851 時の止まった呪い
老婆の話には端々に後悔と悲しさが感じられた。
「禁忌を破った報いを受けたんじゃ。わしもあの人も……たとえ冷たいと言われてもあの男を野垂れ死させておけば、婚姻の儀の後に村の外に散らばる骸を拾うだけで済んだ」
老婆は泣いていた……。
「それを昔の愚かなわしは、傷ついた旅人を助けてやろうと考えてしまったのじゃ。これから誰よりも幸せになれる、それなのに不幸にも命を落としかねない哀れな旅人が死にゆくのを見ておれなかったのじゃ。愚かにも幸せは他者に分け与えれると思ってあったんじゃ」
「そんなことありません!」
「ほう、小僧。キサマにわしの何がわかる? わしは自らの幸せを分け与えてやろうとして全てを失ったのじゃぞ……あの人も行き倒れの旅人を見捨てるべきだと言った。じゃがわしがあの人を説得したのが間違いじゃったのじゃ」
ボクはこの人が間違っていたとは思えない。
若い時の彼女はそれが正しい事だと信じ、傷ついた旅人を介抱した。
しかし、その薬草を採りに行った婚約者は火山の岩に打たれて死亡し、また、彼女自身は助けたはずの男に襲われそうになり彼を刺し殺してしまった。
「それからのわしの人生は地獄じゃった。村の禁忌を破ったわしを村の者は誰も許さなかった。そして村長の息子を火の山の神の怒りで打たせた事、これはわしの体に呪いとして残ったのじゃ。この呪いはわしが生き続ける限り……決して解けることはない」
そう言って彼女はボクに腕を見せた。
「わしの殺した男は邪神の信徒じゃった。その者は、この村の裏山の神を怒らせる事でこの村を滅ぼそうとしたのじゃ。あの男は、わしに村を裏切れば一人だけ生き残らせてやると言った、じゃがわしはそれを断った。するとその男は話を知ってしまったわしを襲う事で村の裏切り者に仕立てようとしたのじゃ……」
酷すぎる話だ。
この老婆はむしろ犠牲者、襲われた側の人であって、罰を受けるべき人ではない。
それでも禁忌を破ったという事で、咎められたのは彼女の方だった。
「長い間生きておる間にわし以外の者は全て死んだ。じゃからもうこの話を知っておる者は誰もおらんのじゃ。それ故にわしは一番長生きをしておるのでこの村でオババ様だのと言われるようになった。だからわしは何も教えずに禁忌を破る事を許さんと言い続けたのじゃ」
それでボク達に何も言わずに出て行けと言っていたのか……。
「わしはこの村が大好きで、大嫌いじゃった……じゃから村が滅びると知り、あえてわしは村人にこの村と共に滅びるのが定めだと言っておったのじゃ。愛する人と共に育った大好きな村、そして禁忌故にその後の苦しみを耐え続けた大嫌いな村……、わしはこの村と共に滅びるつもりじゃった。じゃが、お前はその運命を乗り越えた、とても大きな力じゃ」
確かにボクのマップチェンジは天変地異を起こし、火山に飲み込まれるはずだった。
「さあ、昔話は終わりじゃ、もうこの村には用はあるまい、さあ、出て行くんじゃ」
ボクはどうしても心残りがあった。
そしてみんなのいる部屋に戻ったボクはエリアさんについて来てもらい、再び老婆の家にやってきた。
「何だい!? わしはお前達に出ていけと言っておるのじゃ!」
「エリアさん、お願い」
「ハイ、わかりました。聖なる力よ、目の前の呪われし者の呪いを解きたまえ! レザレクション!!」
「な。何じゃ? この光は……。痛みが、わしの呪いの痣が消えた!?」
アリアさんの浄化の光は長年老婆を苦しませ続けた呪いを解いた。
そして、奇跡は更なる事態を引き起こした!
呪いの解けた老婆は。もうそこにはおらず……その場にいたのは美しい少女だった。
「こ、これはどうなっておるのじゃ? いったいわしは……」
どうやら彼女にかけられていた呪いは、少女の時を止めていたようだ。




