890 乗っ取られた教団
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ザッハーク神教の総本山には大勢の神官がいる。
ここの山だけで数千人数万人の信者が住んでおり、その者達が日々修行をしているのだ。
その中でも神官は数百人、その上に立つ巫女になると数十人といったところだ。
それ故にこのザッハーク神国では巫女に選ばれるとは名誉だと言われている。
ワタゲは神のお告げを受け、その巫女になる為に巫女見習いとしてこの総本山に家族とやって来た。
その旅に同行したのが大魔女エントラ達だったというわけだ。
もしこのワタゲの家族が大魔女エントラ達と合流していなければ、彼女達は全員アンデッドになっていたかそのエサになっていたであろう。
そう、もうこのザッハーク神教の総本山には人間は残っていない。
全て魔族になるか、アンデッドにされているのだ。
見た感じは普通の人間と同じように振る舞っているが、ここにいる連中にもう人間はいない。
この総本山には魔将軍アビスの手下しかいないのだ。
アビスはグランド帝国の皇帝に取り入っていたが、救世主ユカとその仲間達によりその立場を追われ、作り上げたアンデッドの大軍は創世神クーリエ・エイータの半身を持つエリアに浄化されて人間に戻されてしまった。
グランド帝国に居場所の無くなった魔将軍アビスとその眷属である三人の魔族はザッハーク神教の巫女に成りすまし、総本山に入り込むと大司教以下教団関係者を次々と自らの下僕にしていった。
下僕にされた神官達は今度は巡礼者を魔力で操り、能力の高いものは新たな尖兵に、無能な者は魔獣の餌として次々と総本山を侵食していった。
そして今や、ザッハーク神教の総本山はものの一月以内に全て魔将軍アビスの手に落ちてしまったのだ。
だがその実態を知っている者は誰一人として存在しない。
いくら高レベルのプリーストだったザッハーク神教の大司教も魔将軍アビスの前に魔族の手下にされてしまった今、彼女らの侵食を止められる者は誰もいない。
それゆえに魔将軍アビスはこの場所を新たな牙城としたのだ。
新たに来る巡礼者は次々と謎の液体を飲まされ、自由を失った後に能力の判別をされる。
魔将軍アビスはそれで更なる教団の下僕を増やしているのだ。
ここでは彼女は自らを聖女アエリスと名乗っている。
その聖女のお付きの三姉妹としてアナ、ブーコ、トゥルーが控えている状態だ。
中には不信を抱く良識派の魔力に屈しない高レベルの神官もいたが、これらの者はアナ、ブーコ、トゥルーの手下のアンデッドや魔獣に次々と殺されていった。
そうしてザッハーク神教の総本山はアビスの手中に収まってしまったのだ。
その神官達がワタゲの一行に飲み物を差し出した。
この中身は人間の思考能力を奪う薬が入っていたのだ。
だが龍神イオリはその事にすぐ気がついたので中身をただの水に浄化してしまった。
この事に気がついた神官は小間使いに指示をする事で飲み物を浄化したイオリにわざと転倒して水をかけた。
その後再び飲み物を用意しようとした神官達だったが時間が来てしまい、飲み物を飲ませる計画は失敗に終わった。
ワタゲは神官に連れられ、総本山の奥の方に姿を消した。
「ワタゲ! 俺様がお前を必ず助け出してやるからなぁ!」
ワタゲの連れ去られた総本山の山奥に向けて黒竜王ヘックスの叫びが響いた。
「大丈夫じゃ。ワシの飲ませた水には龍神の加護がかかっておる。あの水を飲めばどのような邪悪な力も寄せつけなくなるのじゃ」
狼狽えるヘックスの前で龍神イオリは椅子に座り余裕で水を飲んでいた。
「イオリ、そう悠長な事も言ってられないみたいだねェ……」
「ふむ、そうじゃの。どうやらワシらは囲まれておるようじゃな」
ワタゲの家族と大魔女エントラ達は巡礼者の姿をしたアンデッドの群れに囲まれていた。
「どれ、少し肩慣らしといこうかのう」




