902 全力の前哨戦
◆◆◆
――黒竜王ヘックスと魔将軍アビスの戦いが始まった!
この空間は大魔女エントラによって作られた門で移動した異空間、ここには何も無い。
つまり、ここでは周囲に何があるのかを気にせず、完全な力で戦う事が出来るのだ。
「喰らいなさい、カースドフレイム!」
「フン、この程度の火では俺様の鱗一つあぶる事すら出来ぬ!」
魔将軍アビスの魔法は主属性の闇と服属性の混合技だ。
つまり、何の攻撃をするにしても、邪悪な闇属性が付属すると言える。
ただですら絶大な魔力を持つ魔将軍アビスだが、その魔力に上乗せの闇属性が付く事でその邪悪な魔法は相乗効果で凄まじいものになる。
ただの炎の魔法ですら、彼女が放つと相手を骨まで焼き尽くさないと消えず、さらに周囲すら巻き込むものになる。
それだけの力があるのに彼女の放った魔法は、下手すれば一つの街すら一瞬で灰燼に帰すほどの極大の炎魔法だった。
その炎にさらに闇属性まで付与されているのだ、通常この攻撃で数万の大軍すら吹き飛ぶほどだった。
以前……人間達と魔族による大決戦の際、彼女がこの魔法を使えなかったのは、ユカ達のせいで魔力が激減していたからだと言えるだろう。
だが、今はザッハーク神教の数万の信徒を全て食い尽くした魔力が漲っているので、魔将軍アビスの力は全盛期のものだといえる。
――だが、その魔法ですら黒竜王ヘックスの鱗一つ傷つける事は出来なかった!!
黒竜王ヘックスはかつて神々や古代文明の人類全てを敵にして戦ったほどの力を持つ。
その彼にとっては魔将軍アビスの魔法は言っても数万の魔法軍に放たれた魔法くらいという感覚だ。
何故魔将軍アビスの闇魔法が黒竜王ヘックスにダメージを与えられなかったのか?
それは、彼の持つ鱗に秘密がある。
黒竜王ヘックスの黒い鱗は、その一枚一枚に魔法耐性の薄い幕が張られているのだ。
この膜が数万枚の鱗で何重にも重なっている。
だから彼の鱗にダメージを与えるにはこの数万枚の薄い魔法防御膜を全て破るしか無い。
しかし、相手を舐めていた魔将軍アビスはこの黒竜王ヘックスの鱗の秘密に気が付いていなかった。
「今度はこちらから行くぞ! ブラックブレス!」
「な、何なのよっ! コレは!?」
黒竜王ヘックスの放った黒い光のブレス、これは闇属性ではない。
魔将軍アビスは大抵の属性の魔法を吸収する事が出来る。
それは彼女の周囲を覆う魔力がどのような属性でも闇属性に変化させる為だ。
だから黒竜王ヘックスの鱗とは違うが、彼女は全ての属性の攻撃を闇属性変化で吸収する事が出来るチート能力を持っている。
――しかし、黒竜王ヘックスのブラックブレスは、完全無属性。
つまり、何の属性も持たない黒い破壊の衝撃を与える光だといえるのだ。
これは唯一光属性のみの弱点である魔将軍アビスには想定外の力だ。
だが、これが黒竜王ヘックスだけのものかと言えばそうではない。
実は……これと同じ無属性破壊攻撃が出来るモノがこの世界には存在した。
だがそれは通常ではまず遭遇することの無いものだ。
何故なら、それは破械神バロールの破壊光線と、ウルティマ・ザインの攻撃だけだからだ。
この二つはこの世界では伝説と思われている。
つまり、存在すら確認されていないのだ。
ユカ達がどうにかバロールは倒した事でようやくその存在が実在したと証明されたが、そうでなければこのような無属性の破壊攻撃をする者が存在するとはとても信じられなかったであろう。
黒竜王ヘックスとはそれ程の怪物だと言える。
だが、流石に魔将軍アビスも神話球の強さを持つ大悪魔だ。
この二人の対決は何も無い空間で続いている。
「なかなかやるではないか、この俺様相手にこれだけ長い間戦い続けられるとは!」
「アンタこそ、この全力の魔将軍アビスを相手にしてまだ生きているなんてね、面白くなってきたわ!」
お互い様子見の小出しからようやく前哨戦が終わったようだ。
だが、対決はまだ終わる気配を見せない……。




