908 シェイプシフター
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駆け引きという勝負で魔将軍アビスは大魔女エントラに勝てるわけがない。
搦手を得意とする両者だが、相手の弱点を突くタイプの魔将軍アビスに対し、大魔女エントラは相手の裏をかくタイプだ。
つまり、魔将軍アビスは弱点が露呈している相手には強いが、隙を見せない大魔女エントラにはまるで歯が立たないと言える。
「そ.そんな。オレの魔力を……吸収しただと?」
「あらあら、ついに女のフリまで保てないほど追い詰められちゃったのかしらねェ」
「はっ!!」
魔将軍アビスが思わず口をつぐんでしまった。
大魔女エントラは余裕の表情で魔将軍アビスを見て呟いた。
「アンタ、まさか自分の正体が知られていないと思っているのかしらねェ、まあ……普通の相手なら見破られるはずは無いと思ってたでしょうけど」
「な.なんだと!? でまかせを言うな!!」
「シェイプシフター……」
大魔女エントラは誰も辿り着いた事のない魔将軍アビスの正体を確信している。
そう、彼女は魔将軍アビスの正体がシェイプシフターだと見抜いていたのだ。
シェイプシフターとは、魔界の瘴気が凝り固まり、形を得た不定形の魔物である。
形を持たず、取り込んだ相手の姿を模倣する事で能力を使いこなす。
また、本来性別も無く、生殖能力も持たない。
だからこの怪物が仲間を増やす方法は、自らのエキスを相手の体に注ぎ込む事で自らの分体として侵食する方法なのだ。
バスラ伯爵をグリードスライムに、アナやブーコ、トゥルーを眷属にしたのはこのアビスの邪悪のエキスを注ぎ込んだ為だ。
邪悪のエキスを注ぎ込まれた相手はその者の素質により姿を変える、
その素質の違いが、グリードスライム、ダークリッチ、バンパイアロード、ビーストマスターといった姿の違いになっていた。
姿は違えど、共通点として言える事はどのモンスターもSSクラスの怪物ばかりだという事だ。
それはこのシェイプシフターのレベルの高い邪悪のエキスを受けたからだと言えるだろう。
長い長い月日をかけて幾多の相手を取り込み吸収してきたシェイプシフターは、魔界一の美女の姿を手に入れ、魔界一の魔力のモンスターを飲み込み、闇の感情を糧にする魔物すら自らの力とした。
そう、これこそが魔将軍アビスの正体なのだ。
だから本来は不定形で、どのような姿になる事も出来る。
女性型をしているのはそれが一番効率的に人間を苦しめて悪しき憎悪の力を手に入れられるからだと言えるだろう。
また、長い年月幾つもの国で傾国の悪女を楽しんでいたのでそれが一番性に合っていたともいえる。
長い年月の間美女の姿をとり続けていた為、同じ魔将軍ですらアビスがシェイプシフターだとは見抜けていなかったらしい。
だが、この誰にも辿り着く事のできなかった魔将軍アビスの正体に気がついたのが大魔女エントラだと言えるだろう。
数千年数万年に渡り、自らの正体を突き止められる事のなかった魔将軍アビスが焦っているのは、自らと互角かそれ以上の相手に正体がバレたのだ。
今までなら自身の正体に辿り着く者がいたとしたら、その前に相手を殺しているか、吸収して自らのものにしていたので、このような事になる事は無かった。
——だが、今シェイプシフターの前にいるのは、それらを全て超越した究極の大魔女だ。
シェイプシフターは生まれて初めての嫌悪感を感じていた。そう、それが恐怖である。
以前ユカと戦った時には弱体化はしてもコレほどの恐ろしさは感じなかった。
むしろユカに抱いた感情は憎悪だったからだ。
だが、大魔女エントラに抱いた感情は、自らの正体を知られた上で、勝てない相手に睨まれるという今までに決して存在しなかった恐怖なのだ。
「さあ、そろそろ決着をつけようかねェ!」
大魔女エントラが大きく杖を掲げた。




