893 非力な黒竜
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ヘックスは力の足りなさを実感していた。
かつての彼はいくらどれくらいの数の敵がいようと自らの力で全てねじ伏せてきただけの力があった。
しかし、今の本来の力の一万分の一に過ぎないS級モンスターレベルでは、並み居るA級モンスターやB級モンスターの群れを相手にするにはかなり負担が大きい。
それでもヘックスは先を目指した。
そこに居るのはかつて彼が愛した少女、フワフワの生き写しとも言えるワタゲがいるからだ。
力を持っていながらフワフワを守れなかった昔と違い、今はそれ程の圧倒的な力が無いにもかかわらず彼はワタゲを守りたいと思っている。
だが押し寄せるアンデッドの群れはヘックスの行く先を塞ぎ、ワタゲは参列によって輿に乗せられどんどん山の上の方に登っている。
ここでワタゲを取り返せなければ、彼女は生贄にされてしまうか、もしくはアンデッドの仲間にされてしまう……。
――そんな事は絶対にさせない!――
その想いこそがヘックスを突き動かしていた。
「どけどけぇ! 邪魔するヤツは全員焼き殺してやる!!」
ヘックスの口から黒いブレスが放たれた。
そしてブレスに巻き込まれたアンデッドが数十体一瞬で黒い炎に包まれて消滅した。
だが、アンデッドが消えたところに別のアンデッドが押し寄せる。
この強固なアンデッド達の壁は崩しても崩しても尽きる事を知らない。
「クソッ! こんなところで邪魔されてたまるか!」
ヘックスは翼を広げ、どうにか空からワタゲの参列に追いつく事を考えた。
だが、飛び上がろうとするヘックスにアンデッドは何十という数が積み重なり、その一番上のアンデッドに足を捉まれてしまった彼はそのままアンデッドの群れの中に落下した。
地面に落ちたヘックスの翼はアンデッド達にかじられ、皮膜がボロボロになりもう空を飛ぶ事は出来ない。
そしてさらにアンデッド達に踏みつぶされたヘックスは足や腕がボロボロになり、しがみつかれて動けないのだ。
「くそ……俺様がこんなに非力だとは……ワタゲ、ワタゲ……」
ボロボロになったS級モンスターのブラックドラゴン、ヘックスはアンデッド達にいいように弄ばれ、かじられたりしがみつかれたり、動く事も出来ていない。
「くそ……こんな所でやられるなんて……」
もう動けないヘックス、それをアンデッド達はエサにしようとしている。
ヘックスは自らが死ぬかもしれない事よりも、ワタゲを助けられない事を悔しがっていた。
最強の黒竜王として神すらも敵に回して戦った彼だとはとても思えない心境の変化だ。
そして、ヘックスの頭に巨大な岩石を大男のアンデッドが叩きつけてとどめを刺そうとした時……後ろから雷と炎の魔法が放たれた!
「あ……アレは……」
「何とも無様な姿ねェ、クロスケ」
「お前は……」
ヘックスを助けたのは大魔女エントラと龍神イオリだった。
「まさかのう、姿が見えんからどこに行ったと思っておったが、たかだか女子一人の為におぬしがこれほどまでに命を懸けるとはのう」
「イオリ……」
大魔女エントラと龍神イオリは数多くのアンデッドをなぎ倒し、魔法で殲滅した。
「こちらはオレ達に任せなー」
「まだまだアンデッドはいるみたいよぉ、こっちはあーし達がやっとくからぁ」
カイリとマイルの兄妹が左側から来るアンデッドの群れを引き受けた。
「俺とサラサで後ろからの奴らはくい止める、お前達も頼むぞ」
「ガォオオン!」
後方からくるアンデッドや魔族はフロアとサラサの夫婦、それとシートとシーツの聖狼族の双子が引き受けてくれている。
「お前達……」
「よく頑張ったねェ、アンタはそこで少し休んでると良いからねェ、ワタゲは妾達が助けてあげる」
「そうじゃ。しかし他者を踏みにじる事しか知らなかったおぬしがこれほどまでに変わるとはのう、後はワシらに任せてゆっくりと休むんじゃな」
龍神イオリの声を聞いて安心したのか、それまで気力だけで動いていたヘックスはその場で気を失ってしまった。




