少年の巡礼 後編
〇
高校の部室校舎を後にした少年は、ふと足を止めた。
枯れた献花が飾られた交差点。件の事故現場の真下あたりだ。事故当時はそれなりの人々が献花に訪れてくれたものだが、一月も経った頃には、誰も見向きもしない、普段通りの交差点にかわっていた。
あそこで、あの高速道路で、自分を含む両親と運転手が死んだ。まだ息の合ったらしい自分が真っ先に救急車で病院へ担ぎ込まれたが、蘇生の介なく死亡確認。他三人は即死だったそうだ。
その時のことは、実に鮮烈な記憶として思い出せる。
だが、あまり思い出したくはない。体の半分が千切れた思い出なんて、記憶のうちに蓋しておいた方がマシというものだろう。息があったことの方が奇跡的な状況だった。それほどの重傷、否、重体だった。
病院で死亡が確認され、程なくして、親戚から連絡を受けた蒼たち一家が到着して、霊安室にいた自分と再会した。こんなにも早く再会できるとは思っていなかったし、すでに幽霊と化していた自分のことなど、誰も知覚してくれることもなかったが。
(僕の残骸に縋り付いて、蒼はずっと泣いていた──)
哭き続けていた。動物が吠えるような、慟哭の連続だった。
そして言い始めたのだ。
「自分のせいだ」と。
「自分が彼と彼の両親を殺してしまったんだ」と、喚き散らしていた。
(なのに、僕は、何もできなかった)
少年は今ある黒茶色に染まった献花の束に合掌する。
「しかし、誰も片づけてくれないのは、どうなのかなぁ?」
幽霊になった手前だから言えるのだが、これでは死者への手向けでなくて、生者への訓戒でしかないではないか。死者は華の香りなんて楽しめはしないし、その彩に心慰められても、結果がこんな残骸では、いたたまれない気持ちの方が強くなると言うのに。無論、その方が実に益があることだろう。死者に金を積むよりも、生者を生かす一種の装置として機能してくれるのなら、醜く朽ち果てた花束の残骸にも、少しは価値があるというもの。
では、死者である自分にはどうだろう?
自分には何がある?
自分には一体何ができる?
何もない。考えるまでもなく何もない。
何一つとして、この世界に干渉できることなどありはしない。
そういう意味では、今ある自分ほど無価値なものはないのかもしれない。枯れ果てた花よりも無意味な存在。
それが死者。
不謹慎だとは思うけれど、つい、……そう思ってしまう自分がいる。
〇
人は死ねばゴミになるという奴は、何も分かっていない。
人は死んだら無価値になる。ゴミなんかよりもよっぽど役に立たずで、再利用も何もできない無価値な存在だ。いっそゴミになれたらと思うことがある。ペットボトルやアルミ缶でなくてもいい。人に蹴飛ばされる石や埃になることができたら、僕は今よりもずっと、世界を感じることができただろうに。世界に放り投げられる小気味よい音を鳴らして、風に乗って空を感じることが出来たら、どんなにか素晴らしいのだろう。
けれど、死んだ自分は何も感じない。
昼の眩しさも、夜の冷たさも、アスファルトの硬さや、そよ風の柔らかさまで、何一つ感じ取れることが、ない。
誰にも言葉は届かず、誰の視線をも感ぜず、誰とも触れ合うことができない。
ふと、思う。
こんなことが何時まで続くのだろう?
いっそのこと、天国とやらがあるのを確かめ空へ舞い上がってみようか。
人は、いかに高く昇り、いかに速く落ちていけるのか、試すのも悪くはない。
それをやったことがある人のいることを、少年は知っていた。
が。
「それはまた今度にしようか」
ひとりごちて、彼は夜道をフワリとした歩調で進む。
彼女の家が見えてきた。部屋の明かりは、相も変わらず暗いままだが、いつものことなので慎重に中に入ろうとした瞬間、
「────え」
部屋の中で首を吊ってる影が、カーテンの隙間から見えた気がした。