884 森の覇者
◆◆◆
森の絶対的支配者であったキマイラは初めて死の恐怖を感じた。
目の前にいる小さなドラゴンは、間違いなくキマイラより強い。
二つの頭と尻尾をこの小さな黒いドラゴンに潰され、再生不能にされてしまった。
今のキマイラはただのライオンと同じくらいでしかない。
そのキマイラは森の支配者から敗北者に転落してしまった。
これまで我が物顔に振る舞っていたキマイラは今後追われる立場になったとも言える。
それでもキマイラは逃げようとした。
目の前にいる絶対的強者の黒い小さなドラゴンから逃れるためだ。
生きのびたい! この思いがまさか自身の感覚になるとはキマイラにはとても想像がつかないものだった。
だが、その切実な思いは黒いドラゴンに通用するわけがなかった。
「キサマ、生きてこの森を出られると思うな!」
「グアォォ……」
立場が逆転している。
キマイラはもう、ただもがくだけだった。
森のモンスター達はあまりの恐怖に怯え、ワタゲを横取りしようとする者は皆無だった。
森のモンスター達はこの圧倒的強者である小さな黒いドラゴンを怒らせないよう、大人しくしている。
このモンスター達にとってキマイラは決して勝てない、好き放題に命を弄ばれる存在だった。
そのキマイラがなすすべもなく一方的にやられている。
これはつまり、この森のモンスター達が見ている黒い小さなドラゴンが、キマイラを遥かに上回るレベルの怪物だと認めているのだ。
「グゥゥアアアッ!!」
「フン、やぶれかぶれか。それでこの俺様が倒せると思っているのか!」
「ゲフゥ!!」
ヘックスの蹴りがキマイラの腹部にきまった。
内臓の一部が破裂し、もうキマイラは虫の息だ。
ヘックスはキマイラの足に噛みつき、空高くに放り投げた!
「消し炭になってしまえぇぇっ!」
「グゲェェッ!?」
バシュゥンッ!
森の覇者であったキマイラが空中で吹き飛んだ。
ヘックスのブレスによってキマイラが消滅し、森に沈黙が戻った。
「クロちゃん……? 本当にクロちゃんなの?」
「ああ、ワタゲ。もう大丈夫だ。俺様に任せろ」
ワタゲは泣きながらヘックスに飛びついた。
我慢していた分、その涙は堰を切ったようかのように溢れ出し、ヘックスはワタゲの涙でびしょ濡れになってしまった。
「うわぁぁぁーん、怖かった、こわかったよぉー!!」
「ワタゲ、お前は俺様が守ってやる。どんな敵からもだ!!」
「うん、クロちゃん……ありがとう」
ヘックスは森に住むモンスターに向かい、叫んだ。
「よいか! この森に住む者達よ、もし……この娘に手を出そうものならこの俺様が消し去る! 覚えておけ!!」
ヘックスの叫びは森に住む生き物達全てに聞こえた。
キマイラの末路を見たモンスター達はあまりのレベルの差に逆らう気すら失ったようだ。
「さあ、帰ろう」
「うん、クロちゃん……」
「さあ、背に乗るがいい」
ヘックスは普段の感覚でワタゲに背中に乗るように伝えたが、今の彼のサイズはどう考えてもワタゲより小さい。
それでも力は遥かにワタゲの倍以上なので上に乗せたワタゲより小さいヘックスが森の入り口の泉まで戻ったのだ。
「あら、ワタゲちゃん。木の実は手に入ったの?」
「ううん、森で落としちゃった……」
「安心しろ、木の実ならすぐ用意させる」
言葉の意味がわからないワタゲの親だったが、このすぐ後にその意味が分かりビックリしたようだ。
「ガルル……」
「キィッ……キィ」
「ウォーン」
なんと、森のモンスター達が次々と現れて、木の実を置いて行ったのだ。
「な……何なのこれ?」
森のモンスターは新たな森の覇者であるヘックスの元に木の実を献上するために現れたのだ。
「何だ何だ、この森の生き物が随分騒がしそうだな」
「ワォーーーン!」
動物使いのフロアと聖狼族のシート、シーツを見て、この森の生き物達は決してこの黒いドラゴンとその仲間には手を出してはいけないと思い知ったようだ。




