906 搦め手対搦め手
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大魔女エントラがこの場所にいる、それは黒竜王ヘックスにとっても魔将軍アビスにとっても想定外の事だった。
何故なら彼女は異界門を開く力はあれども、中に入ってくるとは思っていなかったからだ。
「アンタは自分の強さを過信しすぎなのよねェ、だから搦め手に簡単にやられる」
「ぬ……ぬうぅぅ」
正論だけに黒竜王ヘックスは大魔女エントラに反論できなかった。
この魔力吸収の結界を作られたのは彼にとっては想定外だったからだ。
「けど、この程度の結界、妾にとっては子供の遊び程度なんだけどねェ!」
そう言うと大魔女エントラは杖を結界の一部に突き立て、魔族文字の一文字を壊した。
すると……今まで魔将軍アビスに流れ込んでいた魔力は反対に彼女の魔力を黒竜王ヘックスに戻す事になった。
「まあ、この結界破壊……やり方を知らなきゃ吸い取られる一方だからねェ、外から様子見てたけど、アンタかなりいたぶられていたみたいだねェ、ワタゲちゃんが心配してたわ」
「……面目ない」
突如の乱入者におもしろくないのは魔将軍アビスだ。
「な……何なのよ何なのよ、いきなり現れて、アタシちゃんの結界を破壊するなんて、そんなのルール違反だと思わないの!?」
「おや、魔族にルールなんて概念があったなんて知らなかったねェ、不意打ちと卑怯な搦め手しか出来ないコソコソ動くカスみたいな連中だと思ってたけど……」
――これは大魔女エントラの煽りだ。
実は彼女は魔族全てが魔将軍アビスの様な卑怯者ばかりでは無い事は知っている。
ユカと正々堂々戦い敗れた魔将軍パンデモニウムの事を覚えていたからだ。
だがあえてその事を言わずに大魔女エントラは魔将軍アビスを煽った。
すると……案の定魔将軍アビスは黒竜王ヘックスではなく大魔女エントラを攻撃の対象に切り替えたようだ。
「ふざけるな、この下等な人間風情が! この魔将軍アビスを愚弄して生きていられると思うな!」
「あらあら、良い顔になったわねェ、猫を被って可愛らしくしているより、その態度の方がよほどアンタらしいわよ」
「キサマ……殺してやる、ズタズタに引き裂いて魔獣のエサにしてやるわ」
魔将軍アビスはとても人に見せられないような表情をしている。
誰も本当の彼女の姿を知っているものがいないから見せている本性だと言えるだろう。
いや……本当の正体が魔界のヘドロや勝機を集めた不定形のシェイプシフターだとすると、彼女といういい方が正しいのかも考え直す必要があるやもしれない……。
「あらあら、アンタって本当に煽りに弱いのねェ、だから簡単に足元をすくわれるのに……アンタって馬鹿よねェ」
大魔女エントラの大人げない煽りに激昂した魔将軍アビスは黒い瘴気の槍を何十本と用意した。
だが、一度吸い取ったはずの黒竜王ヘックスの魔力はものすごい勢いで再び逆流しているので今の魔将軍アビスにかかる負担は普段の倍以上だと言えるだろう。
「死ね、死ねぇ! 死ねェえええっ!!」
何十本といった瘴気の槍が大魔女エントラに放たれた。
この槍を一本受けただけでも呪いの効果で能力が激減する。
それを数十本一気に叩きつけたのだ、これを喰らったらひとたまりも無い。
しかし大魔女エントラは槍が降り注ぐのを笑いながら余裕で待ち構えてる。
彼女には何かこれを防ぐ手立てがあるのだろうか?
そして……数十本の槍が大魔女エントラを襲った! はずだった。
「ぐぎゃぁああっ! な、何で!? 何でアタシちゃんの槍がアタシちゃんを襲うのよ!!」
なんと、魔将軍アビスの放った数十本の瘴気の槍は彼女自身を後方からめった刺しにしたのだ。
そう、大魔女エントラは槍が刺さる前に自身を覆う形で転移結界を作り、その出口を魔将軍アビスの後方に設定していたのだ。
この事で魔将軍アビスは自身の全力の魔力で作り上げた瘴気の槍の全力攻撃を全身でめった刺しにされてしまった。




