901 黒竜王対魔将軍
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黒竜王ヘックスの前に怒りを隠さない憎悪の表情で現れたのは魔将軍アビスだった。
「よくも、アタシちゃんの可愛い妹をいじめてくれたわね」
「それはこちらのセリフだ! 俺様の大切なワタゲを苦しめるとは、貴様絶対に許さんぞ!!」
お互いがお互いを睨みつける。
あまりの魔力と気迫のぶつかり合いに、レベルの低い者ならば、この二つの力の奔流だけで吹き飛び、下手すれば消し去られてしまう程だ。
片や神や人類全て、つまり世界を敵にして戦った伝説の黒竜王。
もう片や世界の国の崩壊の裏に必ず存在した不幸を糧とする傾国の女魔族である魔将軍。
今までにお互いが戦った事は無いが、双方とも本気を出せば小国どころか大国ですら一瞬で消滅させるほどの力の持ち主だ。
今、この二つの絶大な力がザッハーク神教の総本山で激突しようとしている。
下手にこの二つが戦えば、ここには何一つ残らないだろう。
「今すぐここで貴様を塵に変えてやってもいいんだが、下手にここで戦うとワタゲ達を巻き込んでしまう。好きな場所を選べ、死に場所くらいは決めさせてやろう」
「あら、ずいぶんと優しくなったのね。アタシちゃんの知る黒竜王ヘックスは自分以外全ての者を敵と見なす凶悪なドラゴンって聞いてたけど。まあアタシちゃんの大事な妹達を巻き込むわけにもいかないから全力で戦える場所をここに作ってあげるわよ」
そう言って魔将軍アビスは手に集めた魔力を一気に地面に叩きつけようとした。
「キャハハハハハッ! まさか本気にしたのかしら、アタシちゃんの妹達はね、例え何度死んでもアタシちゃんがいる限り消滅する事は無いのよ。でもアンタのその娘はただの人間、この山と一緒に消滅しなさいよ!」
「くっ、この卑怯者の外道が!」
「むしろアンタがそんな正々堂々なマヌケになったってのがアタシちゃんには大笑いよ、さあ、大事な娘が消え去るのを指をくわえて見てなさいよ」
魔将軍アビスはこの周囲もろとも全てを灰燼に帰すつもりだ。
流石の黒竜王ヘックスもその魔力をブレスで吹き飛ばす事は出来ない。
何故なら下手にここでその力を使ってしまえば、無力なワタゲはその余波だけで消え去ってしまうからだ。
「くっ!!」
「異界門の扉よ……此処に開け!」
「なっ!?」
二人の予想だにしない展開が待っていた。
なんと、異界門の守護者、アポカリプス一族の末裔である大魔女エントラが異界門の扉を開き、黒竜王ヘックスと魔将軍アビスを異界に送り込んでしまったのだ。
「ふう、危機一髪だったねェ、これで一旦はどうにかここが消滅するのは避けられたかねェ」
「あ……あの、一体、何が……起きているんですか??」
「アンタ、ワタゲちゃん……だったかしら。大丈夫よ、アンタを守る為にあのバカは絶対に帰ってくるからねェ」
そう言うと大魔女エントラは黒竜王ヘックスと魔将軍アビスの送り込まれた異界の様子を魔法で空に映し出した。
「ほら、コレがアンタの言っていたクロスケの本当の姿だからねェ。アンタを巻き込みたくないって思ってここでは本気を出せなかったけど、あの何も無い異空間では遠慮するところが無いからねェ。まあ、安心して見ているんだねェ」
「そ、そんな……あの黒くで巨大なドラゴンが……クロちゃんなの?」
――何も無い異空間では黒竜王ヘックスと魔将軍アビスが向かい合っていた。
「どうした、その黒い魔力の塊、遠慮せずに俺様にぶつけてみろ!」
「舐めるんじゃないわよ、この魔将軍アビスの本当の恐ろしさ、見せてあげるわ!!」
どうやら誰もいないと思い、魔将軍アビスは本来の性格を見せているようだ。
普段言っているアタシちゃんといういい方はあえて作り上げた姿だと言える。
「喰らいなさい、ギガ……ヴォーテクス!!」
漆黒の闇の渦巻きが黒竜王ヘックスに襲い掛かる。
だが、彼はその渦巻きを口から吐き出したブレスにより一瞬でかき消した!




