繰り返し残響していく。

 どうして自分は幽霊なままなのだろう。

 あんなものを見るために、自分はこんな姿になったと言うのか。

 あんな現実に打ちのめされ叩き伏せられるためだけに、自分という魂はこの世に留まっていると言うのか。

 ぼくにはもうわからない。

 誰か答えを教えてくれたらいいのだが、自分の声は誰にも届かない。

 いっそ泣きたいぐらいつらいのに。この身体は相も変わらず亡霊のままで、眼は砂漠よりも水気がなくなっている。両の眼を覆う掌さえ、自分の瞼に触れはしない。

 気がおかしくなってしまいそうだ。


「ぼく、誰だっけ……なんて名前だったっけ……」


 夜道に這いつくばり、嘔吐するように落涙する。

 絶望とはこのことだと、少年は実感を伴って味わい尽くす。

 もはやどうしていいのかわからず、どこへ行くべきなのかもわからない。


「誰か……、誰か……、誰か──」


 我知らず呟いていた、その声に、




「呼んだか」




 誰かの声が。

 気のせいなどでは決してない。そもそも幽霊の耳に幻聴などありえるとは。


「どうした、おまえ? そんな死にそうな顔をして? ──もう()()()()()のに?」


 見上げる先にいたのは、何の変哲もない人間に思えた。普通の残業帰りのサラリーマンにしか見えない、くたびれたスーツ姿──彼が直立する場所が、電信柱の『頂上』でなければ、そう思い込むことも出来ただろう。


「あ、あんた……一体?」


 疑問符を浮かべる少年に、電柱の頂から難なく飛び降りた男は、(うやうや)しく(こうべ)を垂れた。

 そして(のたま)う。


「俺? 俺は《死神》」


 亡者や霊魂の水先案内人だと、笑って聞かされた。








一章終了。次回からは第二章。


〔現在までの登場人物〕

・少年 幽霊。交通事故死。名前不明(自分でも思い出せない)

・少女 人間。名前は(あおい)。自殺未遂を働く。

・死神 ?

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