918 何が善で悪なのか?
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ヘックスは大魔女エントラ達に願いがあると言っている。
「願い? それは一体どういうことかねェ?」
「エントラ、俺様はワタゲ達を元の村に戻してやりたいんだ。だが今の俺様の強さでは彼女達まで守ってやることはできない、せいぜい自分の事だけで精一杯だ」
ヘックスの話を聞いていた大魔女エントラが優しく微笑んだ。
「アンタ、変わったねェ。やはり好きな相手が出来るとこれまでとちがうのかねェ」
「な、何をいうか! 俺様は……」
「隠さなくていいから、良いね、良いねェ」
大魔女エントラはニヤニヤしながらヘックスを見ている。
その後ろには目を閉じた龍神イオリが腕を組みながらうなずいていた。
「うむ、種族を超えた愛か、良いのう、良いのう。ワシも経験した事あるが、あのなんとも言えぬ甘酸っぱい感覚が心地いいからのう。わかる、わかるぞ」
「な、そ、そんなものではない! 俺様は単純にワタゲのことを……」
「それを言うなら、純粋に、じゃ。まあ良い、おぬしの気持ちはよーくわかった。つまり、ワタゲとその家族をこの邪悪な山から元の村に返してやりたいということじゃろう。わかっておるわい」
そう言うと龍神イオリは巨大なドラゴンの姿に変化した。
「さあ、連れてくるが良い。ワシが村まで運んでやろう」
「イオリ。すまない、恩に切る」
「なに、ワシが今の状況を楽しんでおるのじゃから気にすることはない。しかしあの暴虐の権化であったおぬしがまさか他者のために命をかけようとはのう。その心がけに感心したのじゃ」
龍神イオリが上機嫌に話している。
ヘックスはそれを聞いて何とも言えないむず痒い気持ちを感じていた。
唖然としているのはワタゲとその家族だった。
まさか馬車で道中一緒だった人達が彼らの神であるはずのザッハークを倒したのだ。
そりゃあ、驚かないわけがない。
だが、彼らが敵でない事はワタゲが一番よく知っている。
なぜならヘックスは彼女を命懸けで守ろうとしたからだ。
また、大魔女エントラやフロア達は皆がそのヘックスの仲間だ。
だからワタゲを守ってくれたヘックスとその仲間である大魔女エントラ達は畏怖すべき存在ではあっても決して敵ではない。
その仲間の一人である龍神イオリが紫の巨大なドラゴンの姿になりワタゲとその家族を背中に乗せてくれたのだ。
「本当なら俺様の背中に乗せてやりたかったのだがな、元の小さな姿に戻ってしまったので長い間乗せてやるわけにはいかないんだ」
「クロちゃん、クロちゃんが助けてくれたんでしょ。わかるよ」
ワタゲの笑顔を見たヘックスは微笑んだ。
「ワタゲ、俺様の本当の姿はあの巨大なドラゴンだ。お前は俺様が怖くないのか?」
「ううん、クロちゃんはどんな姿でもわたしの大好きなクロちゃんだもん。あの姿、カッコよかったよ」
照れるヘックスを見ていたワタゲの家族が恐る恐る質問した。
「あ、あの……あなた方は一体、どのような方々なのでしょうか?」
「俺様は黒竜王ヘックスだ」
それを聞いたワタゲの家族が驚いていた。
「ま、まさか邪神ヘックス!? ザッハーク様と争った黒い邪神だというのですか!」
どうやらこの国ではクーリエ・エイータだけではなく黒竜王ヘックスも邪神扱いされているらしい。
まあそれはこの辺りの住民を信者として自らの養分にするために邪神竜ザッハークが仕向けた事なのだが、敬虔な信者はそれが偽りだとは普通信じられない。
それだけこの国には邪神竜ザッハークが深く入り込んでいたからだ。
「お父さん、お母さん。違うよ。クロちゃんは悪くない。本当の悪魔はあのザッハークだったの」
この事態がとても信じられないワタゲの家族達だったが、それをきちんと説明したのは大魔女エントラだった。
「まあ、妾の話を聞いてから判断するんだねェ…事実が何処にあるのか」
そして大魔女エントラの話が始まった。




