900 絶対に許せない相手
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何故味方のはずの大魔女エントラが黒竜王ヘックス目掛けて極大魔法アトミックフレアを放ったのか!?
当然の事ながら、その様子を見ていたワタゲは自分の事をかばってくれていた黒竜王ヘックスにとてつもない魔法が撃ち込まれたのを見て驚愕している。
こんな魔法普通考えれば跡形も無く相手を消滅させるようなものだ。
一体何故大魔女エントラはそのような魔法を黒竜王ヘックス目掛け放ったのか、ワタゲには全く想像がつかなかった。
「大丈夫、アイツはあの程度の魔法ではビクともしないからねェ!!」
「そ……そんな、信じられません。クロちゃんを……いじめないで」
「いじめるってェ……アイツはあれくらいやらないと起きそうにないからねェ」
どうやら大魔女エントラが魔法を放った目的は深い眠りについてしまった黒竜王ヘックスを目覚めさせる為だったようだ。
アトミックフレアの激しい爆発は辺りに飛び散るわけでは無く、黒竜王ヘックスのみに目掛けて放たれたのでその漆黒の鱗のみが大きなダメージを受けている。
「ぬ、ヌグォオオオオオッ!?」
「ちょっとは目が覚めたかねェ? アンタいつまで寝てるつもりだったの。このまま放っておいたら数百年は寝てただろうねェ」
「ぬ……ぬう、そうか、俺様はつい寝てしまったのか……」
「このくそタワケ。戦闘中に寝るとは一体おぬしはどのような神経をしておるのじゃ?」
大魔女エントラと龍神イオリは極大魔法が放たれた事なぞまるで気にもせず、黒竜王ヘックスが寝てしまっていた事に呆れていた。
「すまない、どうやら完全に寝てしまったようだな。だが……エントラ、起こすにしてももう少し別の方法があったんじゃないのか?」
「アンタがちょっとやそっとじゃ起きないのは良く知ってるからねェ、少し手荒なくらいの事をしてようやく起きれたんだろ。少しは目が覚めたかねェ」
――まあ通常の状態異常回復が通用しなくても、身体にダメージを与える程度の魔法ならいくら頑丈な黒い鱗を持つ黒竜王でも目が覚めるだろう。
黒竜王ヘックスはようやく寝ぼけた頭を左右に振り、少し頭がスッキリしてきたようだ。
「寝覚め運動と言っては何だが、俺様が寝ている間にワタゲに酷い事をしようとした奴がいたみたいだな、許さんぞ」
どうやら、黒竜王ヘックスは眠っている間に聞こえた会話を覚えていたようだ。
彼はダークリッチのアナを睨みつけ、その圧倒的な魔力を叩きつけた。
本気で激怒した黒竜王ヘックスの気迫に、流石のダークリッチであるアナも身動き一つ出来ないようだ。
「そ……そんな、何なのよ。この圧倒的な力、お姉様すら上回るの!?」
「お前だけは絶対に許さん。俺様の大切な物を踏みにじろうとするとは、そのどす黒い魂すら消滅させてやる!」
「ひ、ひいぃい!!」
アナは完全に蛇に睨まれた蛙のような状態になっていた。
全盛期の力の黒竜王の前には、SSクラスのモンスターと言えどアリと巨象ぐらいの差があると言える。
「助けてぇ、お姉様ぁー!!」
ダークリッチのアナは泣きべそをかきながらその場を飛んで逃げ去ろうとしていた。
一緒にいたはずのバンパイアロードのブーコとビーストマスターのトゥルーは、勝ち目が無いと見るとすぐに姿を消して逃げたようだ……。
「逃がしはしないぞ! 貴様……生かしては帰さん!」
どう考えても悪役の台詞としか言えない。
だが本来黒竜王ヘックスは善の者であるとは言えず、あくまでもユカやバシラの味方になったのは恩を返す為だ。
それ故に彼本人は普段、自身の感情で動いている。
だから今彼を掻き立てているのは、大切な少女であるワタゲを奪い取ろうとしたダークリッチのアナに対する憎悪だと言えるだろう。
「お、お姉様ぁ……た、助けてぇぇえ!!」
黒竜王ヘックスが黒いブレスを放とうとした時、彼のブレスを掻き消した何者かが姿を見せた。
「誰よ、アタシちゃんの可愛い妹をいじめるのは! 許さない!」
「それはこちらの台詞だ! 貴様が何者かは知らないが絶対に許さんぞ!!」
そして、世界最強の黒竜王ヘックスと……魔将軍アビスがお互いを睨みつけていた。




