879 乗り合い馬車の中で
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大魔女エントラ達は乗り合い馬車の中で聖地巡礼に向かう人達に話を聞いていた。
「そりゃあやはり見どころは天地創造から存在すると言われる蛇岩だろうな、ザッハーク神が生まれた場所とも言われているザッハーク神教の聖地だからなー」
馬車の中で中年の男が言っていた。
どうやら彼はザッハーク神教の教徒らしい。
「アナタ、ザッハーク神教の教徒なのかしら?」
「おうよ、ウチは先祖代々ずっとザッハーク神教よ」
「へェ。そうなのねェ」
別にこれは何もおかしい話ではない。
この国ではザッハークは創世神として信仰されている。
反対にクーリエ・エイータが邪神グリエーダとしてこの国では悪の神だと思われているのだ。
実際、どちらがこの世界を作ったのか、それは間違いでもあり、正しいとも言われている。
何者かが作った世界をザッハークが破壊し、そして新しく作った世界、そしてまたザッハークの世界が綻びた時、クーリエ・エイータがそれを修復し、ザッハークが封印された。
つまりこの世界は三度目の世界だと言える。
この国の人達はその二度目の世界の生き残りだと言えるので、そうなるとザッハークが創世の神だというのも間違いではないのだ。
一度目の世界、それは神話よりもさらに古い世界の話であり、その歴史を知るものは誰一人としていない。
だからこの世界を誰が作ったのか、それはザッハークであるとも、クーリエ・エイータであるともどちらも良い分としては正しいのだ。
そのザッハークの中の分離した一部が邪神化したものがダハーカであり、魔王ゾーンだと言える。
邪神竜ザッハークは創世の破壊神の一部であり、本当の姿だとは言い切れないのだ。
だからこの国ではザッハークは偉大な神として祀られている。
下手にこの国でザッハークの事を貶そうものなら、どんな事になるやら……。
「そうなんだねェ。妾達はここに旅行に来ただけだから、あまり詳しくは分からないからねェ」
「そうかい、お姉さんたち。まあこの馬車に乗っていればザッハーク神教の総本山に連れて行ってもらえるから、それまで偉大な神ザッハーク神の事を教えてやろう」
そういって中年の男性は大魔女エントラ、龍神イオリ、フロア、サラサ、カイリ、マイルたちに向かい、ザッハーク神の素晴らしさを延々と伝えた。
まあ一部は合っている話が有るものの、大半が作り話としか言えないようなモノばかりで、実際に古代遺跡に行ったり強敵と戦っていた彼女達には退屈な話でしかなかった。
カイリやマイルに至っては話の途中で寝てしまったくらいだ。
大魔女エントラは無表情に話を聞いているが、どうやら時を止める魔法を自身にかける事で時間の流れを断ち切っているようだ。
龍神イオリは男の話を聞いていたが、あまりの荒唐無稽さに失笑していたくらいだった。
「……と、コレが偉大なるザッハーク神のありがたい御話だ。どうだい、参考になっただろう」
「え、ええ。そうねェ。話を聞かせてくれてありがとうねェ」
男の話がようやく終わったところで彼は馬車を降りた。
どうやら彼はザッハーク神教の総本山に向かう前に何か用意するものがあるそうで、一旦ここで降りたらしい。
彼がいなくなり、馬車の中にはダレた空気が漂っていた。
「ふう、よくもまああれだけ喋る事があるもんだねェ……」
「まったくじゃ、それも大半は作り話ばかりではないか。そんな話ならワシがいくらでも本当にあったことを話してやった方がまだ面白い事が言えるぞ」
「なになに、お姉ちゃん、何か面白い話があるの?」
途中で馬車に乗ってきた親子連れの子供が龍神イオリの話に興味を持ったようだ。
「そうじゃな、それではワシの国に古くから伝わる面白い童話でも話してやるかのう」
子供達は龍神イオリの昔話を楽しそうに聞いていた。
乗合馬車はまだまだ総本山に着きそうにはなさそうだ……。




