880 異国の神の御使い
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「……という話じゃったのじゃ。めでたくもありめでたくもなし」
「わぁ、おねえちゃんお話面白かったよ」
「そうかそうか、愛いやつよのう」
龍神イオリは乗合馬車の中で居合わせた子供達にミクニの昔話をしていた。
「ありがとうございます、子供達が退屈だとずっと言っていたところだったので、貴女がお話をしてくれた事で子供達を楽しませる事が出来ました」
「うむ、子供が楽しそうなのは良い事じゃ」
龍神イオリの態度に子供達の親が疑問を感じていた。
「あの、失礼ですが……貴女は見た目よりもかなりお年を召されているのでしょうか?」
「うむ、ここにおる誰よりもこのワシが一番年上じゃろうて」
「え……失礼ですが、貴女様は一体いくつなのでしょうか?」
「うーむ、最近数えた事は無いが間違いなくこの中におる誰よりも年上じゃろうな」
龍神イオリの言葉に親達は驚いていた。
「そ、そんな……どう見ても可愛い女の子にしか見えないのに……この中にいる誰よりも年上なんて、信じられません。貴女はもしかして……神様……」
「そうじゃのう、まあそう言われてもおるかのう」
「……の使いですか?」
この発言にイオリはスっ転んでしまった。
「なぜそうなるのじゃ!? ワシが何故別の神の小間使いをせねばならんのじゃ?」
「え? でもそんなに長く生きる女性なんて……ザッハーク神の御使いなのかと思いましたが……違いましたか?」
「何故ワシがそんなじゃ……」
『イオリ、今は少し黙るんだねェ』
『な、なんじゃえんとら、何故止める?』
大魔女エントラはイオリに魔法で話しかけ、今は黙っておいた方が良いと伝えた。
『ここはザッハーク教の教徒達の居る場所、下手に争いを起こさん方が良いからねェ』
『う、うむ……わかった。仕方ないのう』
「実は……ワシは異国の神の使いなのじゃ。その神の力でワシは数百年を生きておる」
「異国の神、それはひょっとして邪神グリエータ!?」
「いや、違う違う、ワシはずっと海の向こう、ミクニという国の龍神イオリの使い、アンと申す者じゃ」
「聞いた事無い神だね。まあそんな遠い所からよく来たね」
龍神イオリは静かな怒りを感じたが、ここはあえて黙っておくことにしたようだ。
「まあ海のずっと向こうの国じゃからのう、この国の者が知らんでもおかしくは無いのう」
「そうなんだね、まあ邪神グリエータの手の者でないならわたしらの敵ではないようだね」
つくづくここにユカ達がいなくて良かったと言えるだろう。
ユカはともかく、エリアはクーリエ・エイータそのものだし、ホームとルームは創世神クーリエ・エイータを信仰している、その彼等がここにいたら間違いなく争いになっていたとも言える。
「ワシはどうもそのぐりえーたとやらがよくわからんのじゃが、一体それは何者じゃ?」
「邪神グリエータ、それは世界をザッハーク神から奪い取り、古き民を滅ぼしたと言われておる神です」
後ろで大魔女エントラは目をつぶったままイオリとザッハーク神の信徒達の会話を聞いていた。
カイリとマイルは馬車の中で完全に寝ている。
そして信徒は自らの知る話を続けた。
「邪神グリエータはザッハーク神から奪い取った世界を新たに作り直し、新たな創世神と名乗っておるのです。ですが古き民、ゴルガは破壊をもたらす竜、黒竜ヘックスによって滅ぼされたと言います」
「ぬ、俺様はそんな事をした覚えないんだがな……」
ペットサイズになっている黒竜王ヘックスは聞こえてきた話に反応をしたようだ。
「おや、その小さなドラゴンは?」
「コレはワシの使い魔、そうじゃな……名前はくろすけとでも呼んでくれ」
「な……! くろすけだと! この黒竜王ヘックスを、使い魔だと!?」
「黙っておれ、くろすけ!!」
今の力を発揮できない黒竜王ヘックスは、イオリの気迫に黙るしかなかった。




