917 一時休戦
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邪神竜ザッハークが大魔女エントラによって異界に送り込まれ、姿を消した。
また、降り注ぐ流星は全て異界のゲートに集められたため、ザッハーク神教の総本山は無傷で済んだ。
しかし、魔将軍アビスによってアンデッド化された者達はもう元には戻らない。
そしてその魔将軍アビスも撤退してしまった為、この山には何も残っていないのだ。
ここに残っているのはワタゲとその家族、それと大魔女エントラ達とアビスの眷属であるアナ達だけだ。
アナ達は先程目にした大魔女エントラの魔法の前に、戦おうという気は消え失せてしまったらしい。
「さあ、邪神竜は異界に閉じ込めたけど、まだ戦うつもりかねェ?」
大魔女エントラの質問にアナが応えた。
「やめとくわ、今のわたし達ではどう考えてもアンタ達に勝てそうに無いから」
「ア、アナ! 何勝手に決めてるのよ!」
「ブーコ、それじゃあアンタあの大魔女エントラに勝てる自信あるの? 他のやつもわたし達より強いのよ、それにお姉様がいないのにここにこだわる必要あるのかしら?」
ブーコやトゥルゥーはアナの言うことに反論出来なかった。
実際大魔女エントラや龍神イオリ、黒竜王ヘックスの強さは彼女達を軽く上回るものだったからだ。
魔将軍アビスがいればまだその魔力の恩恵で対抗できるかもしれないが、今は彼女が離脱しているのでアナ達は彼女自身の力だけで戦わなくてはいけない。
通常の軍隊や冒険者くらいなら余裕で倒せるアナ達だが、大魔女エントラの力は邪神竜ザッハークすら上回るものだった。
だからここで下手にアナ達が大魔女エントラと戦うのは自殺行為でしかない。
それでアナ達はあえて戦いを避け、この場を離れる事を選んだ。
「大魔女エントラ。礼は言わないわよ。でも今はお姉様がいないからここは退かせてもらうわ。ここは好きにして良いわよ。もうここに用はありませんから、それでは……ごきげんよう」
アナは空中でカーテシーを披露し、その場から姿を消した。
彼女に続き、バンパイアロードのブーコ、ビーストマスターのトゥルゥーもその場から姿を消した。
「またいずれ戦場でお会いしましょう……」
姿を消したアナは最後にそう言い残した。
大魔女エントラやドラゴンの姿から元の少女に戻った龍神イオリは戦いが終わった事を確信し、放出していた魔力を消した。
「な、何だ!? どうなっている!! 俺様の力が……また、抜けていくのか!?」
黒竜王ヘックスの姿が再び縮んでゆき、また小さなブラックドラゴンに戻ってしまった。
「どうやら術者が姿を消した事で時戻りの魔法の効果が切れてしまったみたいだねェ」
「クソッ。俺様の力が……」
「まあ、おぬしはその姿の方が似合っておるぞ、クロスケ」
何とも腑に落ちないといったヘックスだったが、そんな彼に抱きついたのはワタゲだった。
「うええーん、怖かったよぉぉー」
「ワタゲ……」
ヘックスは小さな手でワタゲを抱こうとしたが、手が届かず彼女の腹部に手を引っかけるくらいしか出来なかった。
「プッ、アハハハハ、一体何をしようとしているのかねェ」
「クソッ、笑うな!」
「まあ.一件落着じゃな」
こうしてザッハーク神教の総本山を舞台にした邪神竜との大決戦は幕を下ろした。
魔将軍アビスとその眷属は姿を消し、邪神竜ザッハークは大魔女エントラによって異界に閉じ込められた。
しかし問題が解決したわけでない。
あの謎の男、バグスはまだ何かを企んでいるようだ……。
だがそのバグスも姿を消し、今はここには脅威になるようなモノは残っていない。
この土地に巣食っていた脅威とも言える邪神竜ザッハークが姿を消した事でここには何も残っていない。
「さぁ、今からどうしたものかねェ。ここにはもう何も残ってないからねェ」
「エントラ、頼みがあるのだが聞いて貰えるか?」
ヘックスが大魔女エントラに何か頼み事があるようだ。




