898 かりそめの黒竜王
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ヘックスの変貌に驚いていたのは……ダークリッチのアナだった。
「な、何なのよ、この絶大な魔力は……!?」
「ほう、まさか再びこの姿に戻れるとは思っていなかった。礼を言うぞ……」
「ア、アンタ何なのよ……ザコのドラゴンパピーじゃ無いの? ドラゴンパピーなんて所詮B級モンスターでしょ、何で……わたしの時戻しの邪法で弱体化しないのよ……?」
アナは目の前の光景が信じられなかった。
彼女が目にしているのは、ドラゴンパピーどころか、大魔女エントラ、もしくは龍神イオリすら上回る魔力と体力の怪物だったのだ。
そう、ダークリッチであるアナの魔法は決して失敗ではなかった。
だが、誤算だったのはヘックスにとっては戻された時がたかだか数十年に過ぎなかったことだ。
今の彼はボルケーノの屋敷で力を吸い取られる前、つまりユカ達と戦う前の全盛期の力を持っている。
「あ、アレは……クロ……ちゃん?」
「ワタゲ、そこを動くな。この姿では手加減が出来ないのだ」
ワタゲの前に降り立ったのは大魔女エントラだった。
「バリアフィールド! でもこれじゃあ気休めくらいにしかならないねェ」
「エントラ、大丈夫だ。今の俺様ならワタゲを傷つけずに戦える」
「な、何のよ、アンタ……アンタ、一体何者なのよ!?」
アナが激昂している。
まあそれもそうだろう、目の前でなぶり殺しにするはずだった弱いドラゴンパピーが自分を遥かに上回るバケモノに姿を変えたのだ。とても信じられないし信じたくないだろう。
「そうか、俺様の名前を知らなかったか、それなら俺様を元の姿に戻してくれたお礼に教えてやろう。俺様の名前はヘックス、黒竜王ヘックスだっ!!」
——黒竜王ヘックス——
その名前を聞いたアナだけでなく、バンパイアロードのブーコやビーストマスターのトゥルーですら驚愕している。
そう、黒竜王ヘックスの名前は、この世界に住む者なら誰でも知っている世界の脅威だ。
アナ達ですら魔族になる以前から夜寝る前の怖い話で聞かされていたくらいの恐怖の象徴ともいえるもの、それが黒竜王ヘックスだ。
「へ……ヘックス、黒竜王……ヘックス!? まさか、本物なの……」
「そう、その通りだ。俺様は旅の中で思わぬアクシデントから本来の力を失い、非力なブラックドラゴンになってしまった。だが、お前が時戻しの邪法を使ってくれたおかげで、本来の力を取り戻すことが出来たのだ!」
黒竜王ヘックスはその巨体でアナ達を見下ろしながら叫んだ。
アナ達はあまりの事態にその場で驚き、すくみ上がっている。
「そんな、ユカやエントラ達だけでも厄介だってのに……アイツら、黒竜王ヘックスまで仲間にしたっていうの!?」
「アナ、コレはマズいって、どう考えてもアタシ達に勝ち目ないじゃない」
「あのブラックドラゴンの子供が黒竜王ヘックスなんて、聞いてないわよ! 卑怯だわ!!」
ダークリッチ、バンパイアロード、ビーストマスター、魔族でもSSクラスに強く、レベルは70前半の彼女達だったが、全盛期の黒竜王ヘックスの強さはレベル99、これは神の域だと言えるだろう。
「俺様の大切なワタゲを苦しめた罪、死んで償え!」
黒竜王ヘックスは口から黒く輝く光を放った!
この光は何度も再生するフレッシュゴーレムをチリ一つ残さず完全に消滅させるほどの威力だった。
「そ、そんな……わたしの死体人形が!!」
本来の力を取り戻した黒竜王ヘックスからすればダークリッチの作り上げたフレッシュゴーレムなんて雑魚ですら無い。
黒い光のブレスを少し吹いただけで消え去るほどだ。
「さあ、次に消え去りたい奴は誰だ!」
黒竜王ヘックスの目は目の前の三体の魔族を睨みつけた。
だが、そのすぐ後、黒竜王ヘックスの巨大が大きく傾いた。
「な、何だ……この眠さは……?」
なんと、黒竜王ヘックスの戻された時間は彼が寝ていた頃のものだった。
それ故に黒竜王ヘックスは何者にも勝る睡魔に襲われてしまったのだ。




