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幽霊の現実 後編






     〇





 自分が死んだあの日は、今でもよく思い出せる。


「嫌だ」


 そう(むせ)び泣いて、胸を掴んで離そうとしない少女の肩を、少年は柔らかく抱きすくめてあげた。


(あおい)……仕方ないだろう?」


 苛立ちを含んだ悲しい声で、少年は(さと)そうとした。

 少年の父親が転勤する関係で、少年は遠くの学校への転校が決まっていたのだ。それを最初に告げた時、彼女はそっけなくも納得してくれたはずだった。

 なのに、当日になって、(せき)が切れたように(わめ)きたてる。


「嫌! 離れたくない! 離れたくないよぉ!」


 笑顔の別れにしようと心に誓い合った筈だ。

 少女自身からそう言い出したのに、実際の別れ際になったら、こうなってしまった。

 少年も泣いてしまいそうなほど、つらかった。実際、泣きかけていた。胸が張り裂けそうなほど、少女の思いが心の臓腑に突き刺さった。肺腑を抉り出されるような痛みに、呼吸が止まりそうなほど、苦しかった。

 そうやってぐずぐずと別れを惜しんでいる間に、飛行機の時間に乗り遅れそうになった。

 結局、別離としては最低な部類に入る文句を口汚く言い合って、少年たちは分かれてしまった。

 それでも。

 少なくとも少年は、落ち着いたら手紙を書こうと、休みの日には顔を出そうと心に誓っていた。そしてそれは、少女も同様であったと、今でも信じぬいている。


 だが、それが今生(こんじょう)の別れとなるとは。


 飛行機の時間を気にする両親は、アクセルを吹かして高速道をとばしていた。それが結果として、前方で起こったトラックの横転事故に、運悪く巻き込まれることになったのだ。

 誰が悪かったということもない。

 幼馴染に涙ながらに慰留される息子を根気強く待った両親には感謝してもし足りないし、トラックを横転させた運転手さんについては過労による睡眠不足が原因で車線変更に失敗し、そのまま中央分離帯に乗り上げたのだと、報じられていた。

 本当に、ただ巡りあわせが悪かったのだろう。

 その結果として、自分を含む四人の命が失われたというだけのこと。

 誰のせいでも無いはず……なのに、少女は「事故が起きたのは自分のせいだ」と、「彼を引き留めてさえいなければ、彼ら家族が事故にあうこともなかったんだ」と、そう自分を責めてしまった。

 その解釈は一面正しい。

 確かにあの日、少女に引き留められることもなく別れを済ませていれば、自分たちは時間に余裕を持って行動できたし、あのトラックの運転手さんを急かすような結果にもならなかった、かもしれない。

 だが、起きてしまった事実は変わらないし、変えようがない。

 何より、そのことで蒼が、少女自身が責めを負うべき理由など何処にもないのが現実である。

 だというのに、少女はこうして、日々少年との思い出に向き合いながら、涙にくれるだけの無為な時間を過ごしている。

 幽霊となった少年は、それを見ていることしかできないでいた。






     〇






 本当に、どうすれば少女を前向きに生きられるようにできるのだろう?

 かつて宇宙の神秘に目を輝かせ、銀河のように広大な夢を語って聞かせてくれた瞳は、今はどこにもない。七つのレールでグルリと一周する電車のオモチャが走るのを眺めて、また泣き始める。

 この世の終わりであるかのように、星が爆発でもするかのように、彼女は怯え泣きながら、己の(せい)を責め抜くのだ。

 生きていることを悔み、恥じて、憎むことしか感じていない眼差しで、宙を睨み、もういなくなった少年のぬくもりをかき集めるように、彼との思い出の品々を並べ(いた)む行為を繰り返している。

 まるで未練だけで動いているかのようだった。未練と習慣と、何か暗い意思だけを歯車に駆動する、機械のような存在に成り果てたかのようだった。精神病一歩手前か、すでに踏む込んでいるかのどちらか。おそらくは後者だろう。

 少女は自分自身を消し去ってしまいたいように、日々を黒く塗りつぶしていく生活を送るだけ。家族と向き合えず、学校へも通えない日々。

 ……そんな少女の様を直視し続けるのは、正直つらい。

 けれど、少年は少女のもとで、少女に対し言葉を紡ぐのを日課としている。

 歌にも歌われているはずだ。信じていれば」「願い続けていれば」「奇蹟は起きる」と。

 そう。

 少年は奇蹟を夢に見ている。


「いつかきっと、この声が届く時が来る」


 でなければ、今こうしている自分はありえないはずだと。

 少年はそれを信じ、願い、日々少女のもとで、思い出を語る。

 声は聞こえずとも、少女はきっと、それを望んでいるはずだろうから。


 見上げた夜空では、三日月だけが静かに笑っていた。










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