888 伝わる悪意
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大人げの無い大魔女エントラと龍神イオリのカードゲームはまだ続いている。
流石に馬車の中の子供達も飽きて来たらしく、寝てしまったようだ。
「本当にうちの子の面倒を見て頂きありがとうございます」
「うむ、気にするでない。ワシは子供が好きじゃからな。良いものではないか、あの無邪気な寝顔、あの子達の為にワシらが出来る事をしてやらんとな」
「ありがとうございます、貴女はさぞ高名な魔法使い様なのでしょう」
それを聞いた龍神イオリが照れていた。
「いや、ワシはそれほどのものではないわい。まだまだ修行中の身じゃからのう」
「アンタが修行中ならこの世界に修行の終わったのなんて誰一人いないんじゃないかねェ」
「えんとら、いらん茶々を入れんでくれ」
大人達は大魔女エントラと龍神イオリのやり取りを笑いながら見ている。
どうやら彼女達の目的であった目線晒しは上手くいっているようだ。
「私どもですがね、実はうちの子がお告げで巫女に選ばれたのです、それで今は家族で聖地巡礼の旅に向かっているんです。まあ穏やかな旅で少し子供達には退屈させていますが、もうすぐ総本山に着きますよ」
「そうなのねェ、アンタ達はそのザッハーク神教の総本山に行ったことはあるのかねェ?」
大魔女エントラの問いかけに男が答えた。
「いいえ、総本山に行けるのはお告げを受けた者とその家族だけです。それ以外には巫女になる為に小さな頃から親元を離れ、厳しい修行を受けなくては行けないと聞きます。修行中に命を落とす者が多く、修行途中で天に召された者は天使になると聞いています」
「へェ、それじゃあもしアンタの娘が修行中に命を落としたら後悔はしないのかねェ?」
この質問に対し、ワタゲの両親は少し沈黙した後に口を開いた。
「仕方ありません、それがこの子の運命ならそれも神の意志なのですから。神の意思には逆らえません」
「ふざけるな! もしワタゲを死なせたりしたら……俺様はこの世界を滅ぼすぞ!!」
黒竜のヘックスが叫んだ。
だが今の彼はとても世界を滅ぼせるだけの力を持っていない。
それでも彼の意思はワタゲの両親に伝わったようだ。
「うちのワタゲをそれほどまでに思ってくれているとは、しかしもう彼女に会う事は出来ないでしょう。私ども家族もこれが最初で最後のワタゲとの旅行なのですから。ワタゲはこの聖地巡礼の後、ザッハーク神教の巫女として総本山で死ぬまで暮らす事になります。いくら家族といえど、巫女に直接会える事は二度とありません……」
「アンタ達、それで本当に後悔は無いのかねェ?」
大魔女エントラが問いただすと、どうやらワタゲの父親が手を床に叩きつけた。
「仕方ないんだ、口減しや娼館に売られる未来よりは、まだこの子が生きる事が出来る……。私達を家族だと忘れても良い、ただ生き続けてくれる事、それが私達の願いなんだ」
どうやら聖地巡礼は彼ら親子にとっては本心から行きたいと願っているものではなさそうだ。
「そう、本音で語ってくれたならこちらもそれに応えるからねェ、本当は嫌だったんだねェ、それなら妾達に任せれば良いからねェ」
「うむ、えんとらよ、何かどす黒い悪意を感じないかのう?」
「そうだねェ、総本山に近づくと悪意がさらに強くなってるみたいだねェ……」
このおかしな様子に気がついているのは大魔女エントラ、龍神イオリだけではなかった。
カイリとマイルの兄妹、フロアとサラサの夫婦、聖狼族のシートとシーツの双子、そして黒竜王ヘックス。
彼らは総本山を包むどす黒い悪意を感じていた。
「どうやらもう少しで邪神の教団の総本山に着くみたいだねェ」
「そうじゃな、どれ、一旦は様子見といったところかのう」
ザッハーク神教の総本山とも言える大聖堂は頂上の見えない程高い山に存在した。




