旅路の楽しみ2
バグで消えたのでもう一度復元しました。
―――――僕は必死にエルフの格好を演じて通しきろうと誓う。だが、その誓いも直ぐに破られる事になる。
「お姉さん白髪なんて珍しいね」
ポツリとお湯に浸かるイヴァンに対して、なんと緑髪のエルフが話しかけてくる。正直、絶世の美女と謳っても構わない程の美貌のを持ってる彼女を見て顔を真っ赤に染めた。
「その毛って地毛?」
普通に聞けばなんて事ない会話だが、この場では違う。どう答えるかによってイヴァンの正体がばれてしまう。それだけは避けておきたい。姿がばれてこの場から浮いてしまえばトラウマがフラッシュバックしてしまうかもしれない。
そう考え、当たり前の回答を続ける事を意識した。
「はい、先祖代々この髪型なんです」
――――当然嘘だ。だが、エルフの常識を知らないイヴァンにとっては頭に浮かんだ最善の答えと言える。ここで無理に黙りを決め込めば少なくとも怪しまれて存在が浮く。そう考えると最善の答えだと思う。
「そうなの?白髪のエルフが生まれるのは百年に一人位の確率なのに?」
――――――しまった、完全な誤算だった。
エルフや他の種族の事を調べている時期もイヴァンにはあったが、何しろ迫害され、人族の領域に入ったならば無実でもほとんどが処刑される。確証が持てる情報が無いのも当然だった。
「えっと、その・・・」
完全に冷静さを失い始めた。否、心は男なのに女湯に堂々と入る犯罪者予備軍がしそうな事を平気にやってのける時点で冷静さのかけら等無かった。
「話したくないならいいよ、それに風呂は互いをさらけ出すのもそうだけど、礼法もわきまえるべき場所だからね」
なんとかその場をしのぎ安堵しているのもつかの間、それは突然起きる。
「そういえば、貴方は人間を見たことある?」
一番の危機が去り、安堵してエルフと会話が出きると思い、嘘ではあるが答える。だが、万が一にも相手の気分を害さないような回答をした。
「いえ、会ったことも見たこともありませんが?」
そう言うと彼女は残念そうな顔をしてこちらを向く。
「そっか・・・それは残念ね、人間に会った事があるならあの人を知っているか聞きたかったのに」
彼女は、何かを思うように話し始める。誰か人を探しているみたいな顔に対してで自分と共感出来る何かを感じた。
「誰かを探してるんですか?」
「ええ、言って無かったけど私は人領域で騙されてとある監獄に収容されていたの」
彼女は風呂に居る誰よりも感情を剥き出した悲しい顔をする。だが、エルフが収容される監獄は一つしか思い当たらない。イヴァンが収容されたあの監獄だ。
「あまり話した事は無いけど本当に気持ちが悪くなる話なの・・・あっ、ごめんこんな話聞きたく無いよね」
何かを溜め込む声と顔をしている彼女は見ていて悲しくなる。いくら初対面でも自分と同じ境遇を受けていた彼女に対して悲しい顔をさせたく無い。
「続けて下さい、嫌なら言わないで下さい」
そう言うと彼女の顔に少しの笑顔が戻る。やはりクラリスの言う通り泣き顔が似合う女はいない。
「ありがとう、優しいのね貴方・・・私は100歳になった時に人に興味を持ったの、それで彼らの町に変装して行った、でも思い描いていたのとは違って彼らは残忍だったの」
―――――――再び顔を強ばらせて話す。
「変装の為に着けていたフードは破かれ、蹴られ、乗られ、そしてあの場所に連れてかれた、そこから先が一番の地獄だった・・・・・ここでは言えない事をたくさんされて凌辱されたの」
彼女は作り笑いをして、少しでも私が不安にならないような話し方を続けた。
「正直、そこから人間を恨んで妬んで、何度も看守を心で殺していた位だったの・・・・・でもあの日、つい最近の事だけど救われた、しかも人間に助けられた」
「その人は・・・・・黒髪でしたか?」
初対面の彼女が抱く英雄の像等分かる筈も無いが、何となく掴めて来た。
「えっ、何でそれを知っているの?」
やはりそうだ、彼女が抱く英雄の姿は手に取るように分かって来た。
「もしかしたら会った事があるかも知れないので、他に特徴は?」
「えっと、私を助けてくれた人は、最後処刑場にいて、そうそう最後に見た時髪の毛の色が白になっていた!」
彼女は、探している人が目の前にいる事を知らない。何故なら今着けているエルフの着け耳はとても強力な術が掛けられている。だが、イヴァン自身は彼女になら正体を明かしても良いとも思っていた。
「その人なら・・・・・」
急に視界がぼやけ初めて、体が自由に動かなくなっていく。多分長湯をしすぎてのぼせてしまったのだろう。同時に意識が途絶えた。
――――目が覚めると脱衣場の木製ベンチに乗せられていた。
「大丈夫?」
風呂場で聞いた声だ、彼女の声を聞いて状況が少し掴めた。
「貴方、お風呂でのぼせたの・・・とりあえず、話を聞かせて貰いますね」
先ほどまで親しい関係の声だったのにどこか他人を模した口調をしている彼女を見て本当の状況が伝わって来た。それを確かめる為に耳を触ったが・・・・
「着け耳が・・・無い」
そして、良く見ると脱衣場では無く少し広めの個室だった。
「着け耳程度で私を騙せると思った?」
(いやがっつり騙されていたよね・・・)
だが、無駄に話を悪い方向に持っていけば殺し合いになるかも知れない。本音を語り彼女と対立する可能性がある方を選ぶか、もしくは嘘を重ね塗りして誤魔化すか、イヴァンが出す答えは決まっていた。
「一つ聞いてくれ、僕は君のいたあの牢獄で騎士を虐殺した魔女だ」
それを聞き、彼女は何と言ったと聞き返したい顔をしている。だが彼女は即座に冷静さを取り戻し聞いた。
「それは確かなの?貴方が私達をあの地獄から救ってくれた英雄なの?」
「そうみたい・・・だね」
食い気味だが、それでも彼女は自分の求めた英雄の像を知る。その顔は泣いていた。泣いていたが、悲しみの涙じゃ無い、嬉しさからの号泣だ。
「あなたが・・・私の・・・英雄さん」
涙を拭い純白に輝く肌は少しの赤みを模した。
「あの時は・・・私達を救ってくれて・・ありがとうございます」
頭を下げる彼女を見ると、あの監獄で自分の殺意が押さえ込めなかった事を思いだし、少し悲しくなった。
「頭を上げて、一緒に牛乳でも飲みながら語ろ」
「・・・はい!」
そしてイヴァンは個室から彼女と飛び出し一緒に歩く。彼女は先ほど見た顔よりも明るい顔をしていた。
「そういえば、貴方のお名前を教えて貰えませんか?」
「僕はイヴァンだ、宜しくね」
「イヴァンさん、私はローレライです宜しくお願いします」
彼女、もといローレライは嬉しそうに脱衣場から出て一目散に牛乳の入った冷蔵庫に向かう。そして一気に飲み干した。
「ぷはっ!やっぱり風呂から上がっての豆乳は旨い!」
「豆乳?」
聞いた事はある。豆から作ったトーフと呼ばれている物に関係する牛乳のような白い飲み物だ。
「それが・・・豆乳」
「ん?ああ初めてですか豆乳?私達は肉等を食べないので牛乳も飲まないのです」
エルフが肉を食べない事は知っていたが、まさか取れた製品もダメだなんて予想していなかった。
「初めて飲むけど美味しい?」
「はい!オススメはフルーツ豆乳ですよ」
ローレライに進められるままに未知なる飲み物へと手を出す。口に運ばれる豆乳、牛乳よりもあっさりしていてなおかつフルーツ牛乳を連想させる甘酸っぱさをかもし出した。
「美味しい・・・正直牛乳よりもこっちの方がいいかも」
「あっさりしていて飲みやすいでしょ?しかもエルフの里で取れた果実を使っているんです」
少しマウントを取られたような気持ちになる。先ほどまで英雄と高く上げられていたが、これでは親しい友達と変わらないじゃないか。そう思うが同時にこうも思う。
―――――――――――――こんな時間が続いてくれればいいのに―――――――――――――




