904 魔将軍アビスの焦り
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魔将軍アビスは黒竜王ヘックスの放った黒い光のブレスに包まれた!
「な、何なのよぉぉぉお! これはぁぁ!?」
普段余裕を見せている彼女だったが、黒竜王ヘックスのブレスはそんな彼女の表情から余裕を奪った。
普段見せない程に焦った魔将軍アビスは、ブレスの直撃による消滅を避けるため身体を不定形にし、その身体を伸ばしてブレスの外側に逃れる事で全ての部分の消滅を避けた。
それでも身体の大半はブレスに吹き飛ばされ、わずかに残ったパーツは地面の無い空間に浮かんでいた。
どす黒い不定形の塊は、急激に増殖する事でその姿を再び人に近い形に戻し、その形はあっという間に魔将軍アビスを形作った。
「ふう、マジで消えるかと思ったわ……。まさかこの魔将軍アビスをここまで追い詰めるとはね。油断したわよ」
「フン、そのまま消えていればよかったものを!」
「生憎だけど、この魔将軍アビスは少しでもパーツが残っていればそこから完全再生することが可能なのよ。だから不死身。アンタはせいぜいそのブレスを使い果たして魔力を枯渇させれば良いわ、その後無惨に殺してあげるから! キャハハハハッ!!」
強気でマウントを取る魔将軍アビスだったが、その心中は穏やかではなかった。
実は無尽蔵だと思われている彼女の力だが、それはあくまでも憎悪や妬み、嫉妬、憎しみや蔑みといったマイナスのエネルギーが満ち溢れている状態での話だ。
しかし大魔女エントラの開いた異空間の扉で送り込まれたこの世界は、黒竜王ヘックスと魔将軍アビス以外には誰も存在しない。
だから魔将軍アビスの糧であるマイナスの感情を新たに手に入れるのができないのだ。
——つまり、黒竜王ヘックスと魔将軍アビスの対決はお互い底の見えた状態での魔力量で戦う事となっている。
外部から新たなエネルギーが確保出来ない状態では、いくら魔将軍アビスが無限に近い魔力を持つと言っても、黒竜王ヘックスの猛攻で体を削れては自己再生だけでどんどん魔力を使い果たすだけだ。
それに対して黒竜王ヘックスの方はダークリッチのアナがかけた時間逆光の呪いが反対に作用し、全盛期の力をいつまでも保ち続けている状態だと言える。
たまにくる極度の睡魔以外には黒竜王ヘックスが負ける理由はほぼ存在しないと言えるだろう。
まあ知らぬが仏とは言うが、魔将軍アビスが黒竜王ヘックス相手に苦戦する羽目になったのは眷属であるダークリッチ・アナのせいだとも言える。
黒竜王ヘックスの中の時間はどんどん遡り続けているが、ほぼ悠久の時を生きた彼にとっては数百年、数千年程度の時間は彼の封印されて寝ていた時間に等しい。
つまりは体力を温存出来ていた時間そのものだと言えるので彼の力は魔将軍アビスとは反対に、決して尽きることは無い状態だと言える。
さらにその黒竜王ヘックスが封印されていた時は、創世神クーリエ・エイータによって作られた結界で力を全て外に吐き出されていた為に動けなかったのだが、今は彼の力を奪い取る封印が存在しないのでその力を全力で解き放つ事が出来るのだ。
だが、その余裕が黒竜王ヘックスの油断になった!
追い詰められた魔将軍アビスだったが、彼女は決して馬鹿では無い。
彼女はその邪悪な魔眼で黒竜王ヘックスを睨み、ついに彼の無尽蔵の力の正体を突き止めた。
「何なのよ、そういうことだったの。そりゃあこの魔将軍アビスを相手にしていつまでも戦い続けられるわけよね。……だったらその力奪ってあげるわよ!」
そう言い放つと、魔将軍アビスは黒竜王ヘックスの周囲に黒い魔法陣を魔力で描いた。
「その力、奪ってあげるわ。奪われたアンタ自身の力で苦しめて……いたぶってあげるわ!!」
「な、何だと!?」
そう、世界最強とも言える黒竜王ヘックスの唯一の弱点は、能力吸収耐性の無さだったのだ。




