920 新たなる神
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龍神イオリはその背中に大魔女エントラ達、ワタゲとその家族を乗せ、遠方の村を目指して飛んでいた。
「しかしまさか貴方様が暴虐の邪竜ヘックス様だったとは……」
「フン、その呼び方は気に入らんな」
「愚か者、どの口がそのような事をほざくのじゃ」
龍神イオリの雷がヘックスの身体に落ちた。
「ぐおおおっ! な、何をする!?」
「おぬしがふざけた口のきき方をするからじゃ、少しは反省せい」
「くそっ、元の姿に戻れたら……」
ワタゲ達はヘックスが攻撃された事に驚いていたが、大魔女エントラ達は平然としている。
「気にする事はないからねェ、こんな事日常茶飯事だからねェ。コイツがこの程度で死ぬわけないからねェ」
「で、でもクロちゃんが可哀想だよ」
「だ、大丈夫だ。俺様がこの程度でくたばるわけがない」
ヘックスはやせ我慢してワタゲにいいところを見せようとした。
だが、本来の強さの一万分の一のS級モンスターレベルで神に匹敵する魔力の大魔女エントラや龍神イオリの攻撃を受けて無事で済むわけがない。
それでも耐えられたのは彼の本来の耐性のある鱗のおかげだろう。
もしそれが無ければヘックスは黒焦げになっていた。
「なんじゃ、これでもかなり手加減してやったんじゃが、まだキツかったかのう」
「イオリ、俺様が元の姿に戻れた時にはこの礼は必ずさせてもらうからな……!」
今の姿は子供のブラックドラゴンにしか見えないヘックスだが、本来の彼は神々と人間全てを敵にして戦った太古の時代から生き続けている黒竜王と呼ばれる究極のドラゴンだ。
そんな彼だったが、今は賢者ボルケーノの家の罠にかかってしまい、本来の力の大半を奪われてしまったのでこのような子供のドラゴンの姿になっている。
「そういきり立つではない。まったくおぬしは血の気が多いのう」
「いきなりあんな攻撃されれば誰だって怒るわ! もし俺様が元の姿だったら何日何ヶ月続く戦いをしていたかわからんぞ!」
「クロちゃん、大丈夫だよ」
「ワタゲ……」
少し頭に血の上っていたヘックスだったが、ワタゲがギュッと抱きしめた事で落ち着きを取り戻したようだ。
それを見ていたワタゲの家族達は、あまりにも高レベルの大魔女エントラ達に驚いていた。
「あ、あの……貴女がたは一体何なのですか? ザッハーク様と戦える力といい、私たちを助けてくれた魔力といい、一体何なのですか?」
「さあねェ、何と言われるとねェ、まあ、ザッハークを倒した新たなる神とでも思っていいかもねェ」
大魔女エントラが不敵な笑みを浮かべた。
「あ、新たなる神……ですか、私たちはザッハーク様なき今、どうすればいいのでしょうか?」
「さあねェ、そんな事は自分達で考えるモノじゃないのかねェ」
大魔女エントラはワタゲの家族にそっけない態度だ。
「生贄を求めるような神なんてロクなもんじゃないねェ、せっかくその神から解放されたならもっと別の事を考えて生きてみたらどうなのかねェ」
「え? では新たな神は生贄を必要としない……のですか?」
「そんなもん都合のいい餌を手に入れるための口実にすぎないって、そんなものを信じていたからあんな邪神に逆らえなくなるんだねェ」
しかしワタゲ達の家族はすがるものもなく生きていく事が出来るほど強くはない。
そしてすがろうとした大魔女エントラには自分達で考えろと突っ放されてしまった。
「しかし我々には神がいなくては……」
「そうだ、それならクロちゃんを新しい神にしてしまえばいいのよ。クロちゃんって伝説の邪竜ヘックスと同じ名前だっていうじゃない。それならクロちゃんをザッハークと戦ったヘックス様という事にすればいいのよ」
まあ、実際邪神竜ザッハークと戦ったのは彼女達の前にいるヘックスなのだが、それを知るのはヘックス本人だけだ。
「まぁ、それも悪くないかもねェ、クロスケ」
大魔女エントラは愉快そうに微笑んでいた。




